対極をなす境界人
色々と騒動はありつつも6番道路で野宿してゆっくり休んだ翌朝、買っておいたハンバーガーとコーヒーを腹に納めて、早速相棒のポケモンたちと電気石の洞穴に向かった。
緑に覆われた林を抜けると、ごつごつとした岩肌が露出した場所に出る。さらに進んでいくと、切り立った崖に突き当たった。
立ちはだかる岩壁は険しく無骨だが、一部分だけ不自然に黄色い。まるで適当にペンキをぶちまけたみたいだ。
近付いてよく見ると、それは張り巡らされた黄色い糸だった。人一人は余裕で覆えそうな幾何学模様に編まれた糸の向こうには岩壁ではなく空洞が広がっていて、そこから青白い光がうっすらと漏れている。
電気石の洞穴の入口につくられたデンチュラの巣って、これのことか。
「ヤーコンさん、まだ来てなかったんだな」
昨日聞いた話では今日の朝にはヤーコンさんがどうにかしてくれるっていう話だったが、あてが外れたか。
どうするかな。
自分たちでどうにかするか。
……いや、でもデンチュラがどういうポケモンか知らないからな。下手に触ってなにかあったら面倒だ。
幸い、昨日の喧嘩のおかげか、ドリュウズのグリとゼブライカのシーマは大人しくしている。いつもだったらオレが悩んでいる間に突撃していくグリとシーマがじっと――うずうずはしてるが――待っていてくれるおかげで、迷う時間はたっぷりあった。
そうやって、しばらく巣の前で悩んでいると、
「待たせたな」
と、ホドモエのジムリーダー、ヤーコンさんがワルビルをつれてやってきた。
よかった、これでなんとかなる。
どうも、と軽く挨拶をすると、ヤーコンさんは巣の前までやってきて、しげしげと眺めた。
「これはデンチュラというでんきタイプポケモンの巣だな。なんでこんなところに巣があるのかわからんが、困っている人間がいるならなんとかするのもジムリーダーよ。やれい! ワルビルっ!!」
ワルビルは気合いを入れるように咆哮を上げ、ヤーコンさんの前にでた。
サングラスのような黒い模様に囲われた瞳を鋭く光らせ、爪で黄色い巣を切り裂いていく。断ち切られた糸はぱらぱらと地面に落ちていき、あっという間に洞穴の入口が開かれた。
流石はジムリーダーといったところか。
と、心の中でだけ感心していると、何故か眉間に皺を寄せたヤーコンさんに睨まれた。
「このくらいなら、お前でもどうにかできただろ」
なんで急に怒られてんだ、オレ。
いちいちジムリーダーの手を煩わせるなってことか?
つっても、ヤーコンさんを呼んだのは近くに住む老人で、オレじゃねえんだけど。
「下手に触ってなんかあったら困るんで」
「ジム戦の時は大胆なやつだと思ったが、案外臆病なんだな」
なんで急に馬鹿にされなきゃならないんだ。
君子危うきに近寄らずっていうし、慎重なのは悪いことじゃねえだろ。
ふつふつと腹が立ってくる。
だが、反論する前に放たれた言葉に呑まれてしまった。
「ワシにはお前の才能がどれほどのものかわからんが、行けると思うならどこまでも、やれると思うならいつまでも、好きなようにやればいいじゃねえか。限界を決めるのは自分ってことだ」
言いたいだけ言って、ヤーコンさんは「それじゃあな」は背を向けた。
太い尻尾を揺らして歩くワルビルとともに立ち去っていく大きな背中を呆気にとられて見送る。
もしかして、今のはジムバッジを手に入れた挑戦者への激励だったのか?
嫌みとかではなく?
おっさんのツンデレなんて可愛くもなんともねえぞ。むしろ怖い。
それにしても、……限界を決めるのは自分、か。
簡単に言ってくれるな。自分の限界を知らずに不相応なことをして、取り返しのつかない失敗をしてしまうことだってあるのに。
鼻の奥に、いつかの鉄の臭いが甦る。暗闇の中で聞いた悲鳴と、肌を伝った液体の生暖かさ。この掌から零れ落ちていった大切なもの。
思い出してしまった記憶に、鉛を呑んだみたいに胸が重くなった。
と、
「ジャノ」
「だっ!?」
後頭部に鋭い衝撃がきた。
痛む頭を押さえて後ろを振り返ると、ジャノビーのタージャがしれっとした顔で首元から伸ばした蔓をゆらゆらと揺らしている。
お前の仕業か!
