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同級生


私の初恋


季節は冷え込むばかりだけど、結局私が東京にいる間に、雪の予報はなかった。今年の初雪は特に遅くて、二月の頭にもなって一向に雪の降らない曇り空に、一人ため息を吐いた。
転校のことは最後までクラスメイトには話さなかった。担任の浜ちゃんにだけは移住先の住所を教えていて、それだけ。受験の終わっている友達にも知らせようとは思ったけど、私は最初におそ松くんに伝えたかったのだ。友達には、転校した後にでもラインで伝えれば事済むことだった。それができなくても、年賀状は出そう。

告白もしない最後になってしまったな。そう思いながらすっかりと片付いた部屋で一人携帯をいじっていると、明日の予報が夜から初雪になりそうだと知らせる。残された一縷の望みにすがって、私は念のためにダンボールには詰めなかった便箋と封筒を取り出して、たった一行の手紙を、早退する際におそ松くんの下駄箱に入れておいた。


【今夜 東京駅発-博多駅行 17:30発 16番ホームで待ってます。】


引越しのトラックを見送りながら、通学カバンを両手で抱いて、最後になるだろう通学路を経由しながら東京駅へと歩き出した。その道にはおそ松くんとの思い出がいっぱい転がっていて、少し胸が詰まった。
雪の前のやけに明るい曇り空は、厳しい風と冬の匂いを地上に運んでくるようだ。一人で慣れない電車に乗り込んで、なんとか新幹線のホームに出る。私の乗る電車までは後二時間ほど余裕があったけど、どこかお店へは入らずに、ベンチの端っこに座ってそこで彼が来るのを待っていた。
来るかな。私がいないのに気づいて、早退したって聞いて、慌てて学校サボってきたりなんか、しちゃうのかな。放課後に来ても、30分ぐらいは話せる時間、できるよね。
来ないかもしれない。東京駅は、私たちの地元からは少し遠いし、お金がかかるから。おそ松くんなら「面倒くせぇ!」って言って家で寝てるかも。
そんなことを考えながらくすりと笑うけど、それと同時に胸が痛くなった。


振り返ると私の中学校生活、最後まで、おそ松くんだったな。最初から最後まで、いつでもおそ松くんに助けられてたな。

見ているだけでも勇気をもらった。
あなたに追いつきたくって、小学校の頃よりもずっと明るい性格になれたんだよ。
あなたにもらったハンカチのおかげで、お母さんとお別れするかもしれない一番辛かった時期を、くじけずにいられたんだよ。
あなたと目を合わせただけで、どれだけ浮かれたことか。
あなたの隣で笑えた時間は、人生で一番幸せだと思えた。

おそ松くんと過ごした日々は、今でも眩しすぎて、夢みたいだった。

上を向くと灰色の空からは、音も立てずに、深々と。あんなにも待ち焦がれた雪が降っていた。

「今になって降るなんて、神様も意地悪だなぁ。」

そう冗談を言った声は、私の予想以上に震えていた。涙声を必死に抑えるようにズッと鼻をすする。泣いちゃダメだ。転校を決めたのは、私なんだから。
膝の上で両手に握り込んだおそ松くんの白いハンカチを見ながら気分を落ち着かせようとするたびに、ああ、私はやっぱりおそ松くんに頼ってる。と実感してしまう。

「福岡に行ったら、おそ松くんには、もう頼れないんだ。」

そう何度も自分に言い聞かせた。何度も何度も。そうすることで、自分を強く保っていた。
強くならなきゃいけないんだ。今度は、おそ松くんの助けを借りずに。

【――まもなく、16番線に、当駅始発…】

私が乗る電車が、静かに積もる雪の中を滑ってくる。大きなキャリーケース持った家族連れや隣に座っていた社会人の男性が次々と乗り込んでいく中で、私だけ二時間近くもこの五人掛けのベンチの端を温め続けていた。

ああ、やっぱり、来ないんだ。
そう思いながらも、心の端でまだもしかしたらと言う望みを抱いていた。
私とおそ松くんは、両思いだったんじゃないかって。そんな傲慢な願いが、私をこの席に縛り付けていた。

「……っ、――、っふ…」

泣いちゃ、ダメなのに。私の目の間で開き続ける乗車ドアを見ながら、涙がこぼれ落ちる。
思い上がった私の独りよがりだ。何を期待してたんだろう。思い出してみろ。私は、十分幸せだったじゃないか。そう必死で心に鞭を打って、おそ松くんのハンカチを、下駄箱に入れたものと同じ封筒にしまった。

「最後に、『好きです』の一言でも、言えればよかったな。」

そう思いながらも手紙で書く気にはとてもなれなかった。自分の口で言わなきゃって、決めていたから。
タイミングはたくさんあったんだ。なのに私は、チンケな臆病のせいでそれを全て見送ってきた。きっとこれは、その報いなんだ。私とおそ松くんは、そういう運命にあるんだ。
私の恋をハンカチと一緒に東京駅において来ることに決めた。

プルルルルと高い音で鳴り響く発車のベル。


座り続けたベンチにひっそりと封筒を置いて、私を違う街へと運ぶ電車に乗り込んだ。




さよなら、私の初恋。





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