「“ほのおのキバ”!」
ヨーテリーのリクが相手のフシデに炎を纏った牙を立てる。焼かれたフシデは目を回して倒れた。
「君もトレーナーとして魅力たっぷりだな!」
フシデをモンスターボールに戻しながら、クラウンのヨウスケさんは嬉しそうに言った。
どうも、と返して、ヨウスケさんの横にあるスイッチを踏む。これで通り抜けられなかったミツの壁がまた1つ通り抜けられるようになるはずだ。
「リク、お疲れさん」
振り返ってボールを向けると、リクはへにゃりと笑った。
なんか、疲れてるのを我慢してますって顔だな。
当たり前か。4人のトレーナーと7匹のポケモンをリク1匹だけで倒してきたからな。“ほのおのキバ”があるからって、リクを頼りすぎたオレの判断ミスだ。
「疲れてるなら、ちゃんと言え。タージャの時みたく倒れられたら困る」
「……きゃう」
申し訳なさそうに小さな声で返事をされる。その頭をぐりぐりと撫でてやった。
「ここまで戦ってくれたんだ。充分役に立ってるよ。頼りになりすぎて、こっちが甘えそうになるくらい。だから、あとは他のやつらに任せて、気にせず休め」
こくりと頷いたリクをボールに戻す。ボールに戻ったら気が抜けたのか、中を覗いてみると丸まって眠ってしまっていた。
ちょっと前までは臆病で逃げてばっかりいたのに、ほんと強くなったよな。
算段通り両脇のランプが2つともついたミツの壁を通り抜ける。
と、床の色がこれまでの緑ではなく、紫になった。紫の床はやがて階段になり、その先にはジムリーダーのアーティさんが待ち構えていた。
「この前はありがとー!」
目が合うなり、アーティさんはゆるい笑顔を見せた。
相変わらず緊張感に欠けるなと思いながらも「こちらこそ、ありがとうございました」と心から礼を言う。
「僕の虫ポケモンが君と戦いたいって騒いでさ」
穏やかな眼差しのなかに、ほんの少しだけ鋭い光が混じる。
「使用ポケモンは3体、形式はシングル、交代はジムリーダー、挑戦者ともにあり、でいいかな?」
「問題ありません」
「ではでは、さっそくだけど、勝負だね」
アーティさんがモンスターボールを投げる。そこから出てきたのは、自分の身体より大きな殻を背負ったポケモンだった。図鑑で確認したところ、イシズマイというらしい。
こっちはどいつをだすべきだ?
リクには頼れないし――。
つい考え込みそうになった時、腰につけたボールの1つがかたかたと揺れた。
シママのシーマかモグリューのグリのどっちかだろうと思ったが、違った。主張するようにボールを揺らしていたのは、意外なことに遠慮がちなヒトモシのユラだった。
「お前、戦いたいのか?」
ボールの中でユラが頷いた。
ユラをポケモンバトルにだしたことは一度もない。バトルの練習という名のポケモンたちのじゃれ合いにも、参加せず見ているだけだった。なのに、ジム戦にだしても大丈夫なんだろうか。
正直、不安はある。
けど、普段はまったく自己主張をしないユラがこんなにやる気なんだ。タイプ相性では勝ってるし、だしてみるか。
「よし! いけ、ユラ!」
大きく振りかぶって投げたボールから、青白い炎を頭上でゆらゆらと揺らすユラがでてくる。
アーティさんはどこか予想していたような顔で、なるほどね、と呟いた。
むしタイプのエキスパートとして知られているんだ。ほのおタイプのポケモンをだしてくる挑戦者なんて、それこそ山のようにいたんだろう。
「ユラ、“はじけるほのお”!」
ユラは頭上の炎から火の塊をイシズマイに向かって飛ばした。
「“うちおとす”」
イシズマイが礫を撃ち出すような勢いで投げる。それは襲い来る火の塊を粉砕し、勢いを削がれることなくユラの眼前に迫った。
「よけろ!」
慌てて指示を出すが、遅かった。目を見開いて固まったユラは真正面から礫を受け、後ろの壁まで吹き飛ばされてしまった。
「ユラ、大丈夫か?」
壁に叩きつけられたユラに駆け寄る。ユラは目を回して倒れていた。
一撃で戦闘不能かよ。
「イシズマイの“イシ”って、もしかして石ころの“イシ”ですか?」
振り返って尋ねると、アーティさんは笑みを深くした。
「ご名答。むしタイプだからって、ほのおタイプに弱い子ばかりじゃないんだよ」