「タージャ、お前な!」
「ジャーノ」
怒鳴っても、タージャは素知らぬ顔であらぬ方向を眺めている。
多分、オレが沈みかけているに気付いて、気を逸らそうとしてくれたんだろうが、いてえんだよ。バイオレンス以外の方法の知らねえのか。
けど、おかげであの時の感覚はどこかにいった。
目の前にいるのは今の相棒たちで、肌を撫でるのはそよ風で、漂ってくるのは土のにおいだ。
だからって、素直に礼を言う気にはなれねえけど。
「ほんとに、お前はな」
代わりに軽くタージャの頭を小突く。
タージャはちらとこっちを一瞥したが、すぐにまたそっぽを向いた。ハーデリアのリクになにか話しかけられても澄ました顔のままだ。
ほんと、素直じゃねえやつだな。
「まあ、いいか。ほら、いくぞ」
ポケモンたちがついてくるのを確認しながら、玄関マットみたいに地面に落ちたデンチュラの巣を跨いで洞穴の入り口をくぐる。
電気石の洞穴の中は青い光で満ちていた。太陽光や人工の光じゃない。岩壁や地面が淡く青い光を放って、洞穴内を照らしている。
さらに驚くべきことに、青く光りながら宙に浮かぶ石まであった。
「すげえな。ファンタジー映画やRPGみてえだ」
宙に浮かぶ青い石なんて、RPGだったら絶対にセーブポイントだ。
実際はファンタジーなんかではなく、洞穴全体に流れる電気の力によるものらしいが、見た目は完全にファンタジーだった。天井を見上げると、白い魚ポケモンのようなものまで泳いでいるし。
とはいえ、電気を帯びた場所というのは本当らしく、浮いている石に触れてみると静電気のようなパチパチとした軽い痛みを感じた。
おかげで、でんきタイプのシーマは上機嫌だ。今にも走り出したそうにうずうずして、背に乗ったヒトモシのユラに窘められている。
逆に、電気が苦手なコアルヒーのアルは少し怯えているようだった。
「アル、ボールの中に戻ってるか?」
「クアー……」
少し迷う素振りを見せたが、アルは首を横に振ってグリの頭の上に乗った。グリはちょっと呻いたが、仕方ないなとばかりに受け入れている。
じめんタイプのグリに電気はきかないから、グリのそばなら平気なのかもしれない。
「じゃあ、無理そうになったら言えよ。グリ、アルのこと頼むな」
アルとグリの頭を順番に撫でると、アルはこくりと頷き、グリは任せろとばかりに胸を叩いた。
それに「よし」と頷き、フキヨセ側の出口に向かって足を踏み出した。
その時、
「……来い」
突然、目の前にゾンビみたいな生気のない顔をした男が現れた。
なんだ、こいつ!?
いったいどこから!?
