砂中の城
「いだっ!」

落ちた場所もまた砂の上だった。痛いことは痛かったが、砂が衝撃を吸収してくれたらしい。幸いなことに怪我はしてなさそうだ。
外では苦しめられた砂に今回は助けられたな。……砂がなければうっかり落ちることもなかったが。口の中に砂が入ってじゃりじゃりするし。

「グリ、大丈夫か?」

「ぐっ!」

一緒に落ちたグリは元気だと主張するようにバンザイをした。じめんタイプだから、こんな場所はもう家みたいなものなのかもしれない。

立ち上がって砂を払い、辺りを見渡してみる。
落ちてきた天井の穴からは、今も少しずつ砂が零れ落ちていた。グリはともかく、オレがあそこから上に戻るのは無理そうだ。
石の壁には上の階と同じようにランプが吊るされていた。この辺りも発掘はされているらしい。ということは、元から城にあったものか、発掘の時につけられたものかまではわからないが、どこかに上の階に戻る階段があるはずだ。

「グリ、階段を探すぞ」

「ぐりゅー!」

「今度は勝手にどっかいくなよ」

「ぐりゅー!」

元気よく返事をしてくれるが、どこまでわかってくれてるんだろうな。はぐれないよう、しっかり見張っておかねえと。
迷路みたいに複雑ではないと思うが、構造がわからないから一応右手を壁につけたまま進む。こうすれば、いつかは出口につくと昔テレビで見た。

しばらく進んで角を曲がると、行き止まりに突き当たった。
がっくりして戻り、今度は途中にあった脇道に入る。

その時、前の方から声が聞こえてきた。内容までは聞き取れないが、人の声だ。
オレはグリと顔を見合わせた。
誰かは知らないが、あの人に聞けば階段の場所がわかるかもしれない。
声を頼りに気持ち早足で進む。そうして角を曲がって見つけた人の格好に、オレは顔を顰めた。

「げっ、プラズマ団……!」

「な、何者だ、お前……!」

格好よさげに言えば中世の騎士のような、あえて格好悪く言ってやればてるてる坊主のような格好をした男が1人、驚愕と警戒の表情を浮かべて振り返る。
そんな顔をしたいのはオレだ。
遭遇するたびに事件を起こしているカルト集団に、なんだってこんなところでまで会わなきゃいけないんだ。

オレは身構え、プラズマ団を睨んだ。プラズマ団も無言でこっちの出方を窺っている。
今回はいったいなにをしでかす気だ? 巻き込まれる前にどうにか逃げたいところだが、多分上に戻る階段があるのはプラズマ団がいる道の先なんだよな。目くらましでもして、その隙に脇を抜けていくか。

「グリ!」

「りゅ!」

グリは砂の床を蹴って飛び出し、プラズマ団に思いっきり頭突きを食らわせた。咄嗟に受け身もとれず、プラズマ団は尻餅をつく。
“どろかけ”をしてもらうつもりだったが、これはこれでいいか。
まだ戦う気満々のグリを回収してプラズマ団の横を駆け抜けていく。不満の声を無視して少し進んだところで、死角になっていた上り階段が見えた。よし、ビンゴ! このまま上に行って、助けを呼ぼう。

だが、ほっとできたのはほんの一瞬だった。

「デスマス、“くろいまなざし”!」

背中に何者かの視線が刺さる。逃げ出したいのに、縫い止められたように足が止まる。
まるで引き寄せられるように、背後を振り返るしかなかった。

そこには、金色の仮面を首から吊り下げるようにつけた黒いポケモン――デスマスがいた。赤い瞳がじっとオレたちを見つめている。
“くろいまなざし”――見つめた相手を逃げられなくする技だ。解くにはデスマスを倒すしかない。
くそ、面倒なことしやがって。