なるほどな。完全にしてやられた。
オレは空のモンスターボールを掴み、ユラに向けた。今のやりとりの間に目は覚めたらしく、うっすらと開いた金の瞳とかち合う。
と、ユラは頭を抱えるようにして、ぎゅっと蹲ってしまった。怯えるように身体が小刻みに震えている。
ああ、そうか。こいつは前のトレーナーにポケモンバトルで勝てないからって、ただそれだけの理由で虐待されてたんだったな。
ユラの頭をそっと撫でてやる。驚き戸惑うように、ユラは顔を上げた。
「悪かったな。今のは完全にオレの知識不足。次からはお前がもっと戦えるように頑張るから、できれば、これからもよろしくな」
ユラが目を見開いて頷く。それに笑顔で応えて、ボールに戻した。
勝っても負けてもポケモンバトルは楽しいものだって、ユラにも思ってもらえるよう、次からはしっかりしねえと。
けど、その前に今は目の前の相手だな。いわタイプも持ってるなら、
「頼んだ、シーマ!」
大きく投げたボールから出てきたシママのシーマは、待ってましたとばかりにいなないた。闘志全開らしく、たてがみが青く速く点滅している。
「シママか。その子はこの前の事件の時にもいたね。すごくパワフルな戦い方をする子だった」
「あの状況でよく見てましたね」
「アーティストだからね。目もいいんだ」
あそこでオレのポケモンたちの戦い方まで見るための視力とアーティストに必要な視力は違うんじゃないだろうか。芸術のことなんてよくわかんねえけど、それはどっちかっていうと、トレーナーとしての才能な気がする。
いや、そんなこと、今はどうでもいいか。
「それじゃ、いくよ。イシズマイ、“うちおとす”」
「シーマ、“にどげり”で撃ち返せ!」
シーマめがけて、イシズマイが礫を撃ち出す。シーマはイシズマイに背を向け、後ろ脚を蹴り上げた。右脚で礫を受け止め勢いを殺し、すかさず左脚で蹴り出す。蹴り飛ばされた礫がイシズマイに向かっていく。
「“シザークロス”」
イシズマイは前脚の爪でクロスを描くようにして礫を切り裂いた。砕けた礫が砂利となってぱらぱらと床に転がり落ちる。
流石に、こんな小手先の攻撃じゃダメージ一つ負わせられないか。だったら、シーマらしく正攻法だ。
「“ニトロチャージ”で後ろに回り込め!」
シーマが床を蹴って駆け出すと、身体に纏わる電気が炎に変わった。床を蹴るごとに、スピードが増していく。
「“うちおとす”」
またイシズマイが礫を撃ち出す。シーマはさっと避けると、イシズマイの背後をとった。
「“にどげり”」
「イシズマイ、“てっぺき”」
硬質な光を帯びるイシズマイの背に、シーマの蹴りが続けざまに炸裂する。硬い殻に覆われていたって関係ない。一撃目で殻を破り、次の蹴りで中のイシズマイ自身を踏み潰した。もろに攻撃をくらったイシズマイは呻き、床に大の字になって倒れた。
「イシズマイの防御力よりも、シママの攻撃力の方が上だったか。こっちも自信あったんだけどなあ」
アーティさんは残念そうにイシズマイをボールに戻した。お疲れ、と労わってからイシズマイのボールをしまい、次のモンスターボールを取り出す。
「スイッチ入ったよ! いっておいで、ホイーガ!」
アーティさんの投げたボールから現れたのは、棘のついたタイヤのようなポケモンだった。あの毒々しい紫色はヤグルマの森でも見たことがある。見た目通り、むし・どくタイプのポケモンだ。
このままシーマに戦ってもらってもいいが、多分アーティさんの最後のポケモンはハハコモリだ。残ってるジャノビーのタージャともモグリューのグリとも相性が悪い。
なら、“ニトロチャージ”を使えるシーマは温存しておいた方がいいだろう。
「シーマ、一旦戻れ」
シーマは振り返ると、不満げにいなないた。
「あとで、もっと強いやつと戦ってもらうから」
本当だろうな、と目を眇めるシーマに首肯する。渋々、わかった、とばかりに鼻を鳴らすシーマをボールに戻した。
「いってこい、グリ!」
次に投げたボールから、雄叫びを上げてモグリューのグリがでてくる。グリはらんらんと好戦的に輝かせた瞳でホイーガを見据えた。
こっちもやる気は充分らしい。
「その子もパワフルだったよね。ちょっと大人しくしてもらおうか。ホイーガ、“どくどく”」