混乱して首を巡らすと、いつの間にか目の前にいるやつを含めて3人の男に取り囲まれていた。
全員同じような黒い服と口元を覆う黒いマスクを身に纏って、白く長い髪を背に流している。どいつもこいつも猫背で生気の感じられない青白い顔をしていて気味が悪い。
ポケモンたちも異様な雰囲気の男たちを警戒しているようだった。
いったいなんなんだ、こいつら。カントーに棲息しているっていう忍者か。
……いや、正体はなんだっていい。とにかく、こんな怪しいやつらからは逃げるに限る。
「戻るぞ!」
オレは振り返って駆け出した。
だが、すぐに男たちのうちの1人に捕まってしまう。
腕に男の指が食い込んで痛い。振りほどこうと暴れるが、びくともしなかった。
「手間をかけさせるな」
淡々と感情のない声が響く。
同時にグリとシーマが地面を蹴った。
だが、2匹の体当りは男たちに届く前に止められてしまう。いつの間にか男たちの前に人型のポケモンがいて、手の代わりに生えた刃でグリとシーマの当て身を受け止めていた。
赤い兜を被ったような頭。
煌めく刃を身に纏う胴体。
頭と腕から生えた鋭利な白刃。
そのポケモンを従える男の黒い服。
そして、切り裂かれた大切な――。
鼻の奥にまた鉄のような臭いが戻ってくる。
あの時みたいに息が苦しくなる。生暖かなものが肌を伝っていくような気がした。
「グリ、シーマ、やめろ! 全員、大人しくしててくれ!」
痛みを覚えるほど締め付けられた胸を押さえて、オレは叫んだ。
グリとシーマが困惑したような目を向けてくる。それでも「頼むから」と言うと、渋々ながらも大人しく引き下がってくれた。
相棒たちが心配そうな目でオレを見つめてくる。
その視線を受けて、オレは腕を掴む男に向き直った。
「大人しくついていけば、こいつらに手は出さないんだな?」
「ああ」
男は頷き、オレの腕を強く引っ張った。そのせいでたたらを踏みながらも、反抗せず男たちについていく。相棒たちも――腑に落ちない様子ではあるが――ゆっくりとあとを追ってきた。
よく見れば目の前にいる刃のポケモンは進化前なのか記憶の中のものより小さいし、男たちも黒服という以外あの時のやつらと共通点はない。その黒服だって形状は全然違う。
それでも、警鐘を鳴らすように鼻の奥にこびりついた鉄臭さが消えることはなかった。
引っ張られるまま前に進んでいく。
ほどなくして男たちが足を止めた。前の男にぶつかりそうになりながらも、視界を遮る背中からそっと向こうを覗く。
そこには、一人の青年がいた。
モノクロのキャップ。
少し跳ねた長い緑の髪。
青白い肌に細長い身体。
そして、仄暗い灰青の瞳。
「N様、連れてきました」
「……アリガトウ」
またお前かよ!
目に映る姿に、謎の男たちが呼んだ名前に、それに応える声に思わず脱力する。鼻の奥にこびりついた鉄臭さもどこかに飛んでいった。
ちらと後ろを振り返ると、相棒たちもNを見て警戒を解いている。
……いや、こいつもプラズマ団の王なんだから警戒はすべきなんだが、どこにでも現れるから緊張感がなくなってきた。
現れた時と同じように、ふっと黒服の男たちの姿がかき消える。
瞬間移動でも使えるのか、あいつらは。
これには流石に驚いていると、Nがオレに向き直った。
「今の連中はダークトリニティ。ゲーチスが集めたプラズマ団のメンバーだよ。ちなみに、この洞穴の入り口にデンチュラの巣を用意したのもカレららしいね」
「なんで、そんな傍迷惑なことしてんだよ」
当然の疑問が口をついて出る。
だが、いつものようにNがそれに答えることはなかった。
「電気石の洞穴……ここ、いいよね。電気を表すのは数式、そしてポケモンとの繋がり……。人がいなければ、ボクの理想の場所だ」
それどころか、どこか恍惚とした顔でわけのわからないことを語りはじめた。
ほんと人の話聞かねえな、こいつ。
用がねえならもう帰っていいかな、と思いはじめた時、再び灰青の瞳がオレを射抜いた。
「さて、キミは選ばれた……そう言うと驚くかい?」
「今さらお前のやることに驚かねえよ」
「……フウン、やはり意味が理解できないと、驚くこともできないか」
「そういうことじゃねえよ!」
確かに意味わかんねえけど。
いちいち癇に触るやつだな。
だが、相変わらずオレの文句なんか意に介さずNは話を続けた。頼むから会話のキャッチボールをしろ。
「キミたちのことをゲーチスに話した。するとダークトリニティを使い、キミたちのことを調べたらしいよ」
「なんてことしてくれてんだ」
「チェレンは強さという甘い理想を求めている。
ベルとやらは誰もが強くなれるわけではないという悲しい真実を知っている。
キミはどっちにも染まっていない、いわばニュートラルな存在……それがいいらしいんだ」
聞けば聞くほど苛々する。
なんで勝手に調べられて、勝手な価値観で批評されなきゃならないんだ。
こいつらがオレたちのなにを知ってるっていうんだ。
チェレンは理想を追い求めて悩み苦しんでるし、ベルは誰もが強くなれるわけではないとわかっていても自分にできること、やりたいことを一生懸命探している。甘い理想や悲しい真実だけを見てるわけじゃない。苦い真実も明るい理想も見つめて、前に進もうとしている。
そんなことも知らねえくせに……!
