アンダーグラウンド
リフトで降りた先でジムトレーナーとバトルし、別のリフトに乗ってさらに移動し、またジムトレーナーとバトルして別のリフトで昇ったり降りたり。
それを何度も繰り返して動くようになった唯一柵がついているリフトに乗ると、今までの比でないくらい速く、ぐんぐんと地底に向かって降りていった。

そうして辿りついた場所は、まるで鉱山のようだった。剥き出しの岩肌に囲まれ、すぐ目の前には大きなエメラルド色の鉱石――本物のエメラルドなんだろうか――が生えている。両脇には同じ色の小さな鉱石を運ぶベルトコンベアもあった。ベルトコンベアと大きな鉱石に挟まれて、細い道が奥へと続いている。その先で、はじめてホドモエシティに足を踏み入れた時と同じようにジムリーダーのヤーコンさんが仁王立ちしていた。
今回はまっすぐヤーコンさんを見据えて近付いていく。恐らく挑戦者の立ち位置だろう線のところまでくると、ヤーコンさんは「来たか」と軽く帽子のつばを上げた。

「3対3のシングルバトル。交代はジムリーダー、挑戦者ともに認められている。いいな?」

「はい」

前置きもなくルールを説明され、ちょっと拍子抜けしながらも頷く。もっと色々言われるかと思った。

「さてと、ジムリーダーのカミツレがお前のなにを気に入ったのか。そのお手並み拝見させていただくか」

いけ! とヤーコンさんが投げたモンスターボールからでてきたのは、大きな顎を持った砂色のポケモンだった。目の周りが黒くてサングラスでもかけてるみたいだ。リゾートデザートや古代の城で見た覚えがある。ワルビルというポケモンだ。確か、じめん・あくタイプだったな。

「頼んだぞ、リク!」

投げたモンスターボールからハーデリアのリクが飛び出してくる。挑発するように見下ろしてくるワルビルをリクはまっすぐに見据えた。

「まずは“ふるいたてる”!」

リクは武者震いのように身体を震わせて、攻撃と特攻を上げた。
ふん、とヤーコンさんが鼻を鳴らす。

「“じならし”」

ヤーコンさんの指示でワルビルはその場で大きく地面を踏み鳴らした。地面を伝った衝撃を食らって、リクがたたらを踏む。なんとか持ち直し、地を蹴って駆け出した。

「“こおりのキバ”で噛みつけ!」

牙に冷気を纏わせて、ワルビルの胴めがけて跳びかかる。身体を捻って回避されかけたが、リクの牙はギリギリワルビルの腕に掠った。
ワルビルは霜のついた腕を振り上げ、“かわらわり”をリクに叩きつける。避け切れないと判断したのか、リクは咄嗟に硬い毛に覆われた背中で受け止め、ダメージを軽減した。

「“すなかけ”」

ついでに足で砂を蹴り上げて、ワルビルの目を潰す。これで命中率が下がったはず。
だが、

「ワルビル、“かわらわり”だ!」

ヤーコンさんの声を聞いてワルビルから距離をとる。だが、ワルビルは“すなかけ”なんか受けてないかのように正確にリクを追いかけ、“かわらわり”を叩き込んだ。今度も背中で受け止められたが、リクの口から呻き声が漏れる。

「なんで……」

「砂嵐の中で暮らしてるやつにそんな小細工が通用するか」

はっ、とヤーコンさんに鼻で笑われる。
あとで知ったが、ワルビルの眼球には砂嵐から目を守るための膜があるらしい。それで“すなかけ”も利かなかったのだろう。

リクはまだ立っているが、正直戦闘不能ギリギリって感じだな。いくら背中で受けてダメージを軽減しても、多分耐えきれない。次で決めるしかねえな。

「これで終わりだ、“かわらわり”!」

「“きしかいせい”!」

選んだ技は“きしかいせい”――自分の体力が少ないほど相手に大きなダメージを与える技だ。
ワルビルが腕を振り上げた瞬間、リクは力を振り絞ってがら空きになった腹に飛びかかった。これで倒し切れなければ、ワルビルの“かわらわり”を受けて終わる。

祈りの結果は一瞬ででた。
腕を振り上げた体勢のまま、ワルビルの身体が後ろに倒れる。そのさまを息を乱しながらリクが見下ろしていた。

「よし!」

思わずガッツポーズをする。オレの声に反応して、リクも嬉しそうに振り返った。

「……ほほう! そうきやがったか」

かすかにだが、ヤーコンさんの口角が上がったように見えた。ワルビルをボールに戻した時にはまた仏頂面に戻っていたから、気のせいかもしれないが。

「なら、こいつはどうだ!」

次にヤーコンさんが繰り出してきたのはガマガルだった。ぎょろりとした目を見開き、ヌメヌメした身体をぷるぷる震わせている。これまでの道中でも見かけたことはあるが、何度見てもインパクトのある見た目だ。