「“あなをほる”でかわせ!」
ホイーガから毒々しい粘液が発射される。身体にかかってしまうぎりぎりのところで、グリはその場に掘った穴に逃げ込んだ。
「それじゃ、穴からでてきたところを狙おう」
アーティさんが落ち着いて言った。ホイーガは頷くと、棘の先に毒の粘液を溜めはじめる。
まあ、そうなるよな。
「グリ、モグリュー叩き作戦だ!」
穴の中から、ぐりゅー、と楽しげな声が響く。一瞬の後、グリはホイーガから離れた場所に顔を出した。すかさずホイーガの“どくどく”が飛んでくる。が、グリはまた穴に潜って毒の粘液から逃れた。
今度はホイーガの背後にグリが現れる。気配でも察知していたのか、ホイーガは転がるようにすばやく振り返り、毒の粘液を噴出した。だが、それも穴に潜ってかわす。そして、また別の場所に顔を出した。
グリとホイーガは同じような攻防を何度も繰り返す。
モグリュー叩き作戦はその名の通り、モグリュー叩きよろしく穴から出たり潜ったりするのを何度も繰り返し、相手を翻弄させる作戦だ。突破力はないから、本当に翻弄させることしかできないが。
それでも、続けていれば隙ができるはずだ。一応、それを狙っての作戦なんだが、グリは堪え性がないから、
「ぐりゅー!」
我慢できなくなって、勝手に真下からホイーガを突き上げた。ホイーガは真上に飛ばされ、少し放物線を描いて地面に落ちる。だが、綺麗に受身をとっていたらしく、落下のダメージ自体はたいしたことないようで、すぐに態勢を立て直した。
「ホイーガ、“ベノムショック”!」
穴から飛び出したグリに、毒液が浴びせられる。グリは甲高い悲鳴を上げ、のたうち回った。なんとか起き上がろうとするが、身体が痙攣している。
「グリ!」
おかしい。いくらジムリーダーのポケモンだからって、威力がでかすぎる。
「計画通りとはいかなかったけれど、結果オーライではあったみたいだね」
アーティさんが満足げな微笑を浮かべる。
そこでオレははっとした。今も苦しげにうめいているグリの様子は、前にヤグルマの森でペンドラーと戦って毒を受けた時と同じだ。あの時も毒状態にするような攻撃は受けていなかった。それなのに毒状態にさせられたのは、ペンドラーの特性“どくのとげ”のせいだ。“どくのとげ”を持つポケモンは、攻撃を受けた時に相手を毒状態にさせることがある。
ペンドラーの進化前であるホイーガの特性も“どくのとげ”。それでグリは毒を受けたらしい。
しかも、“ベノムショック”は毒状態の相手には威力が2倍になる技ときた。
くそ、完全に相手に有利な状況にさせらた。
毒状態になったら、長期戦はもう無理だ。力ずくでも短期決戦に持ち込まねえと。
「グリ、いけるか?」
「ぐー!」
もちろん、とばかりにグリは震えながらも片腕を上げる。こんな状態でも、闘志はまったく萎えていないらしい。
「“いわなだれ”!」
「かわしながら“ハードローラー”!」
ホイーガめがけて、グリが雪崩のように岩を降らす。ホイーガは丸い身体で転がりながら、降りかかる岩の間を抜けていった。岩で軌道は限定されるはずなのに、何故か読めない動きに今度はこっちが翻弄される。あっちこっちに顔を動かしながらグリはホイーガを追いかけて岩を落としていくが、かすりもしない。
やがて、ホイーガはグリの背後に回り、素早く回転する勢いのままにぶつかっていった。
「グリ、後ろだ! 掴んで“いわなだれ”!」
ぎりぎりのところで振り返ったグリは回転するホイーガを爪を立てて捉えた。そこにいくつもの岩が降ってくる。岩は2匹の上に降り注ぎ、押し潰した。
轟音が鳴りやむと、ぞっとするくらいの静けさが場を支配した。フィールドの中央に積まれた岩の下からはなんの気配もしない。
ふいに、一番の上の岩が転がり落ちた。そこからグリが笑顔で現れ、ぽいっとホイーガを放り投げる。床に倒れたホイーガはすでに気絶しているらしく、ぴくりとも動かなかった。
「戦闘不能、か。お疲れさま。よく頑張ってくれたね」
アーティさんが労わりながら、ホイーガにボールを向ける。ホイーガは赤い光に包まれてボールに戻っていった。
「グリ、よくやった!」
