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同級生


ヒーロー


おそ松くんに初めて出会った時に、彼は私のヒーローになった。


昔から、私は人に合わせてばっかりだった。
自分の意見をはっきりと言えない。他人の顔色ばっかり窺って、生きてきた。
私は、そんな自分を変えたいと思った。いや、子供の頃から常々思っていた。思いながらも流されていた。自分の意思はそうは思わない場合でも、多数決という賛成意見に、同調していた。

中学一年生に上がる前の春休みのことだ。公立の中学校に普通に入学する予定だから、数人の受験組のクラスメイトや担任の先生との別れを惜しみながら卒業して、中学生こそは変わるぞ!なんて意気込みながら、その日もなにをすればいいのやらと行き着くままに街中を散歩していた。

駅前の商店街を抜けて民家へと足を伸ばすと、私の家の周りとはまた少し違った下町の雰囲気が広がっていた。人通りの少ない道を歩いていると、路地裏の方から声がした。そこでは小学校高学年ぐらいの男の子たちが猫をいじめていた。
知っている顔の子が二人いる。あれは多分、一個下の小学五年生だ。小学校で見かけたことがある。自分よりも年下の子が三人。止めなきゃ。けど、気持ちとは裏腹に足が氷で固められているみたいに動かせなかった。
「ミャー」子猫の助けを求めるような声に勇気を振り絞って、「ねえ!」と声を張り上げた。一斉に私の顔を睨む男の子たちに怯んで、それでも言葉を続ける。「やめようよ、猫、痛がってるよ。」明らかに不機嫌そうな顔で男の子の一人は私に向かって歩いてきた。一個下ってだけで、身長は向こうの方が高かった。どんと肩を強く押され、そのまま尻餅をついてしまう。

「女のくせに威張んじゃねーよ!」

「お、女とか男とか関係ない!いじめ、かっこ悪いよ!」

「いじめてねーよ、一緒に遊んでるだけ。」

「それともお前がこいつの代わりに俺たちと遊んでくれんの?」

囲まれる形で三人に見下ろされた私は、恐怖でずっと下を向いていた。その時にはもう、子猫の心配なんてする暇もなくて、ただただこれから私が蹴られるんだと言う想像に震えていた。

そんな時だった。おそ松くんが私の前に颯爽と現れたのは。



「ねえ、そんなとこで何してるの?面白いこと?」

盛ってしまったかもしれない。颯爽と、とはとても似付かなかった。
駆けつけた、と言うよりも、ゆるりと立ち寄ったと言う表現の方がしっくりくる。口元は何か面白いことを探すようににっこりとしていて、とても私か子猫を助けに来たようには見えなかった。

「無視しないでよ〜、ぼく今ヒマでさ〜。
君たち、一緒に遊んでくれない?」

その言葉を聞いた瞬間、背筋にヒヤリと冷たい汗が走った。
この人は私を助けに来たんじゃない、この男の子たちの加勢に来たんだと。
男のたちもそう思ったらしく、ニヤリと笑って彼を見た。

「こいつが猫と遊んでたら構って欲しそうにしてたから、猫の代わりにこいつで遊ぶことにしたんだ。
お前も一緒にやるか?」

「よしきた!」

等々予感してた最悪の結果が現実になってしまった。恐怖から溢れ出る涙を見られないように、必死に下を向いて唇を噛み締めていた。

「でも、ぼくは君らで遊ぶことにするよ。そっちの方が楽しそうだ。」

「何!?」

「鬼ごっこでもしようか。鬼は君らのお父さんとお母さんだよ。
毎日君らが友達の家で勉強しに行くふりをして野良猫を殴ってること、しっかりと言っておいたから。もうすぐ怒鳴りながらここに到着すると思うよ。」

その言葉のすぐ後に、「拓郎ー!!」「太一!!」三人のうち二人の親が探し回る声が轟く。呼ばれた二人は「やべっ!」と声を合わせて、鬼ごっこよろしく走り出した。もう一人も遅れてその場から逃げ出した。

路地裏には座り込んだ私とその男の子だけが残された。泣きべそをかいた私は恥ずかしくて顔が上げられなかった。男の子は「いい気味だい。」と清々した声で彼らの走り去った道を見ていたのが気配でわかった。

「なあ、君。ありがとね。
あの子猫、弟が時々可愛がっている猫なんだ。
助かったよ。」

そう言って男の子が私のそばでしゃがみ込んだのが髪の毛の向こう側から見える。何もできなかった私はふるふると首を振ると、そのこはぽんぽんと頭を撫でてから、私の頭の上にハンカチを置いて去って行った。

頭の上に乗ったハンカチをそっと手に取ってみた。白いハンカチの端には「松野」と刺繍がしてある。

「松野……くん。」

その出会いは衝撃的で、確かに物語のヒーローのような格好良い登場の仕方ではなかったけど……私の中でおそ松くんは、これ以上にないほどかっこいい、ヒーローになっていた。




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