「リク、どうする?」

ワルビルにはなんとか勝てたが、リクも限界が近い。ボールに戻って休んだ方がいいはずだ。
だが、リクは意志の強い瞳でオレを見上げてきた。少しでも戦って次に繋げたい。そんなまっすぐな想いが確かに伝わってくる。

「じゃあ、頼んだ」

「ばう!」

リクはガマガルを見据えて大きく吠えた。
こいつの想いに応えるなら、選ぶ技はやっぱりこれだな。

「“きしかいせい”」

リクは力強く地面を蹴ってガマガルに飛びかかった。
たとえあと一撃で倒れても、せめてこれで大ダメージを負わせてやる。

「“だくりゅう”で押し流せ」

ヤーコンさんの指示で、ガマガルは身体を大きく震わせた。その足元からこんこんと泥で濁った水が湧き上がり、リクに襲いかかってくる。なんとかガマガルの元には辿りつき当て身を食らわせはしたが、その瞬間にさらに水量を増した泥水に押し流されてしまった。オレの膝の辺りまで泥水がやってくる。一緒に流されてきたリクをオレはすくうように抱き上げた。

「お疲れ、リク。あとはゆっくり休んでいてくれ」

腕の中のリクはぐったりと目を回していた。戦闘不能になってしまったリクの背を軽く撫でてボールに戻す。
泥水はすぐに引いていった。その中に立つガマガルは元気そうで、あまりダメージを負ったようには見えない。あたりはしたが、ほぼ同時に泥水に押し流されたせいで威力が削がれたらしい。だが、ノーダーメージではないはずだ。それが勝敗をわけることだってあるかもしれない。

「いけ、タージャ!」

大きく振りかぶって投げたモンスターボールからジャノビーのタージャが現れる。タージャは鎌首をもたげて、ガマガルを睨みつけた。だが、ガマガルは怯みすらしない。
野生のポケモンならこれだけで逃げることすらあるんだが。流石はジムリーダーのポケモンといったところか。

「タージャ、“グラスミキサー”!」

「“だくりゅう”」

尻尾を振って、タージャは草葉の旋風を巻き起こす。だが、それはガマガルが湧き上がらせた泥水によって打ち消された。そのまま泥水はタージャを呑み込もうと押し寄せてくる。

「跳べ!」

泥水が到達する直前にタージャは蔓をバネにして高く跳び上がった。さっきまでタージャのいた場所が泥水に呑まれていく。ギリギリ間に合った。

「“さわぐ”」

「“つるのムチ”!」

ガマガルが頭の瘤を震わせて、耳が痛くなるほどの大音量で騒ぎはじめた。咄嗟に耳を塞ぐ。タージャはもちろん、指示したヤーコンさんすらも顔を顰めるくらい耳障りな大音声だった。
それでもタージャは空中で身体を捻って、鞭のように蔓を振った。撓った蔓が鋭くガマガルを打つ。そこはちょうどリクが当て身を食らわせた場所だった。
ガマガルの騒音としかいいようがない声が乱れて、呻き声に変わる。びくりと一際大きく痙攣したかと思うと、蹲るように倒れて動かなくなった。

「こうもあっさりやられるとはな」

ふん、と不機嫌そうにヤーコンさんはガマガルをボールに戻した。
正直言うと、こっちも少し驚いている。いくら効果抜群とはいえ、“つるのムチ”一発で倒れるとは思わなかった。リクが攻撃を食らわせたおかげで、そこだけ他よりも脆くなっていたのかもしれない。おかげで、無駄な体力を消耗せずに最後の1匹と戦うことができる。

「だが、あきらめるのは簡単! いつだってできることよ」

テンガロンハットから鋭い眼光を覗かせて、ヤーコンさんは最後のモンスターボールを投げた。地面にあたって開いたボールから現れたのは大きな爪を持つドリュウズだった。グリ――モグリューが進化したポケモンだ。
威嚇するようにドリュウズは鋼の爪を鳴らす。タージャも赤い瞳を鋭くしてシャーと威嚇し返した。

