[8]歌に思いを
何ともついていない。
任務は大成功だった。そう言えば聞こえはいいが、密書でもないただの手紙を届けるだけの任務に成功も失敗もない。そう文次郎は思う。
考えれば考える程に眉間に皺が寄る。別に何に対して怒っているわけでもない。ただ単に物足りないのだ。
そんなことを思いつつ帰路に着いていた、山道。ついていないのは任務を終えたその後の話である。細く鋭く息を吐き、飛んできたそれを袋槍で叩き落とした。
「くそっ!!」
簡単な任務だと思い武器らしい武器は持ってきていない。
持ち慣れた袋槍を握り、再び飛んできた手裏剣を避ける。姿が見えず、遠距離攻撃をされているのではなすすべもない。
「畜生が…」
呟きと共に体を低くし、道を外れて茂みの中へと飛び込んだ。そしてそのまま全力で走り出す。
――追ってはこねえな…――
暫しの後、気配がないことを確認すると一気に加速し、先に見えた荒寺へ飛び込んだ。
「………ざまねえな」
入ってすぐ、手近な壁に隠れるように座り、呟いた。
普段後輩たちを鍛える立場であるが、その自分がこの状態とは何とも情けない。
「…ん」
一度大きく息を吐いて辺りを見回してみれば、そこは荒寺ではなく、どうも館だったようだ。相当大きな建物であったことが見受けられるが、その面影も微かで、荒れ果てている。
人の気配がないその場所で聞こえる音といったら。
「……蟋蟀か」
ころころとなる声を聞き、近くの草むらへ目を向ける。
「馬鹿にしてるのか、励ましてるのか、どっちだ?」
言いつつ小さく笑い、立ち上がる。
どちらにしても、帰って鍛練である。年末の予算会議も近くなってきた。
「団子でも買って帰るか…」
何本買えばいいか頭の中で数えつつ歩き出す。そして館を出る前にふと振り返り、草むらを見る。
「じゃあな」
そして、団子屋が閉まってしまわぬうちに、と走り出す。
その綻ぶ口元に、誰も、本人さえも、気づかないままであった。
八重むぐら しけれる宿の さびしきに 人こそみえね あきは来にけり
――――――――――――――――――
百 人 一 首 より。
ちょっと季節はずれますが…
団子買って帰った文次郎を、皆が気味悪がればいいんじゃないかな!!←
[home]