凍える世界
アデクさんたちと別れ、カミツレさんの先導でさらに進んでいくと、上がった状態の赤い跳ね橋が立ちはだかった。
船でも通るのだろうか。これじゃ、しばらくは先に進めない。
ホドモエの跳ね橋、別名リザードンブリッジ。
上がった橋を横から見ると、向かい合う2匹のリザードンに見えることから、そう呼ばれているらしいが、ここからだと全然リザードンっぽくねえな。

「さてと、連絡」

カミツレさんはライブキャスターを取り出すと、どこかに電話をかけた。

「私です。跳ね橋だけど、降ろしてよ。あなたに挑戦したいってトレーナーがいるの。はい、よろしく」

手短に用件を伝えて、カミツレさんは通話を切る。そして肩越しに振り返り、「さ、見てて!」と微笑を浮かべた。
同時に、向かい合うように上がった鉄橋がゆっくりと降りていく。ひどく重そうなのに、ほとんど音を立てることもなく静かに、少しずつ。やがて、ガタンと重い音がして、夕陽に煌めいた大きな川に赤い鉄橋がかかった。

「テレビの仕事があるから、私、ここで帰るわね。次の街のジムリーダーはクセのあるおっさんだけど、あなたたち、頑張って」

ひらひらと手を振って、カミツレさんは去っていく。ありがとうございました、とその背に礼を言って、オレとチェレンはホドモエの跳ね橋に向き直った。
チェレンはなにも言わずに橋を渡っていく。その少し後ろをオレも歩いた。

前を行くチェレンの背中は、やけにピリピリしている。最近は会うたびにこんな感じだが、アデクさんと会ってから余計に酷くなっているようだ。自分の信じているチャンピオン像をチャンピオン本人に否定されたわけだから仕方ないのかもしれないが。
ここはやっぱり慰めた方がいいんだろうか。
いや、でも、下手なこと言うと余計に怒らせそうなんだよな……。だからって、放っておくのもな……。

「チェレン、気持ちはわかるけど、ちょっと落ち着けよ」

うんうん唸った末に口を開いてしまったのは、この気まずい空気に耐え切れなくなったせいだった。
だが、振り返ったチェレンの表情に、オレはその発言を後悔した。

「君になにがわかるって言うんだ」

爆発しそうな怒りをギリギリ抑えたような目で睨まれて、息を呑む。胸に冷たいものが落ちてきて、なにも反論できない。息苦しくなって目を逸らすと、はっとしたようにチェレンが首を横に振った。

「ごめん、今のは八つ当たりだった」

「いや、オレも悪かった」

つらそうに顔を歪めて、チェレンは背を向けた。
再び早足で歩き出したチェレンを追いかける。

「……ぼくはトレーナーだ。強くなり勝利することで、僕の正しさを証明するよ。チャンピオンに対しても」

宣誓のように、自分に言い聞かせるように、チェレンは訥々と語った。それきり前を向いたまま喋らなかった。オレも流石に今度は口を閉ざし続けるしかなかった。
夕陽でさらに赤く染まった橋を渡る人は他におらず、巣に帰る鳥ポケモンの羽ばたきとヘリコプターのプロペラの音だけが時折遠くの方で聞こえた。


******


長い橋を渡り終える頃には、空を覆っていた茜色が藍色に押しやられはじめていた。
橋の先、ホドモエシティの入り口はイッシュ地方の玄関という呼称のイメージとは少し違って、色とりどりの花が可憐に咲く花畑が広がっていた。とはいえ、真ん中に鎮座する船の帆を象った青銅のモニュメントと強く香る潮の匂いが港町であることを伝えてくる。
花畑の先には、また石造りの小さな橋がかかっていた。跳ね橋よりもずっと短く、橋の向こうの家までよく見渡せる。その石橋の上で何故か仁王立ちしている恰幅のいいおっさんの姿もよく見えた。

……正直、嫌な予感がする。あのおっさんからは、面倒事の匂いしかしない。
だが、この石橋を渡らなければ、ホドモエシティには入れない。チェレンが顰め面を浮かべながらも前に進んだのを見て、オレも仕方なく橋を渡った。

「フン! お前らがカミツレの話していたトレーナーか」

おっさんはオレたちの顔を見るなり、不機嫌そうに言い放った。
なんなんだ、このおっさん。カミツレさんの知り合いみたいだけど。まさか、カミツレさんが言ってたホドモエのジムリーダーか?

