奪われた竜の骨
博物館の階下では、10人は軽く超えるほどのプラズマ団の団員たちが中央のドラゴンの骨を取り囲んでいた。狼狽え怯える客や職員たち、彼らを庇おうとする警備員らしき姿もあったが、プラズマ団と連中のポケモン――ミネズミやシキジカなど、種類は様々ですべて把握できない――に威圧され、下手に動けないようだ。
どこからどう見ても強盗かテロの犯行現場だ。
わかってはいたが、とんだ犯罪組織じゃねえか。
アロエさんは階段を下りながら怒鳴った。
「ちょっとアンタたち! おふざけはよしとくれ!」
「きたか、ジムリーダー」
団員のうちの1人が進み出て、挑発するような眼差しでアロエさんを見上げた。自分が絶対的な正義だと信じて疑っていない目だ。
確信犯ばかりの過激な宗教団体みたいなやつらだな。いや、真実そうなのかもしれない。
「我々プラズマ団はポケモンを自由にするため、博物館にあるドラゴンの骨をいただく。我々が本気であることを教えるため、あえてお前の前で奪おう。では、煙幕」
「プラーズマー」
団員たちは口々に頭の悪そうな掛け声を唱和し、手に持っていた玉を投げた。床で弾けたそれから、白い煙が立ち昇る。瞬く間に煙は館内に充満し、視界が白に覆われた。煙に噎せ、袖口で口元を押さえる。一寸先も見えない中、一瞬何かが強い光を放った。
「ウォーグル、“きりばらい”!」
勇ましい雄叫びが響いたかと思うと、強風が館内に吹き渡る。みるみる晴れていく煙幕の間に、アロエさんの頭上で羽ばたく青く大きな鳥ポケモンが見えた。
やがて、館内を覆っていた煙幕が消え去る。
が、そこにはプラズマ団の姿もドラゴンの骨もなかった。
オレは目を見開いた。
あいつら、いったいどこに、どうやって逃げやがったんだ。
「なんてこったい……」
アロエさんは一瞬呆然としていたが、すぐに真剣な顔になって玄関に向かった。ウォーグルがその後をついていく。
オレの後ろにいたキダチさんが、あっと声を上げた。
「追いかけないといけないですよね」
「ですよね」
返事をするなり、オレもすぐにアロエさんを追いかけた。追いかけてどうするかなんて、この時は考えてなくて、ほとんど無意識に動いていた。
騒然とする人たちの前を走り抜け、博物館の外に出る。出てすぐのところで、アロエさんは硬い声でライブキャスターに向かって話しかけていた。ウォーグルが羽ばたき、どこかへ飛んでいく。
声をかけようとすると、アロエさんは通話を切って振り返った。
「ミスミ、あいつらは遠くには逃げていないよ」
「どういうことですか?」
「煙幕の中、“テレポート”を使うのが見えた。あの質量を移動させるとなると、そう遠くへは行けない。せいぜい隣町までだ」
アロエさんはサンヨウシティのある方角を見据えた。
「念のため、サンヨウのジムリーダーには連絡しておいた。ヒウンのジムリーダーはつかまらなかったけどね」
「僕がどうかした?」
と、場の雰囲気にそぐわない、気の抜けた声が聞こえた。
そちらを見やると、彫りの深い柔和な顔立ちをした青年がひらひらと手を振りながら、こっちに向かって歩いてきていた。
「アーティ!?」
「やあ、アロエ姉さん。何かいい化石は見つかったかい?」
アーティと呼ばれた青年は、平常時なら好印象を与えるだろうが、今この時ばかりは苛立ちを増幅させるへらへらとした顔でアロエさんに歩み寄った。
アロエさんはアーティさんに顎をしゃくった。
「ミスミ、こいつさ、こう見えてもヒウンジムのジムリーダーで、アーティって言うんだよ!」
「ヒウンジムのジムリーダー!?」
オレは改めてアーティさんを上から下まで眺めた。
とてもじゃないが、そうは見えない。タレントと言われた方がまだ納得できそうだ。
いや、でも、サンヨウジムのデントさんもジムリーダーには見えなかったし、案外そういうものなのかもしれない。
「で、アンタはまた創作に行き詰ったのかい?」