「“グラスミキサー”!」

「“ドリルライナー”!」

タージャは尻尾を振って草葉の旋風を巻き起こした。緑の鎌鼬のような旋風はまっすぐにドリュウズに向かっていく。
ドリュウズはその場で鋼の頭部と鋼の両爪を合わせて回転した。ドリルとなった頭部と爪で地面を掘る。半分ほど地中に埋まったまま、ドリュウズは真正面から草葉の旋風に突っ込んできた。ドリュウズの毛皮を斬るはずだった草葉が回転によって弾かれていく。そのままドリルの先端がタージャに向いて、舌打ちのような声がタージャの口から漏れた。
ドリルから逃れるためにタージャは地面を滑るように駆ける。だが、それよりも地面を掘り進めながら移動しているはずのドリュウズの方が速かった。あっという間に距離が縮まってしまう。

「跳んで、後ろ!」

ドリルの先端がタージャの背に到達する寸前、タージャはバック宙で高く舞い上がった。そのままドリュウズの背後に着地する。

「“つるのムチ”」

蔓を撓らせてドリュウズを打つ。だが、それも回転によって弾かれてしまった。
くそ、回転中はろくに攻撃が入らない。隙があるとすれば、相手が“ドリルライナー”以外の技を使ってくる瞬間か。その時まで、なんとか耐えるしかないな。

「タージャ、頑張って逃げろ!」

タージャはちらとこっちを一瞥して、ジャと短く鳴いた。
するすると地面を駆け回って“ドリルライナー”から逃げ続ける。直線ではドリュウズの方が速いが、小回りはタージャの方がきくようだった。縦横無尽に地面を駆け、時には高く宙を跳ぶ。一度だけ追いつかれてドリルに弾き飛ばされたが、くさタイプのタージャにじめんタイプの技は今一つだ。見かけほど大したダメージにはならなかった。

「ちっ、面倒だな。ドリュウズ、“シザークロス”で決めろ」

ドリュウズは一度深く地中に潜って方向転換し、再び地表に――タージャの目の前に現れた。回転が止まり、“シザークロス”を撃つために腕が広げられる。

「今だ、“グラスミキサー”!」

がら空きになった胴に草葉の旋風を叩き込む。同時に鋭利な爪がタージャを斬りつけた。短い悲鳴が2匹の口から漏れる。
一瞬の静寂の後、倒れたのはタージャだけだった。

「タージャ!」

呼びかけるが、返事はない。戦闘不能だ。
タージャなら、絶対にいけると思ったんだけどな。偉そうにしてるだけあって、実力も確かってことか。
悔しさを感じながら、タージャをボールに戻す。「よく頑張ってくれたな」と労わり、ウエストのモンスターボールホルダーにつけ直した。

そして、最後のモンスターボールを手に取る。中に入っているポケモンは、爛々と瞳を輝かせていた。やる気は充分らしい。

「頼んだぞ、アル!」

大きく振りかぶって投げたボールから、水色のとりポケモンがでてくる。
最後に選んだポケモンは、当初の予定通りコアルヒーのアルだ。クアーといつものように気の抜ける声を上げながらも、アルにしては真剣な顔でドリュウズを見上げた。

「“みずのはどう”!」

「“ドリルライナー”で近付いて“メタルクロー”」

再び鋼の頭部と爪を合わせてドリルとなったドリュウズが地面を掘り進めながら近付いてくる。アルが全身の羽毛から放出した水の波動も回転で弾き、あっという間にアルの眼前に躍り出た。
普通のコアルヒーだったら、空に逃れることもできただろう。だが、とあるポケモンたちが巻き起こした嵐によって地に落とされたアルは、その時のことがトラウマになっていて飛ぶことができない。ドリルの切っ先が襲い掛かってきても飛ぼうとせず、“ドリルライナー”で弾き飛ばされ、さらにドリルを解いて立ち上がったドリュウズの硬く鋭い爪で引っかかれて悲鳴を上げた。
と、アルの全身から水飛沫が噴き出る。大量のそれは水煙となって2匹を包んだ。たいしたダメージにはならないだろうが、目くらましくらいにはなるだろう。

「アル、今のうちに距離をとって“アクアリング”」

水煙の中から駆け出したアルの身体が水のベールに包まれる。これで少しずつ回復している間に突破方法を考えねえと。
アルはぺたぺたと地面と必死に走る。それを見て、ヤーコンさんが目を眇めた。

「そいつ、飛べねえのか」

どこか面白がるような声の響きにまずいと思った。
ばれないとは思っていなかったが、もう少しだけでも気付かないでほしかった。

「ドリュウズ、“じならし”だ」

リュウズ、と地響きのような声で返事をし、晴れかけた水煙の中でドリュウズが地面を踏み鳴らした。地面が揺れるほどの衝撃にアルが転ぶ。
さらに悪いことに、倒れたアルの真下の地面が割れた。タージャを追いかけている時にドリュウズが散々掘ったから、あちこち薄くなっていたんだろう。吸い込まれるようにアルは地中に落ちていく。クアクアーと慌てた声が穴から聞こえた。