岩のてっぺんでグリが得意げな顔をして振り返る。が、その身体が傾ぎ、岩山を転がり落ちた。
「グリ!?」
床に大の字に倒れたグリは目を回していた。自爆に近い“いわなだれ”にもなんとか耐えてみせたが、毒で残り少ない体力を奪われてしまったのだろう。
オレはモンスターボールにグリを戻した。
「本当によくやってくれたな。お疲れさん」
グリのボールをしまい、待ちきれずにがたがたと揺れているシーマのボールを手にとる。
「頼んだぞ、シーマ!」
気合いを入れてボールを投げる。地面にあたって開いたボールから現れたシママのシーマは、前脚を上げていなないた。
「まさに虫の息……だね。いやいや、そんなことないよ!」
弱気な発言をしながら、アーティさんもボールを投げる。そこから現れたのは、やはりハハコモリだった。
アーティさんもハハコモリも表情は緩いが、纏う空気はどこかぴりぴりしている。油断なんて、まったくしてくれるつもりもないらしい。
これがお互い最後のポケモン。だが、1度バトルにでている分、こっちの方が少し不利な状況だ。
それなのに、強敵を前にして瞳を輝かせているシーマにあてられたのか、オレもどこかわくわくしていた。
「ハハコモリ、“はっぱカッター”!」
「シーマ、“ニトロチャージ”!」
ハハコモリが放った大量の葉が、シーマを切り裂こうとする。が、その前にシーマの全身が炎を纏い、襲い来る葉を燃やした。
視界を覆うほど大量の葉の中をシーマが突っ切っていく。そのままハハコモリに突進するはずだった。
が、
「ヒィン!?」
突然シーマの前脚が地面に沈み、身体が傾いだ。なんとか踏み止まって転ぶのは避けたが、いったいどうしたんだ?
“はっぱカッター”の葉に覆われた地面から前脚を引き抜き、シーマはまた走り出した。だが、すぐに同じようになにかに前脚をとられて躓いてしまう。そこにハハコモリの“はっぱカッター”が放たれた。身体を覆う炎が葉を消し炭にするが、燃やしきれなかった葉が少しずつシーマにダメージを与えていく。
シーマが体勢を整えるのに苦戦しているうちに、足元の葉も燃えて、地面が見えるようになった。そして目に飛び込んできたものに、オレは目を見張った。
「穴!?」
シーマの前脚が穴に嵌まっている。あれは、グリが空けた穴だ。
そうか、“はっぱカッター”は単なる攻撃じゃなくて、グリがフィールドの至るところに掘った穴を隠して、即席の落とし穴にするためのものだったのか。
「せっかくだから、使わせてもらったよ」
アーティさんはちょっと得意げになって笑った。
くそ、まさかこんな形でグリのモグリュー叩き作戦を逆手にとられるとは。
「だったら、“でんげきは”!」
穴から抜け出し、シーマがたてがみから素早く電撃を放った。回避不可能な攻撃を受け、ハハコモリが小さく呻く。だが、ダメージ自体はさほどないらしく、体勢すら崩れていない。アーティさんの“エナジーボール”という指示にもなんなく応え、シーマに向かって緑色のエネルギー弾を放った。
攻撃を避けようとシーマは走る。が、また穴に脚をとられ、転んでしまった。そこに“エナジーボール”が叩き込まれ、シーマが短い悲鳴を上げる。仕返しとばかりに“でんげきは”を撃つが、効果はいまひとつだ。しかも、穴から脚を抜いたところに嵐のように“はっぱカッター”が放たれ、痛みと引き換えに姿を現した穴も再び葉で覆い隠されてしまった。
「とりあえず、今は“でんげきは”でしのげ!」
ハハコモリから放たれる“はっぱカッター”や“エナジーボール”を“でんげきは”でやり過ごす。一応、ダメージは与えられているが、どうしてもシーマが受けるダメージの方が多い。このままじゃ、こっちが先にやられる。
だが、避けようにも下手に動くと穴に脚をとられてしまうし、そうでなくとも“はっぱカッター”で視界を覆われた中、緑に紛れるように飛んでくる“エナジーボール”をかわすのは至難の業だ。
シーマに“でんじは”を指示し、ハハコモリを麻痺させる。おかげで少しは攻撃の手が弱まるが、これも所詮は気休めだ。やっぱり、“ニトロチャージ”で決定的な一撃を食らわせねえと。
だが、緑の絨毯が敷かれたフィールドは、見ただけではどこに穴があるかわからない。こんなところを駆け抜けるのは絶対に無理だ。