「馬鹿にすんな! チェレンのことも、ベルのことも、オレのことも、ちょっと調べたくらいでわかったような口きくんじゃねえ!」
「そう、まだ完全には理解できていない。だから、この場を設けた。この先でプラズマ団がキミを待ち構えている。ゲーチスはキミがどれほどのポケモントレーナーか試すそうだよ」
怒りをさらりと受け流され、告げられた事実に唖然とする。
試す?
プラズマ団が、オレのことを?
なんで、こいつはこんなにもオレに構うんだよ。
こっちは旅にでてまだ2ヶ月くらいのただの新米トレーナーだぞ。なりゆきでプラズマ団の邪魔をしたことは何度かあるけど、それだけだ。
ニュートラルな存在とか言われても意味わかんねえし。
チャンピオンとか四天王とかジムリーダーとか、気にすべきトレーナーはもっと他にいるだろ。
「なんで、オレがそんなことに付き合わなきゃいけねえんだよ 」
「言っただろう、キミは選ばれた、と」
「意味わかんねえし、そもそもお前らの事情なんか知るか! オレを巻き込むな!」
「世界を変える数式を解くためには、キミを無視することはできない」
「はあ!?」
意味がわからなさすぎて絶句する。
その間にNは「奥で待っている」なんてぬかして立ち去っていきやがった。
ほんとになんなんだよ。オレの意志を無視して勝手に選ぶな。
今日はもうホドモエに戻ってやろうか。1日放置してやれば、プラズマ団もNも諦めて帰るだろ。
「よし、帰るぞ」
「ブルルゥ!」
「ドリュウ!」
踵を返すと、シーマとグリが抗議の声を上げた。
せっかくバトルできるのになんで帰るんだよ! って感じか。
「ポケモンバトルがしたいなら、6番道路やホドモエで好きなだけしてやるから。プラズマ団には関わりたくねえんだよ。……ほら、リクも頷いてる」
リクに振ると、こくこくと頷いた。
べつに無理矢理頷かせたわけじゃない。リクだって、本心からプラズマ団には関わりたくないはずだ。
それでもシーマとグリは不満げな顔する。シーマの背でユラはおろおろし、グリの頭の上でアルはぼーっと宙に浮かぶ石を眺めていた。
タージャは我関せずとばかりに肩を竦めている。
オレの相棒たち、マイペースなやつ多すぎじゃね?
「とにかく、今日は帰るぞ!」
グリの腕を掴んで引っ張るが、その場に踏ん張っててこでも動かなかった。
そのうえ、アルまで嘴でグリの毛を啄んで引っ張りはじめる。
「いや、アル、綱引きしてるわけじゃねえから」
ツッコミをいれても、この状況が楽しいのか、アルはグリの毛を引っ張り続けた。グリも動かないままだし、シーマはおかしそうにヤジを飛ばしている。ユラとリクとタージャの反応も変わらず。
そのまましばらく膠着状態に陥っていると、
「ミスミー!」
入り口を方から、聞き馴染んだ鈴のような声が響いた。
グリから手を離して振り返ると、幼馴染のベルが小走りで駆け寄ってくる。その隣にフタチマルのミーちゃんがいるのはいつものことだが、ベルの後ろにアララギ博士の姿を見つけてオレは目を丸くした。
「ねえねえ! ミスミ、知ってる? 浮いている石は押せば動くんだよ。ですよね、博士!」
恐らくアララギ博士から教えてもらったであろう知識を誰かに披露したくて仕方なかったのか、ベルは突然語りだした。
勢いに呑まれて「お、おう……」なんて気のない返事をすると、アララギ博士がくつくつとおかしそうに笑った。
「ハーイ! 元気してる? ミスミ!」
「まあ、それなりには」
この洞穴に入ってから気力が吸いとられたけど。
それが顔にでていたのか、アララギ博士が片眉を上げた。
「なんだか疲れた顔してるわね。どうかした?」
「変なやつに絡まれただけなんで、気にしないでください」
そう? とアララギ博士もベルも心配そうな顔をしたが、深く突っ込むべきではないと判断してくれたらしく、それ以上はなにも訊いてこなかった。
それにしても、とアララギ博士が洞穴内を見渡す。帯電した石を眺める博士の瞳は好奇心の強い子供みたいに輝いていた。
「相変わらずここはポケモン好みの電気を