「見られたからには逃がすわけにはいかない!」

「仕方ねえ! いくぞ、グリ!」

「ぐりゅ!」

グリは戦えることにはしゃいで砂に潜った。デスマスが地面に注意を向ける。
そして、デスマスの真下の砂が盛り上がった。

「真下に向かって“エナジーボール”!」

そこからグリの頭が見えた瞬間、デスマスが真下に緑色のエネルギー弾を放った。咄嗟に避け切れず、クレーターのように抉れた砂地に埋め込まれる。すぐに体勢を整えて砂の中に潜ったが、かなりのダメージを食らったはずだ。タフなグリでもきついかもしれない。

「どうだ! 俺のデスマスは強いだろう!」

胸を張ってプラズマ団は自慢する。随分とデスマスのことを誇りに思っているらしい。デスマスの方も褒められて嬉しそうに身体を揺らしていた。
相手がプラズマ団でなければ微笑ましく思ってやるところだ。

「認めるのは癪だけど、あんたはデスマスと信頼し合ってるらしいな」

「当然だろう。俺はお前たちのようなポケモンを道具と思っているやつらとは違うからな」

「なのに、いつかは解放するのか?」

プラズマ団はきょとんと目を丸くした。
その瞬間、グリが砂の中から跳び上がり、デスマスの背後をとった。だが、その爪が届く前に再び“エナジーボール”を叩きつけられる。空中では避けることもできず、グリは砂地に落とされた。
はっと我に返ったプラズマ団が「よくやった」とデスマスを褒める。

「グリ、大丈夫か!?」

「ぐっ!」

まったく萎えていない返事が返ってくる。
よし、まだ大丈夫そうだな。

「なら、砂に潜ったまま“いわなだれ”!」

「ぐりゅー!」

砂の中から響く雄叫びとともに、上空から岩が降り注ぐ。
デスマスは素早く岩の間を抜けていくが、すべて避けることができず悲鳴を上げた。

「デスマス、“シャドーボール”で岩を砕いてやりすごせ」

プラズマ団の指示の通り、デスマスは無理に岩を避けず“シャドーボール”で相殺させていく。
それでも砂利となったものくらいはあたるが、たいしたダメージにはならないだろう。

「さっきの質問に答えてやる」

プラズマ団がデスマスのことを気にしながらも、視線を寄越してきた。今までのプラズマ団と同じ、自分たちのことを微塵も疑っていない目を。
単純な疑問を口にしただけだったから答えなんて期待してなかったが、プラズマ団ってやつはどいつもこいつも崇高なる理念とやらを語るのが好きらしい。

「このデスマスもいつかは解放する。寂しくはあるが、それがポケモンの幸せだと、王が仰ったからな」

「そいつが言ったことなら、なんでも正しいって言うのか?」

「お前も我が王の素晴らしさを知ればわかるさ。ポケモンと真に心を通わせ、誰よりもポケモンのことを考えていらっしゃる。そんな方が解放こそポケモンの幸せだと仰るのだ。ならば、疑う余地はない」

そんなやつがムンナやビクティニを襲うよう命令したっていうのか?
随分と胡散臭いやつだな。こいつも他のプラズマ団も、その王ってやつの口車に乗せられてるだけなんじゃねえのか?

くそっ、イライラする。

ポケモンのためという大義名分でポケモンを襲うプラズマ団の王にも、ポケモンを信頼してるくせに疑いもなく王とかいうやつの言葉に従っているだけのこいつにも。寂しいとか言うくせに、デスマスからも好かれてるくせに、なんで解放なんてするんだよ。

「そんな訳のわからねえやつより、自分のポケモンと話せよ!」

岩の落ちる音。砕ける音。砂が舞い上がる音。
ポケモンたちの攻防が響く中、オレは声を張り上げた。
それをプラズマ団は一蹴しやがった。

「安心しろ。お前もすぐにわかるようになるさ。なんせ、王はもうすぐ英雄となり、世界を支配されるからな。そのために、お前を倒して王のゼクロムを見つけ出す! デスマス、攻めろ!」

守りを捨て、デスマスは砂地に向かって黒い影の塊を撃ち込んだ。上空から降る岩にあたっても攻撃の手を緩めない。
そうやって、グリを砂の中から引きずり出すつもりらしい。