「ワシがこの街のジムリーダー、ヤーコンだ!」

やっぱりか。なるほど、確かにクセのあるおっさんだ。

「歓迎なんかしないぞ。なにしろ橋を降ろしたせいで、捕えていたプラズマ団が街中に逃げてしまったからな!」

「いや、それ、オレたちのせいじゃないだろ」

理不尽に怒鳴られて、反射的に反論する。
頼んだのはカミツレさんだけど、橋を降ろしたのこの人自身だろ? しかも、橋を降ろしたせいで街の外に出てしまったならともかく、街の中なら関係ねえじゃねえか。
つーか、またプラズマ団かよ。あいつら、ほんとどこにでも現れるな。
チェレンも同じ気持ちらしく、メンドーだなとため息を吐いた。

「橋を降ろしてくれて感謝してますけど、それとは無関係ですよね?」

「なんとでも言え。大事なのは、お前たちが来た。そして、プラズマ団が街中に逃げていった、ということだ。自分でも強引だと思うが、お前らもプラズマ団を探せ。凄腕のトレーナーなんだろ?」

「なんで、そうなるんだよ」

小声でぼやくが、当然ヤーコンさんは聞いてくれなかった。少しでいいから聞いてくれよ。

「そうだな……プラズマ団を見つけだしたら、ジムで挑戦を受けてやるぞ! 人生はギブアンドテイク!」

それってギブアンドテイクか? なんかおかしくね?
ツッコミたいけど、意味ないだろうな。ウェスタン風の豪商みたいな格好のイメージ通り、かなり強引に交渉を押し進めるタイプだ。

「わかりました。言われなくても、プラズマ団は探しますよ。メンドーな連中を倒しつつ強くなれるからね……」

諦めたようにチェレンは頷いた。
チェレンはなんだかんだ正義感が強いから、その条件がなくても受けただろうけど。

正直、オレは断りたい。プラズマ団には関わりたくねえし、あくまで腕試しにジム戦してるだけだからホドモエジムに挑戦できなくても困らねえし。
……けど、チェレンはジムに挑戦できないと困るからな。さっきの詫びも兼ねて、少しくらいは付き合ってやるか。

「わかりましたよ。探しますよ」

渋々オレも頷くと、ヤーコンさんは「じゃあ、お前らはあっちを探せ」と海の方を顎でしゃくった。他人に指図し慣れてる感じだな。
面倒だから逆らわず、オレとチェレンは海に向かう。一応ちゃんと探すために、オレはハーデリアのリクを、チェレンはチャオブーをボールから出した。

「リク、プラズマ団を見つけたら教えてくれよ」

「ばう!」

「チャオブー、さっさと見つけて終わらせよう」

「ブウ」

リクもチャオブーも真剣な顔で辺りを見回しながら進んでいく。オレよりポケモンたちの方が真面目に探してくれてるようだ。

夕闇が迫るホドモエシティは街灯に照らされながら、いまだに賑やかだった。マーケットの辺りはとくに人が多い。ヒウンやライモンの大都会っぷりには劣るが、イッシュの玄関の名は伊達ではないと思い知らされた。
プラズマ団があの制服を脱いで人混みに紛れていたら、きっとわからないだろうな。多分、脱がないだろうけど。確証はないが、なんとなくそんな気がする。

適当に住宅街を通抜けると、コンテナの並ぶ港が見えた。
あの目立つ服装なら、人混みよりもこういう物陰の多い場所に隠れてそうだな。
そんなことを考えるのはオレたちだけではないらしく、作業服を着た人がちらほら歩き回っているのが見える。
これだけ人がいるなら、オレたちの手なんか必要ないんじゃないか? なのに、なんで手伝わされてるんだ?