たっぷり帯びているわねー! だから電気同士反発しあって浮かぶ石があるんだよね」
ほら、とアララギ博士は浮いている青い石を押してみせた。押された石は慣性に従ってまっすぐ前に進み、壁にぶつかって止まった。
なんというか、自然の力ってすげーな。
思わず感心して宙に浮かぶ石を見つめていると、アララギ博士に「もっとも、すべての石を押せるわけじゃないけど」と苦笑された。
なんか子供扱いされてる気がする。
なんとなくきまりが悪くて、オレは話題を変えた。
「ところで、なんで博士がこんなところに?」
「私はね、パパに頼まれてギアルって歯車みたいなポケモンのこと調べているの。私がポケモンの起源――誕生時期を調べているからって、人使いが荒いよね……。もっとも、私も好きで調べているから楽しいんだけどね!」
愚痴りながらもアララギ博士の表情は明るく好奇心に満ち溢れていた。
そういや、アララギ博士の父親もポケモン博士だったな。世界中を飛び回ってるらしく、あまりカノコにいないからよく知らねえけど、前にそんな感じのことを言ってた気がする。
「ベルはその手伝いか?」
「あたしはね、博士のボディーガードなの! って、そんな必要ないけど……大事なものは守らないと、ね!」
「そう、だな」
やっぱり、ヒウンでムンナのムンちゃんをプラズマ団に盗られた時のことを気にしてるんだろうな。
ベルが色々と悩みはじめたのも、あの頃からだし。
……あっ、やべ。プラズマ団のこと忘れてた。
アララギ博士とベルも洞穴の外につれてかねえと。プラズマ団に目をつけられたら大変だ。あいつら、ロクなことしねえからな。
「悪いけど、調査は後日にした方がいいです。この洞穴の奥にプラズマ団がいるらしいんで」
「プラズマ団が……まあ、大丈夫でしょ!」
「博士!?」
忠告を明るく一蹴されて目を剥く。
なに考えてんだ、この博士は!?
「こう見えて私も昔はバックパッカーだったからトラブルには慣れっこだし、それに頼もしいボディガードが2人もいるもの」
アララギ博士はオレとベルにウインクを寄越してきた。
オレは唖然とするばかりだが、ベルのやつは「頼りにはならないかもしれないけど、任せてください!」と拳を握って意気込んでいる。
ベル、お前はなんでそんな自信がないくせに度胸はあるんだ。昔から妙に大胆なやつではあったけど。
「なにかあったらどうするんですか?」
「珍しく弱気ね。大丈夫よ。ミスミは何度もプラズマ団と戦って勝ってるんでしょ?」
「それは運がよかったからで、オレだけの力じゃ……」
「なら大丈夫。さっきも言ったでしょ? トラブルには慣れっこだって。私も自分の身くらいは守れるし、1人では無理でも3人ならなんとかなるわ」
ああ、もう! なんでこの人はこうなんだ!
どんなに止めたって博士はきっとガンガン洞穴の奥へ進んでいくだろうし、ベルもボディーガードとしてついていくはずだ。奥でプラズマ団が待っていてもお構いなしに。
基本的に2人とも楽天家のうえに頑固なんだ。オレにはもうどうしようもない。
仕方ねえからオレだけ帰るって手もなくはないけど、それで2人になにかあったら目覚めが悪いしな……諦めて腹括るしかねえか。
オレは深々とため息をついた。
「わかった! わかりました! じゃあ、オレが先に行って様子を見てくるんで、博士とベルはあとからゆっくり来てください!」
なんかあったら連絡するんで、と半ば叫ぶように言って、オレは踵を返して洞穴の奥へと足を進めた。
背中に「頼んだわよ」という明るい声と「気を付けてね」という心配そうな声がかけられる。心配するくらいなら一緒に博士を止めてくれよベル、と思いながらも「はいはい」と返事をした。
オレについてくるポケモンたちはというと、シーマとグリはバトルできるのが楽しみなのか上機嫌な声を上げ、タージャは呆れたように肩を竦め、アルはまだのんきに宙に浮く青い石を眺めている。心配そうにしてくれているのは、リクとユラくらいだ。
オレの周りにいるやつは、なんでマイペースなやつが多いのか。
オレはまた深くため息をついた。