「……んうん? なんとなく気分転換、かな? でさ、なんとなく大変そうだけど、ひょっとしてなんかありまして?」
「そうなんだよ! 展示品を持っていかれてさ!」
アーティさんはちょっと目を丸くした。緊迫感にはいまだ欠けるが、状況は理解してもらえたらしい。
そこに、
「ねえねえミスミ、みんな集まってどうしたの?」
さっきのアーティさんよりもっと間の抜けた聞き馴染んだ声がした。
さらに、
「ミスミ、なにか問題でも?」
それよりも硬い、やはり聞き慣れた声が続く。
声がする方を振り返り、オレは口に馴染んだ名前を呼んだ。
「ベル! チェレン!」
並んでこっちに歩いてきた幼馴染2人は、戸惑ったような顔でオレを見返した。
「ずいぶんと慌ただしいけれど、何があったんだ?」
「今さっき、プラズマ団に博物館の骨を盗まれたんだよ!」
「プラズマ団!?」
プラズマ団という単語に、ベルは声を上げ、チェレンは顔を顰めた。オレたち3人とも、1度はプラズマ団が起こした事件に巻き込まれてるからな。またか、と舌打ちしたくなる気持ちはよくわかる。
「なんだいなんだい、この子達は? アンタの友達かい?」
アロエさんが片眉を上げて尋ねた。オレは頷き、掌でベルとチェレンを順番に示した。
「オレの幼馴染で、一緒に旅にでたベルとチェレンです」
「は、はじめまして! カノコタウンのベルです」
「同じくチェレンです」
困惑しながらも、ベルとチェレンは短く挨拶をする。
アロエさんは2人の顔をじっと見つめた。
「旅をしているってことは、2人もトレーナーなんだね?」
「はい」
「それなら手分けするよ。あたしゃこっちね」
アロエさんは3番道路の方を指さした。
「そして、アンタたち! チェレンとベルは博物館に残ってちょうだい!」
「わ、わかりましたあ!」
「博物館を守ればいいんですね?」
ベルはわたわたしながらも拳を握り、チェレンは眼鏡の奥の瞳を鋭くさせた。
アロエさんは頷き、オレとアーティさんに振り返った。
「で、アーティとミスミはヤグルマの森を探しておくれよ!」
「えっと、オレは……」
「なにか問題があるのかい?」
戦力に数えられてはじめて、役に立てないことに気付いた。
シーマとタージャはジム戦で疲弊している。リクは普通のポケモンバトルはともかくこういう騒動には不向きだから、実質戦えるポケモンはグリだけだ。1匹であの人数を相手になんて、いくらジムリーダーの助けがあってもきついんじゃ……。
その時、ボールからリクとグリが飛び出した。
「リク、グリ、どうした?」
リクは真剣な目でオレを見上げて吠え、グリは好戦的に瞳を輝かせて胸を叩いた。
「もしかして、戦ってくれるのか?」
2匹は大きく頷いた。
グリはともかく、まさかリクがこんなことを言うなんて。ほんの少し前まで、オレやタージャの後ろに隠れてばかりいたのに。
そんな場合ではないとわかっているのに、笑いたくなった。
「それじゃ、頼んだ」
不安が消えたわけじゃない。それでも、2匹に勇気を貰った気がした。
オレはアロエさんに向き直った。
「待たせてすみません。オレは、アーティさんとヤグルマの森へ向かえばいいんですね?」
「ああ、しっかり探しておくれよ。森へは、アーティ、アンタが案内してやんな」
了解、とアーティさんが頷く。
「じゃ、頼んだよ!」
アロエさんはそう言うなり、3番道路へと駆けていった。
「プラズマ団のせいでジムリーダーと戦えないのか……。なんてメンドーな話だろう」
ぼやきながら、チェレンが博物館の入り口へ向かう。「あっ、あたしも!」とベルが後を追った。
2人に「気を付けろよ」と声をかけると、振り返って「そっちもね」と返された。
「さてさて、君……ミスミさんだっけ? じゃあ、行こうか。泥棒退治とやらにさ」
「はい」
アーティさんも踵を返し、足を進めた。
オレは気合いを入れて、リクとグリとともにその後をついていった。