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同級生


おれの初恋の話


今年最初の雪の上陸は、ずいぶん遅くなっていた。やっと雪が降るかもと予報があったのはその前日のことで、ここのところ毎日天気予報とにらめっこをしていたおれは突然の初雪予報に心の準備ができなかった。
ふわふわした気持ちのままチョロ松と登校すると、途中で合流したすみれちゃんも少しそわそわしていて、おれの顔をうまく見れないと言った様子で下を見いていた。この時ばかりはチョロ松が一緒で助かったと思った。こんな空気で二人っきりとか、心臓破裂する。
教室に入った後もすみれちゃんとは目が合わないまま他愛のない世間話をして場をつなげる。徐々に人が入ってくると、すみれちゃんはいつものように友達に囲まれて、少しほっとしたような顔をした。それにおれも少しほっとして、授業中は頭の中で告白の予行練習を繰り返していた。

HR中も、授業中も、おれは習慣になってしまったほどすみれちゃんの後姿を眺めている。好きになった当初よりも伸びた髪に、少しだけ時間の流れを感じる。
じっと眺めていると、プリントを配布するすみれちゃんと目があった。いつもならプリントを配るときはちゃんと身構えるのに、今日は油断していてバッチリとガン見しているのがバレてしまう。すみれちゃんも無意識なのか、驚いて目を丸くする。それから少し赤くなった顔で、小さくおれに手を振って笑った。……やっぱ好き。すげー好き。いますぐ告白したい。

放課後が勝負か、と思っていたおれの人生初告白だったけど、予想外の事態が起きた。5限からすみれちゃんがいない。放課後浜ちゃんに話を聞くと、どうやら早退したらしい。焦って教室を飛び出す。どうしよう、家行けば会えんのかな。すみれちゃんも、忘れてる様子じゃなかったし……。

「!」

おれの下駄箱を開けると、赤いチェックの封筒が入っていた。中には便箋一枚。真ん中には、ずっと見てきたすみれちゃんの細くて綺麗な字で、一筆。


【今夜 東京駅発-博多駅行 17:30発 16番ホームで待ってます。】


その文字を見た瞬間、家まで走り出す。前にすみれちゃんであいつらと賭け事をした時にふんだくった5000円を引き出しから取り出して、最寄り駅までチャリを飛ばした。
電車に乗って時間と駅を確認すると、所要時間40分で、まだ16時半だった。20分ぐらいは話す時間ができそうだと安心からため息を吐き出す。車内ではまばらに座席が空いていたけど、座る気にはなれず、冷たいつり革におれの体温が移るまで握り締めながら、流れていく窓の外を眺めていた。

「――雪、だ。」

静かに窓を叩く雪は、少しみぞれ気味の、氷の塊だった。それでも正真正銘、おれたちの待っていた、雪だ。
言おう。よかった、今日雪降ってくれて、本当によかった。ギリギリだったけど、神様ありがとう。すみれちゃんが東京を離れる前に降ってくれて。新幹線のホームで待ってるだろうすみれちゃんに思いを馳せながら、一駅一駅近づいていく電車に身を預けた。

あと4駅と言うところで、おれの乗っていた電車はその駅で止まる。雪の影響で他の線の電車が遅延している影響でこの電車の運転も見合わせるというアナウンスに、少し肝が冷える。ちゃんとすみれちゃんが出る前に動くのかとか、色々考えて。このまま走り出しても、今度は車内でまた止まるんじゃないかって思ったら、おれはなりふり構わず電車を飛び降りた。東京まであと何キロとか、そんなこと考えてる暇もなかった。走り出さないと、もう、すみれちゃんに会えない気がして。
多分、人生の中で一番早く走った気がする。死ぬ気で走りながら、すみれちゃんのことを考えた。目をつむっても浮かんでくるのは、いつだってすみれちゃんだった。仕事をこなすとき、無意識に耳の上にかぶった髪を引っ掛ける仕草。突っ走って我に帰った後、途端に顔を赤くして慌てる表情。辛いことがあったときに垣間見せる深刻そうな顔。「おそ松くん」なんて嬉しそうにおれを呼ぶ顔。全部が全部、おれの好きになったすみれちゃんの顔。

「は…ァ、…っくそッ!!
これで最後になんか、させるかよ!!」

足の感覚も手の感覚も無くなって、それでも前に進み続けた。時計を見る時間すらも惜しくて、ただ線路に沿って延々と走る。東京までの距離は、残りの4駅分よりもずっと長い気がした。
駅に着いた瞬間、駅員さんに「通ります!!」と声をかけて改札を飛び越えた。制止の声も振り切って16番ホームに走って、最後の力を振り絞って階段を上った。



けど、ホームには、誰の影もなかった。



「――…っ、はぁ、ハァ…、!」

しんどいほどの息を、咳き込むほど肺に送り込む。時計を見ると、時刻は17:33になったところだった。

たった3分のロス。ほんの、180秒。あと少し間に合わなかった。

足を引きずって、ベンチに腰掛けようと近づくと、赤いチェックの封筒を見つける。――あれは、すみれちゃんのだ、


「…………え、」


その中に入っていたものに、息がつまる。
それはおれが昔、猫を助けた知らない女の子にあげたハンカチだった。
な、んで?あの子が、すみれちゃんだったの?――じゃあ、じゃあ……、

『初恋の相手は、ヒーローみたいな人だよ。
ピンチの私を助けて、私にハンカチをくれたの。
私、いっつもそのハンカチに助けられてるんだよ。』

『私にとってのおそ松くんも、ヒーローなんだよ。』

ついていかない頭を整理する気にもなれず、――現実が受け止められずに、涙が滲んだ。
雪でかじかんで麻痺した感覚が、じわじわと蘇ってくる。あの子が、すみれちゃんだったんだ。

「クソ、クソッ……――ちくしょおッ!!!!」

叫んでも胸のわだかまりは消えなくて、ただただ空しさが雪と一緒に募るばかりだった。泣くなんて初めてじゃないかってぐらい久しぶりの感覚で、でもそんなこと気にならないぐらい、胸の中で吐き出せなかった思いがうずくまっていた。

すみれちゃんは、おれが好きになるずっと前から、おれのことが好きだったんだ。この三年間、ずっとずっと、おれだけを見てくれてたんだ。

「なのにおれっ、本ッ当…ばっかじゃねえの…ッ、」

最後に、『好きです』の一言でも、言えればよかった。タイミングは腐るほどあったのに、この先もずっと、腐るほどあるんだと思い込んでいた。
あげたはずのおれのハンカチを握りしめて、いろんな感情がもみくちゃになって、ベンチで一人、人生で初めて、大泣きした。




これは忘れられない、おれの初恋の話。




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