自由の島に囚われた
「もうすぐ出航しますので、乗船してお待ちください」
船員にチケットを見せ、オレはジャノビーのタージャと一緒に小さなクルーザーに乗り込んだ。
このクルーザーはヒウンシティの港からリバティガーデン島に向かうことになっている。
リバディガーデン島はヒウンの湾に浮かぶ小さな島だ。天気がよくて空気が澄んでいる日は、カノコタウンからでもうっすら見えることがある。カノコの子供たちの間では、リバティガーデン島が見えた日は小さな幸せが訪れるなんて御伽噺じみた話がまことしやかに囁かれていた。
リバティガーデンという島の名は、200年前に島をまるごと買い取った大富豪が人とポケモンが自由に暮らせる世界を願って名付けたらしい。大富豪が亡くなった後は記念公園になり、そいつが建てたという古い灯台が観光名所になっているそうだ。
だが、クルーザーに乗っているのは船員を除くと、オレと同い年くらいの少女1人とその子の手持ちらしい紫色の体毛を持つ二足歩行のポケモンだけだった。
観光名所行の船にしては、あまりにも寂しすぎやしないだろうか。ゆっくりできていいけど。
オレは少女から少し離れた席に腰を下ろした。すらりとした紫色のポケモンと海を見ていた少女がちらと視線をくれたが、すぐにまた遠くの水平線に視線を戻した。
白地にピンクのモンスターボールが描かれたキャップ――オレのと色違いだ――から覗く瞳は、夏の高い青空のような深い色をしていた。ボリュームのある茶色のポニーテールが紫のポケモンの着物の袖のような毛と一緒に潮風に揺れている。
その光景に、何故か既視感があった。この少女にもポケモンにも会ったことなんてないはずなのに、どこかで見たことある気がしてならない。
だが、どこで見たのかは全然思い出せなくて、胸の底にもやもやばかりが溜まっていく。
「あの、なにか?」
いつの間にか、少女のことをガン見していたらしい。少女本人に不審そうに声をかけられて、オレは我に返った。
やべえ、完全に不審者だ。
隣に座るタージャが呆れたように鼻を鳴らす。オレはタージャをちょっと睨んでから、少女に向き直って弁解した。
「悪い。どっかで見たことある気がして」
「ああ、それならきっと、テレビで見たんじゃないかしら」
「テレビ? もしかして、芸能人?」
「そういうわけじゃないんだけど、1年くらい前にちょっとだけテレビにでたことがあるから」
なるほど、それでか。
きっと街頭インタビューかバラエティの企画とかで見た記憶が、頭の片隅にでも引っかかっていたんだろう。表情も格好も爽やかで活発そうで、どこか印象に残る雰囲気があるし。
名前を聞いたら、ちゃんと思い出せるだろうか。
「あんた、名前は?」
「アマネよ」
とくになにも思い出せなかった。聞き覚えのある名前ではあるんだけどな。
「このコジョンドはメイリン」
アマネは隣に座る紫のポケモンを掌で示した。
メイリンと呼ばれたポケモンが、鋭い切れ長の目を静かに細める。一応、挨拶してくれたと思っていいんだろうか。
「あなたは?」
アマネに尋ね返され、オレはまた自分の失態を自覚した。
ここはオレが先に名乗るべきだった。
「オレはミスミ。こっちのジャノビーはタージャっていうんだ」
「ジャノ」
オレが紹介すると、タージャは挨拶するように小さな手を軽く上げた。
珍しく愛想がいい。オレのことを嘲笑えて機嫌がいいんだろうか。
「ミスミ君とタージャね。ミスミ君も旅をしてるの?」
「ああ。“も”ってことは、アマネも?」
「ええ、もう2年になるかな」
「へえ、長いな。オレと同い年くらいだろ? オレ、14なんだけど」
「じゃあ、同い年ね。ミスミ君は旅にでたばかりなの?」
「色々あってな」
イッシュの子供はだいたい10歳くらいからトレーナーとして旅にでるようになるから、同い年であっても旅のトレーナーとしては先輩というのも珍しくはないんだろうが、こうして目の前に現れると、オレや幼馴染たちよりもずっと大人びて見える。アマネの隣にずっと控えてるコジョンドのメイリンも、すごく鍛え上げられていて強そうだ。
こうも差があると、旅にでられなかった4年間が惜しくなってくる。
4年前、イッシュでポケモンが強奪される事件が頻発しはじめて大人――とくにベルの父親――に旅にでることを反対されていたところに、オレが謎の黒服連中に襲われるなんて事件まで起きてしまったから、どれだけ頼んでも旅にでることを許してくれなかったのも仕方ないんだろうが。
今、ようやく念願叶ってポケモンと旅ができるだけ、カノコの大人たちには感謝すべきなんだろう。
「あたしはライモンシティ出身なんだけど、ミスミ君はどこから来たの?」
「カノコタウン。アマネは来たことあるか?」
「アララギ博士の研究所がある町でしょ? 去年、少しだけ研究所を見学させてもらったわ」
「へえ。じゃあ、テレビじゃなくて、その時に見かけてたのかもしれないな」
「そうかもね」
カノコタウンはなにもない田舎町だが、ポケモン学界では期待の新鋭らしいアララギ博士だけは有名で、時々旅のトレーナーや研究者が訪れていた。そういう時は邪魔しちゃダメと母さんたちに言い含められていたから――守らないことも割とあったとはいえ――研究所には近付かないようにしていたが、姿くらいは遠目に見かけていたとしてもおかしくはないだろう。
……けど、自分と同い年くらいのトレーナーを見かけていたら気になって話しかけていただろうし、やっぱりテレビで見た可能性の方が高いか。
「カノコタウンからってことは、まだライモンには行ってないの?」
「ああ、テレビではよく見るけど。賑やかそうなとこだよな」
「実際に見たら、きっとびっくりするわよ」
お互い人見知りするような性格ではないおかげで、話は弾んだ。
アマネはすでにイッシュ中を見て回っていて、ガイドブックにも載っていないような穴場をたくさん教えてくれた。珍しいポケモンがいるところ、景色が綺麗なところ、うまい食事をだしてくれる店。
これからそこに行けると思うとやっぱりわくわくして、楽しみだな、とタージャに同意を求めたら、いつものように斜に構えた態度で鼻を鳴らされた。本当は楽しみなくせに。
タージャとメイリンはとくにお互い関わろうとはしていなかった。
アマネ曰く、メイリンは意地っ張りなうえに見栄っ張りで、なかなか他のポケモンと馴れ合おうとしないらしい。他の手持ちのポケモンとも打ち解けるのに時間がかかったと言っていたから、一朝一夕で仲良くなるのは無理かもしれない。タージャもちょっと似たとこあるしな。
けど、喧嘩することもなかったから――喧嘩したら確実にタージャが負けるから、手を出さないだけかもしれないが。グリやシーマと違ってタージャはその辺ちゃんと見極めている――放っておくことにした。
そうして、意外にも船員を除く2人とポケモンたちの航海は盛り上がり、島影が見えた頃には一緒に島を見て回ることになっていた。