凍える世界
積み上げられたコンテナの間を抜けて、滑って進めそうにないところは回り道して、時には階段でコンテナの上にも上がって、どんどん奥へと進んでいく。
すると、1つだけ不自然に開いたコンテナがあった。ぴんと耳を立てて、リクがそのコンテナを凝視する。
まさかとは思うが、この中にいないよな?
リクの反応からいる予感がしてならないが、勘違いだと思いたかった。

「冷凍コンテナで探してないのは、ここだけだよね?」

「多分な」

チェレンと顔を見合せ頷き、コンテナの中を覗く。
そして、凍った荷物の間にあるものを見つけて、オレは盛大に顔を顰めた。

「お前たち、もっとワタシをくるめ。寒くてかなわんぞ……」

中には紫のローブを着た偉そうなじいさんと、おしくらまんじゅうのようにそれを取り囲むてるてる坊主のような格好をした集団がいた。
こいつら、オレが思ってた以上に馬鹿だったんだな……。
あまりにも間抜けな光景に、思わず遠い目をしたくなる。いっそ見間違いであってくれ。
しかし、現実は非情で、何度見てもそこにいるのはプラズマ団だった。あの制服は見間違えようがない。1人だけ違う服を着ているじいさんは、恐らく七賢人とかいうやつだろう。

「……やれやれ、本当に隠れていたとは。寒いならメンドーだけど外まで案内するよ?」

オレが呆れてる間にチェレンがさっさとコンテナの中に入って、プラズマ団を挑発するようなことを言った。
やっぱりいらついてるな。この状況じゃ当然かもしれねえけど。
それでようやくこっちに気付いたプラズマ団たちが身構え、苦々しげな顔で睨んでくる。

「今預かっているのは王の友達であるポケモン。こんなところで傷つけるわけにはいかぬ」

七賢人とかいうやつが発した「王」という言葉に思わず肩が跳ねた。
あいつはこいつらがこんなことをしているのを知ってるんだろうか。……どっちにしろ、オレには関係ないけど。

「お前たち、こやつらを蹴散らせ」

「わかりました、七賢人さま! というわけで、オレたちが相手だ!」

七賢人の命令でプラズマ団たちが前にでてくる。全部で6人か。結構多いな。
オレたちを守るようにチェレンにくっついていたチャオブーが前にでてプラズマ団に相対する。
チェレンがオレに目配せを寄越してきた。

「ミスミ! 半分ずつ片付けよう!」

「仕方ねえな」

面倒だが、ここはオレも戦うしかなさそうだ。
リクを下ろして、オレもチェレンの隣に並んだ。

「普通のコンテナと冷凍コンテナを間違えて逃げこむとは……情けない」

「すばらしい計画にジャマはつきものね!」

「オレはこのなかで、なかなか強いプラズマ団!」

「アタクシ、このなかでかなり強ーいプラズマ団!」

「アタイ、このなかでそれなりに強いプラズマ団!」

「オレはこのなかで、結構強いプラズマ団!」

文句や謎の自己紹介を口にしながら、プラズマ団はそれぞれミルホッグ、ズルッグ、レパルダス、ヤブクロン、メグロコ、バニプッチを繰り出した。
……1人だけ、ものすごく間抜けなこと言ってなかったか?
思わず脱力しかけるが、すぐに気を引き締めて身構える。オレはリクの他にモグリューのグリとゼブライカのシーマ、チェレンはチャオブーの他にヤナッキーとハトーボーをだした。