「だったら、こっちも攻めてやる。グリ、ぶっ飛ばせ!」

デスマスの背後で、間欠泉のように砂が巻き上がる。「無駄だ」とプラズマ団が嘲笑い、さっと振り返ったデスマスが砂とともに飛び上がったものを“エナジーボール”で撃ち落とした。
そして、砂の上に転がったものを見て目を見張った。

「なっ、石!?」

白く丸い石がこんと壁にあたって止まる。
瞬間、デスマスの真下からグリが現れた。貫かんばかりの勢いで突撃し、続けざまに鋭い爪で引っ掻く。
反撃する隙も与えられず、デスマスは力尽きて倒れた。

「ああ、デスマス!」

自分が攻撃を受けたような悲鳴を上げ、プラズマ団は慌ててデスマスをボールに戻した。
ここだけ見ると、普通のトレーナーなんだけどな。

「くっ……、今日のところは見逃してやる!」

転びそうになりながらも身を翻し、プラズマ団が逃げていく。
その背中を追いかけようとしたグリの手をなんとか引っ掴んで止めた。

「やめろ。これ以上あんなやつらに関わりたくない」

「りゅううう」

不満そうに唸られ、ちくちくと手の甲に爪を立てられる。
結構痛い。この戦闘狂め。

「それより、よく前に考えたコンボを覚えていてくれたな。やっぱりお前は強いな」

「ぐりゅー!」

そうだろう、とばかりにグリは胸を張った。
勝手なことばかりするやつだけど、ちょっとおだてるだけで機嫌を直すところは扱いやす……憎めないところだな。

上機嫌になったグリはなにを思ったか、壁際に転がっていた白い石を拾ってきた。
そういえば、この石はなんなんだろうな。
もともとの作戦では“いわなだれ”で落とした岩を飛ばして囮にするつもりだった。けど、今回囮になったのは偶然砂の中に埋まっていたこの白い石だった。どっちでも結果は一緒だからいいけど、少し気になるな。

「ぐりゅ」

あげる、とばかりに差し出された石を受け取る。
なんの混じりけもない白い石。大きさはソフトボール程度だが、自然物ではありえないほど丸い。まるですべてを呑み込んでしまいそうで、どこか空恐ろしいものを感じた。

とはいえ、ぱっと見はただの綺麗な石だ。
けど、こんな遺跡の中にあるくらいだし、案外価値のあるものなのかもしれない。トウレンさんに見てもらったら、なにかわかるだろうか。

「おーい、ミスミ君!」

なんて考えていたら、背後から渋い声が聞こえてきた。
振り返ると、壁と同じ石の階段を降りてくるトウレンさんと目が合った。

「ああ、よかった。怪我はないみたいだね。流石に疲れた顔はしているが」

「……さっき、プラズマ団に遭遇したので」

「えっ、大丈夫かい!?」

「こいつのおかげでなんとか」

視線でグリを示すと、雄叫びと拳――爪が長くてわかりにくいけど――を高々と上げてアピールをした。
トウレンさんがくすっと笑う。

「それならよかった。一応、あとで警察には言っておこう」

「お願いします。……ところで、この石がなにかわかりますか?」

せっかくだからと、トウレンさんに白い石を見せてみる。
トウレンさんは石を目線の高さまで持ち上げ、見定めるように目を細めた。

「うーん、ただの古い石にしか見えないね。ちゃんと調べたら違うかもしれないが」

「そうですか」

まあ、そんなもんか。
これがなにかを封印した石だったらって、ちょっと期待したんだけどな。

「どうする、グリ?」

「ぐりゅう」

白い石をグリの目の前に持っていって訊いてみると、オレの腕ごと石を抱え込んだ。
なんでかはわからないが、そんなに気に入ったのか。

「じゃあ、旅の思い出に持ってくか」

「ぐりゅー!」

バッグのどこに仕舞おうか少し迷ってから、たまたま空いていた大切なものを入れておくポケットに白い石を入れる。
この石が本当に大切なものになるなんて、この時のオレは知るよしもなかった。


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