「ずっと子供でいたかった!」
テレビ画面の向こうで、カルネさん演じるヒロインの姉が叫んだ。
痛々しいくらい鬼気迫る演技で、激しい悲しみとやるせない怒りにヒロインだけでなく見ているだけのオレまで呑まれそうになる。ちらと隣を見やると、サラちゃんも息を呑んで画面を見つめていた。
ポケモンバトルにしか興味がないようなサラちゃんだけど、実はカルネさんの大ファンだ。トレーナーとして憧れて追いかけているうちに、女優としてのカルネさんにも魅せられたらしい。
このドラマを撮り逃した時はすごい落ち込みようだったし、オレの母さんが録画してたからダビングしようか、と言った時なんてクールぶってはいたけど、ものすごく目が輝いていた。あれはちょっと面白かったな。
まさか、このドラマを見たことがないオレにこうして半ば無理矢理見せるくらい過激なファンだとまでは思わなかったけど。
ドラマはなにも言えなくなってしまったヒロインのアップからエンディングに入った。
ここで終わるのか。オレはすぐに続きを見られるからいいけど、リアルタイムで見ていた人たちは胃に穴が空いただろうな。
「サラちゃんは子供のままでいたかった、って思ったことある?」
切ないメロディを聴きながら、オレはふと尋ねてみた。そのくらい、あのセリフが印象的だった。
「ないわ」
サラちゃんは画面を見つめたまま答えた。
「はやく大人になりたいと思ったことなら何度もあるけど」
「サラちゃんもあるんだ」
「当たり前でしょ。子供って不自由だもの。旅ができるようになったおかげで、かなりましにはなったけど」
「そうだよね。オレも子供のままでいたい気持ちはよくわからないよ」
オレたちは旅ができる年齢ではあるけど、まだ大人じゃない。はやく大人になりたいと言って、姉の地雷を踏んだヒロイン側の人間だ。
「大人になったら、あのセリフも理解できるようになるのかな」
「そうなんじゃない」
素っ気ない返事をして、サラちゃんは次の話を再生した。
庭でヒロインがフラべべに姉と喧嘩したことを話すところからはじまり、それを二階の窓から冷めた目で眺める姉にカメラが移る。
ハッピーエンドはまだ遠そうだ。
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作中にでてくるドラマのモデルはとくにありません。あえて言うなら、ポケットにファンタジー。大人になるということは、あの曲を小林幸子側の目線で聴くようになるということです。
(2018/10/31)