こんなところに12匹もポケモンがでると、かなり狭いな。気を付けて戦わないと、味方まで攻撃に巻き込みそうだ。それはあっちも同じだけど。

「ミルホッグ、モグリューに“いかりのまえば”」

「ズルッグ、ハーデリアに“かわらわり”」

「レパルダス、ハトーボーに“ダメおし”」

「ヤブクロン、ゼブライカに“アシッドボム”」

「メグロコ、チャオブーに“どろかけ”」

「バニプッチ、“こごえるかぜ”」

プラズマ団が一斉に攻撃を仕掛けてくる。そこからは混戦だった。
リクに向かってきたズルッグをハトーボーが“エアスラッシュ”で怯ませ、さらにリクが噛みついてダメージを加える。激しく暴れられるが、リクの牙は外れそうになかった。
ミルホッグの刃物のような前歯はグリの“メタルクロー”で受け止める。そのままハトーボーを狙うレパルダスの前に投げ飛ばし、ハトーボーの盾になってもらった。
“アシッドボム”を浴びながらもシーマは“ワイルドボルト”で突進してヤブクロンを弾き飛ばし、玉突きのようにチャオブーに“どろかけ”をしようとしていたメグロコにぶつける。瞬間「ヤナッキー、“タネばくだん”」とチェレンの指示が鋭く飛び、メグロコの頭に爆弾のような威力のタネを降らせた。
バニプッチは“こごえるかぜ”を撃つ前にチャオブーの“ニトロチャージ”で突撃され、積まれた荷物に突っ込んでいく。崩れ落ちた荷物に埋もれて、バニプッチは苦しそうに呻いた。
1匹1匹はそれなりに強そうだが、あまり連携がとれていない。これなら、オレたちだけもなんとかなりそうだ。

チェレンと協力しながら、確実にプラズマ団のポケモンを倒していく。
そして、最後の1匹が倒れた時、プラズマ団のうちの半分は膝から崩れ落ち、もう半分は負け惜しみを口にしながらこっちを睨んできた。

「……! オレがこんなトレーナーに負けるのか!?」

「こんなに寒くて震えていたら勝てるわけ……」

「負けたんだから、大人しく捕まれよ」

勝負に勝ってはい終わり、とはいきそうにない雰囲気に心底うんざりしながらぼやく。

その時、誰かが「プラズマ団、万歳!」と叫んだ。
憎々しげに睨んでくるやつはもちろん、うなだれていた団員もはっとした顔をする。狭いコンテナ内に反響した喝采が収まりかけた時、それは輪唱のように続いた。

「……人と共に働くポケモンたち。楽しそうにみえるが、きっと苦しんでいるのだ! そうに違いない!」

「そうだ! オレたちはそんなポケモンを救っている! 正しいのはオレたちだ!」

「奪われたら奪い返す。いいか、忘れるなよ……!」

本当になんなんだよ、こいつらは。ここまでくると、ただでさえ寒いのに悪寒が走る。
そんな異様な空気のなかで、後ろにいる七賢人とかいうやつだけが冷え冷えとした目でオレたちを見ていた。
こいつはこいつで、陰気で気味の悪いおっさんだな。ゲーチスとかいうやつほどの得体のしれなさはないけど、あんな訳のわからない組織の幹部をやってるやつなんだ。普通のやつじゃないんだろう。

オレもチェレンもこの場を収める方法なんかわかるはずがなく、呆然と立ち尽くす。
と、外からドタドタと騒がしい足音が聞こえてきた。プラズマ団は身構え、オレたちは振り返る。

「おお! こんな寒いところに身を潜めていたとはな!」

予想通り、現れたのは作業員を連れたヤーコンさんだった。やっとか。もっとはやく来てほしかった。そうしたら、さっさとここから出られたのに。

「お前たち、このポケモンドロボウをつれていけ!」

「ラジャー!!」

ヤーコンさんの指示で作業員たちはプラズマ団たちの手を拘束する。意外にも七賢人を含めプラズマ団たちは抵抗せずに――プラズマ団は不滅! とか叫んではいたけど――大人しくつれていかれた。
戦えるポケモンがいないからか、寒いからかは知らないが、これ以上面倒なことにならなさそうでよかった。

「お前たち、ちょっとはやるな。さて、約束だ! オレさまのジムに挑戦しに来い!」

褒めているとは思えない顰め面で言い放ち、ヤーコンさんも作業員のあとに続いていった。
オレたちもポケモンをボールに戻して、さっさと冷凍コンテナの中から出る。すっかり日の落ちた外は涼しい潮風が吹いているはずだが、冷凍コンテナで芯から冷えた身体にはぬるく感じられた。
ついほっと息をつく。なんだか今日はやけに疲れた。
チェレンも同じなのか、隣で深々とため息をついた。