「アル!?」

「“ドリルライナー”でとどめを刺してやれ」

ドリュウズが再びドリルとなって地中に潜る。
地面の下はドリュウズにとって最も力を発揮できる場所だ。指示をだそうにもオレからは見えねえし、そんなところで戦って勝てるわけがない。

「アル、頑張って登ってこい!」

「飛べねえコアルヒーには無理だろうよ」

嘲るようにヤーコンさんが鼻を鳴らす。すでにヤーコンさんは勝ちを確信しているようだった。
どれだけ手を伸ばしても空に届くことはない。だが、地面の下ならあっちの領域だ。じめんタイプのエキスパートとして、地中での戦いには確かな自信があるんだろう。

アルの必死な声が穴から聞こえてくる。登ろうとはしているようだが、姿はまったく見えてこない。多分、滑って登れないんだろう。
普通のコアルヒーだったら、空を飛んでなんなく出られたのに……。コアルヒーだったら……。

――そうだ、アルはコアルヒーだ。だったら、

「アル、“なみのり”!」

「クア!」

はっとしたようなアルの声とともに、地面の下から轟音が聞こえてくる。その音の正体はすぐに穴から湧き出た。
大量の水がアルを乗せてこんこんと湧いてくる。さらに、別の穴から水に押し流されるようにドリュウズも噴き出てきた。ヤーコンさんが目を剥く。波に揉まれてドリュウズが呻く。バトルフィールドは瞬く間に大量の水に満たされたプールとなった。
水場は飛ぶよりも泳ぐことの方が得意なコアルヒーが最も有利に戦える場所だ。アルだって、飛べなくなっただけで泳ぐことは他のコアルヒーと同じように得意だった。

一転して苦手なフィールドになったドリュウズだが、それでも足掻こうと波を掻き分けていく。
「まだ終わりじゃねえ、“メタルクロー”!」と指示を飛ばすヤーコンさんも諦める気はなさそうだった。

「アル!」

波に乗って、アルはドリュウズに向かっていく。ドリュウズは反撃しようと鋼の爪を構えて輝かせた。アルを乗せた波が一際大きくなる。なにかの生き物のようにすら思えるその波は、うねりながらドリュウズを呑み込んでいった。


******


ゆっくりとフィールドから水が引いていく。そこには倒れたドリュウズとその上で満足そうに胸を張るアルの姿があった。
その光景にぐっと拳を握る。

「よくやったな、アル!」

「クアー」

ペタペタと嬉しそうにアルは走り寄ってきた。その身体を抱き上げる。抱き締めるとアルも濡れた羽毛に包まれた身体を擦り寄せてきた。服が濡れるけど、今更か。

「なるほど、気に入らないな!」

ヤーコンさんがドリュウズをボールに戻して近付いてくる。
オレはアルを地面に下ろして、ヤーコンさんに向き直った。

「年齢のわりに堂々たる戦いっぷり。おまえに才能を見出す人間がいるのもわかるってもんだ。フンッ、こいつを持っていけ!」

ヤーコンさんは機嫌が悪そうに鼻を鳴らして、ジムバッジを差し出してきた。褒められているはずなのに、まるで貶されている気分になる態度だ。
……素直じゃない人だと、好意的に解釈してやろう。今は気分がいいし。

「どうも」

それでも、これまでジムバッジを受け取った時よりもぶっきらぼうになって、手を差し出す。その上にホドモエジムのジムバッジが力強くのせられた。ちょっと痛い。
ホドモエジムのジムバッジは金色の細長い土台にエメラルドのような石が1つ嵌まっていた。どこかで見たデザインだと思ったら、ヤーコンさんの帽子のベルトによく似ている。どっちが先にできたんだろうな。

「クアクア」

そんなどうでもいいことを考えそうになっていると、アルがつんつんと嘴で脚を軽く突いてきた。
アルもジムバッジが見たいのか?

「お前が頑張ってくれたおかげで、手に入ったんだぞ」

「クアー」

屈んでジムバッジを見せてやると、アルはきらきらと瞳を輝かせた。ぱたぱたと羽ばたいて喜びを全身で表現しているのが可愛くて、つられてオレも笑ってしまった。


→Next『いつか空を飛べるのか
prev * 2/2 * next
- ナノ -