[12]歌に思いを
「寒い」
早朝、やっと日が昇ってきたかという時間。
おはよう、と声をかけた尾浜勘右衛門に、鉢屋三郎は開口一番そんなことを言った。
天才と謳われる彼も、自然には敵わないようだ。
しかめっ面の三郎に勘右衛門は苦笑いを投げ、歩き出す。確かに今日は寒い。自分もなかなか布団から出られなかったのは事実である。遅刻じゃなければいいが、あの真面目な二人のことだ、すでに来ているかもしれない。
そんな勘右衛門の予想は的中したようだった。目的地である裏庭は霜で覆われていた。そしてそこにはすでに二つの小さな影。
「おはよう。遅かったみたいだね」
「…何やってんだ」
学級委員長委員会では不定期で早朝に学園内の見回りを行う。目的としては、無断外泊や無断外出をして帰る生徒の取り締まりであるが、ここが忍術学園である以上、何の意味も持たない。
実質学園内を散歩して終わるだけである。
「あ、尾浜勘右衛門先輩に鉢屋三郎先輩」
「寒そうですね…」
裏庭で何やらしゃがんでいるのは、一年生の黒木庄左ヱ門と今福彦四郎であった。
五年生の二人が近付くと、彦四郎が何やら手の平を見せてきた。
「どうしたの…真っ赤じゃないか」
勘右衛門はそっと彦四郎の小さな手の平を自分の手で覆う。
三郎も少し心配そうにこちらを覗き込んできた。
「あ、えっと実は」
「菊の花が咲いていたんです」
勘右衛門の行動に彦四郎が驚いていると、庄左ヱ門が握り拳で力説し始めた。
「それで、あっちにもこっちにもあるって、面白くて二人で探してて」
「でも…」
と、少し言いづらそうに彦四郎が続ける。ほんのりと頬が赤いのは寒さのためだけではないのだろう。
「その、あ、ここにもあるって思って思いっ切りつかんだのが…」
「菊の花じゃなかったと」
三郎の言葉に、彦四郎が小さく頷いた。そして勘右衛門と三郎は視線を合わせて笑みを漏らす。
いつも大人びているから忘れがちになるが、まだ一年生なのだ――二人とも。
「…今日は見回り中止。霜焼けになっちゃう前に、温まろう」
「えっ…あ…」
彦四郎の手を握ったまま、勘右衛門が歩き出す。そして。
「行くぞ、庄左ヱ門も」
「はい…え…」
三郎は、ぐい、とほんのり赤く染まった手を引く。自分のよりも小さなそれはひんやりとしていて。
「白菊は見つかったか?」
そう笑って問うと、庄左ヱ門は小さく頭を振る。その頬はほんのりと赤く染まっていた。
心あてに おらばやおらむ 初霜の をきまどはせる 白菊の花
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百 人 一 首 より。
学級委員長委員会でした。
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