期待しちゃうよ?
12月に入って、期末の結果が返ってきた。ついに学年50位の壁を超えたらしいおれの点数に、各教科の先生は涙を流す勢いで喜んだ。成績とか内申とかはぶっちゃけどうでもいいけど、すみれちゃんの教えが形として現れたことが素直に嬉しかった。
「おめでとう、おそ松くん!すごいよ学年48位なんて!」
「まぁ、すみれちゃんのおかげだけどね。」
「そんなことないよ!おそ松くんの実力だよ!」
そんなことを言いながら笑い会うおれたちは、二人で空き教室へと入って近くに荷物を置く。今日とて勉強会の日だ。
試験明けの勉強会は、大体見直しに当てられる。テスト終わったんだし、勉強なんてしなくていいじゃん、と思うけど、「受験生だから」と苦笑いをこぼすすみれちゃんに、それもそうかと笑った。まあ、地元の赤塚高校はそこまで偏差値高くないし、他の兄弟は一松とチョロ松がしごいてるからそこの高校には受かるだろうし。おれにはあんまり、受験生という自覚はなかった。
「じゃあ、そろそろ始め――」
ガラッ
勢いよく開いたドアの向こうには、おれたちのクラスメイトの谷岡がいた。明るくておしゃべりなサッカー部だ。谷岡は驚いた顔をしていたけど、おれの方もたった二人の場所に突然現れた訪問者に、肝が冷えた。すみれちゃんと二人の空間を、邪魔するんじゃないかって。
「谷岡くん、どうしたの?」
いつもの声音でそう問いかけるすみれちゃんに、谷岡はハッと我に返ってから、少しだけ赤い顔をして、「みんなには内緒にしとくから……!」と叫んだ。少しの場があってから、「じゃあ、」と少し早足で去っていく。
何が起こったのかわからないぐらい急な出来事だった。でも一つ分かるのは、おれとすみれちゃんを見て「付き合ってる」と勘違いされたことだ。谷岡はあんまり秘密ごとを守るタイプじゃないのは周知の事実で、このまま追いかけなかったらおれたちのデマがクラス中に広まるのも時間の問題だった。――けど、おれもすみれちゃんも、一向に、その場を動こうとはしなかった。
「行っちゃった……ね」
「…うん。」
口の軽い谷岡に、すみれちゃんも予想はつくはずなのに。その態度に期待をしまくってるおれは、空き教室の机をくっつけながらすみれちゃんに話しかけた。
「ねえ、すみれちゃんって、好きな人いんの?」
ガタタ、と盛大に机を床に落とすすみれちゃんも、少しだけ顔が赤くなっていた。ちらりとおれと目を合わせてから、小さな声で「秘密、」と呟いた。
「おそ松くん、は?」
「……っ、おれだけ言うの、不公平じゃね?」
「そ、っか、そうだよね……ごめん」
まさか、「すみれちゃんだよ」だなんて言えるわけもなく。少しの間沈黙ができるけど、今度口を開いたのはすみれちゃんの方だった。
「でも、初恋の相手は、ヒーローみたいな人だよ。」
「、ヒーロー?」
「うん。ピンチの私を助けて、私にハンカチをくれたの。
私、いっつもそのハンカチに助けられてるんだよ。」
合わせた両手を控えめに口元へ持って行って、少しだけ微笑むすみれちゃん。幸せそうな顔をしていて、少しだけムッとした。「ふーん、」と返した声は、少しだけ不機嫌に聞こえてしまったかもしれない。すみれちゃんはそれを、自分の話がつまらないとでも履き違えたのか、「おそ松くんは?」と慌てて話題をすり替えてた。なんて答えていいのか迷ってから、口を開いた。
「俺の初恋の相手は、今の好きな人だよ。」
「あ……そ、っか。」
そう言ったすみれちゃんは、がっかりしたように見えた。期待しちゃうよ?おれとの勘違いを正さない事とか、好きな人がおれには言えないこととか。もしかしたら、すみれちゃんは、おれのこと好きなんじゃないの、なんて。
加速する鼓動にどうしようもなく震える心が、うるさいぐらいに主張を始める。もしかしたら、今告白したら、付き合えたりすんのかな。
そんなことを考えながら、「好き」の一言すら、おれはまともに言えずにいる。