「グリの掘った穴に法則性があれば……」
思わず望みの薄い希望を呟くが、ものをよく散らかすようなあいつにそんなものはきっとないだろう。
だがその時、シーマがぴくっと耳を動かして振り返った。じりじりと追い詰められていく状況に苦渋が滲んでいた顔が輝きだす。
「もしかして、あるのか?」
シーマは強く頷いた。
オレにはそんなものがあるように思えないが、シーマとグリは野生のポケモンだった時から仲の良い幼馴染だ。こいつらにだけわかることが、なにかあるのかもしれない。
「よし、ものは試しだ! “ニトロチャージ”!」
シーマが炎を纏い、躊躇なく床を蹴る。アーティさんが、えっ、と間の抜けた声を漏らした。
シーマはフィールドをジグザグに駆け抜けた。さっきまでのように隠された穴に嵌まることはない。ハハコモリに“エナジーボール”をぶつけられるが、気にせず距離を詰める。
「ハハコモリ、“つるぎのまい”をしながら避けるんだ」
シーマがぶつかる寸前、ハハコモリはひらりと舞って炎の突進をかわした。だが、麻痺で動きが鈍っていたおかげで、かすった葉の服の端が焼け焦げていた。
シーマはすぐに方向転換し、またハハコモリに突進していく。
“ニトロチャージ”で速さを増したシーマなら、次は絶対に逃がさない。それはアーティさんもわかっているんだろう。
「“シザークロス”で迎い撃て」
ハハコモリは腕をクロスさせた。炎と虫の刃が交錯する。一瞬後、シーマの炎が消えて2匹同時によろける。だが、シーマは踏み止まり、ハハコモリだけが床に倒れた。ハハコモリ! とアーティさんが呼びかけるが、起き上がる気配はない。
荒く息をするシーマがこっちを見てにっと歯を見せた。勝った。
「やったな!」
にっと笑い返してやると、シーマは高々と勝鬨を上げた。
「あうう、負けちゃったよ……」
アーティさんは肩を落としながら、ハハコモリをボールに戻した。ありがとう、とハハコモリに囁いて顔を上げる。そこにはもう落胆なんてなく、満足そうな笑みだけを湛えていた。
「君、すっごく強いんだねえ」
アーティさんが階段を降りて、目の前までやってくる。
「これジムバッジ! 僕に勝ったからあげる!」
アーティさんが取り出したのは虫ポケモンの羽のような細長いバッジだった。素直にありがとうございます、と掌を差し出すと、その上に乗せられる。おれにも見せろ、とばかりにシーマも近付いてきて、薄緑色に光り輝くバッジを覗き込んだ。
「ありがとな。お前らのおかげで勝てた」
頭を撫でると、シーマは得意げに鼻を鳴らした。
「それにしても、よく穴の位置がわかったね」
アーティさんが感嘆したように唸る。褒められたシーマは鼻高々といった様子だ。
「こいつとグリ――あのモグリューは長い付き合いみたいで、お互いのことはよくわかるらしいです。オレには全然わからなかったので、正直今回はこいつらの絆に助けられました」
「なるほどねえ。シングルバトルでもポケモン同士の信頼関係が勝因となることがあるのか。それも、こんな形で」
アーティさんはまるで珍しいポケモンを発見した子供みたいな目でシーマを見つめた。きらきらとした瞳を向けられて、シーマはもっと得意げになってたてがみを光らせる。
「君は旅にでてから、どれだけの発見をした?」
アーティさんの唐突な問いかけに、オレはえっ? と呆気にとられた声を漏らす以外の反応ができなかった。
気にせずアーティさんは語り続ける。
「僕はね、子供の頃に虫ポケモンの美しさに純情ハートを奪われ、絵を描いたり勝負したりをずっと繰り返して……。それでもいまだに発見があるんだ」
今日みたいにね、とアーティさんはシーマをちょっと見やってウインクした。
「ポケモンと暮らす世界は、ほんと不思議で満ちているんだー」
アーティさんは明るい声音で言う。
なるほど。アーティさんにとって芸術とは、発見した不思議を描き残す行為なのかもしれない。
オレはようやくアーティさんの質問について考えることができて、すぐに答えをだした。
「そうですね。オレもこいつらと一緒にいると毎日発見ばかりで、いちいち数なんて数えてられません」