「やれやれ。プラズマ団の理想、それはポケモンと人が離れ離れになること。それってこの世界からポケモンがいなくなることと同じじゃないか……。まったく、メンドーな連中だな」

ポケモンがいない世界か……。そんなもの、想像もしたくねえな。オレはこれからもこいつらと旅がしたい。
腰につけたボールに触れ、オレは「だな」とチェレンの言葉に頷いた。


******


とにかく今日はもう宿をとって休もうと街の方に戻ると、やけに騒がしかった。「あっちは……ジムの方だ」とチェレンが硬い声で呟く。
プラズマ団が捕まったんだから、騒ぐのも仕方ないかもしれないが、なんとなくそれだけじゃない気がした。なんか、妙に嫌な感じがする。
それなのに、チェレンはジムの方に走っていった。
あいつ、メンドーが口癖のくせに……。
仕方なく、オレもチェレンを追いかける。

ホドモエシティの奥、街の中でもとくに豪奢な建物の前にいたのはプラズマ団を連行中のヤーコンさんと……別の団員を従えたゲーチスだった。まさに一触即発といった様子で2人は静かに向かい合っている。
先に動いたのは、ゲーチスだった。

「ヤーコンさん、はじめまして。ワタクシ、プラズマ団のゲーチスと申します。お世話になった同志を引き取りに来ました」

貼りつけたような笑みを浮かべ、ゲーチスは慇懃無礼にとんでもない要求をしてきやがった。
だが、ヤーコンさんはジムリーダーらしく肝が据わっていて、とくに驚きもせずに嫌味を返す。

「いやいや、礼はいらんよ。あんたのお仲間がポケモンを奪おうとしていたんでね」

「おや、誤解があるようで。ワタクシどもはポケモンを悪い人間たちから解放しているだけですよ」

「そうだといいがね」

不機嫌そうにヤーコンさんは鼻を鳴らした。

「ワシは正直者ゆえ、言葉遣いが悪い。それに反してあんたの言葉は綺麗だが、どうもきな臭くてな。で、なんだというんだ?」

「プラズマ団としてもホドモエシティに興味がありまして、ここにいる以外にもたくさんの部下がいるのですよ……」

ちら、とゲーチスは街の方を見やった。赤いモノクルが妖しく光る。
ヤーコンさんは腕を組み、じっとゲーチスの顔を見据えた。真偽を見極めようとする眼差しにも、形だけの笑みは崩れない。
やがて、ヤーコンさんは苛立たしげに舌打ちした。

「……その言葉、嘘かほんとかわからんが、戦わずして勝つとはね。たいしたもんだよ。フン! わかった。こいつらを連れて帰りな!」

「さすが鉱山王と呼ばれる商売人。状況を見る目に優れておられる。では、そちらの七賢人を引き取らせていただきます」

作業員に捕らわれていたプラズマ団たちが解放される。
さっきの苦労を考えると悔しいが、口を出せる状況じゃなかった。ゲーチスの言葉が真実の可能性がある以上、街を守るためには、こうするしかない。それでも、納得できないものが胸の中にわだかまっていた。

「ゲーチスさま、ありがとうございます……」

「よいのです。共に王のため働く同志、同じ七賢人ではないですか」

畏まった様子で感謝する七賢人を、ゲーチスはわざとらしいくらい優しく慰めた。だが、本当に心から気遣っているようには、どうしても見えない。ゲーチスの言葉も表情も、すべて嘘で塗り固められているように感じられた。

「それではみなさん。またいつの日か、お会いすることもあるでしょう」

最後まで慇懃無礼な態度を崩さず、ゲーチスとプラズマ団は去っていく。
無力さを噛み締めながら、オレたちはただそれを見送るしかなかった。


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