なんとも微妙な気持ちになっていると、こっちに気付いた作業員が声をかけてきた。

「お前らがヤーコンさんの言ってた援軍?」

「ああ、はい」

面倒くさいが、正直に頷いておく。
それが顔にでていたらしく、仕方なさそうに苦笑された。

「プラズマ団を探させているのも、ヤーコンさん、なんだかんだでお前らのこと認めてるだーよ」

ほんとかよ。
胡乱な目で見上げると、さらにおかしそうに笑われた。

「お前らはあの中を調べるだーよ」

作業員が指さしたのは、奥にある水色の屋根の倉庫だった。
わかりましただーよ、と逆らわずに、その倉庫に向かう。近くで見ると、結構でかい。チェレンと一緒とはいえ、隅々まで探すのは大変そうだな。

だが、やばいのは大きさだけではなかった。
倉庫の扉を開けた瞬間、中から漏れでた冷気に身震いする。扉の隙間から見えた向こう側は明らかに白く凍りついていた。
おいおい、コンテナはコンテナでも冷凍コンテナかよ。
腕をさすり、チェレンも顔を引き攣らせた。

「ミスミ……まさか、この中にプラズマ団はいないよな……?」

「こんなとこに隠れるのなんて、馬鹿しかいねえと思うぞ」

どう考えたって、人間が長時間いられる場所じゃない。こんなところに隠れてなんかいられないはずだ。
……その盲点をついてってのも、なくはねえかもしれねえけど。だからって、今日知り合ったばかりの子供にこんなとこ探させるなよ。

「……寒いのは苦手なのに、調べないといけないのか。ちょっとメンドーだな」

そういや、オレたちの中でチェレンが一番寒がりだったな。冬も好きじゃなかったし。
かといって、パーカーは貸してやれないけど。オレだって、この凍えるような寒さはきつい。

「ささっと見て、すぐに出ようぜ」

腹をくくって、中に入る。
冷凍コンテナの中はひどく寒く、上にパーカーを着てても爪先から身体の芯まですぐに凍りついてしまいそうだった。薄暗くて視界は悪いし、床も凍っていて普通のスニーカーじゃ気を付けていても滑る。結構広いし、一通り見て回るだけでもきつそうだな。

カイロ代わりにリクを腕に抱いて、滑って転ばないよう慎重に奥に向かう。
寒いけど、こうしてもふもふの毛に埋もれていると少しはましな気がする。タージャやグリと違って、リクは大人しく抱かせてくれるし。むしろ、ちょっと機嫌がよさそうに尻尾が揺れている。ヨーテリーの頃から抱っこされるのが好きだったからな。

チェレンの方はチャオブーが気を遣ってくっついていた。歩きにくそうだが、炎タイプのポケモンだから暖かそうだ。チェレンもチャオブーに「ありがとう」と礼を言っているし。その様子にちょっと安心した。

だが、暖かいポケモンとくっついていても、寒いものは寒い。氷点下の倉庫内は、少し歩くだけでも気を滅入らせる。
だからか、チェレンがぽつりと呟いた。

「……それにしても、チャンピオンが言ってたトレーナーにとって強い以外に大事なことってあるのかい?」

それは、チェレンが切って捨てた考えのはずだった。けど、本当はチェレンの頭にずっと引っかかっていたらしい。

「アデクさんは、あるって思ってるみたいだな」

「それって、いったいなんなんだ?」

チェレンは虚空を睨んだ。
オレに訊いているんじゃない。きっと、これは自問だ。なんとなくそう感じた。
万が一オレに訊いていたとしても、なにも答えてやれないけど。それがわかっていたら、もっとはやく気の利いたことを言えたはずだ。

「……考えてもわかるわけないよね。メンドーだし、さっさと中を探索しよう」

首を横に振り、チェレンはまた歩き出した。辺りを見回しながら、オレも後をついていく。
きっとこいつは考えても仕方ないと言いながら、考え続けるんだろう。オレの知ってるチェレンはそういうやつだ。メンドーだってよくぼやくけど、大事なことは放り出したりしない。

……ああ、そっか。
だから、オレがどうにかする必要なんて、べつになかったんだな。

チャオブーと寄り添い歩くチェレンの背中を見て、そんな単純なことに今さら気付いた。
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