同級生 | ナノ

同級生


いつだって


「なぁ、なんかあった?」

珍しくチョロ松くんが寝坊したらしく、私とおそ松くんはいつもの登校時間を二人で学校まで歩いていた。おそ松くんに会ってすぐ、彼は私に向かってそう告げたのだ。

「何かって?」

「わかんないけど、今日のすみれちゃんはいつもより元気ないから。便秘?」

デリカシーのないことを聞いてくるおそ松くんに少しだけ肩の力が抜ける。首を横に振って、「何でもないよ」と笑って見せたけど、おそ松くんは納得してくれなかった。

「すみれちゃんってさ。繕うのうまいけど、隠すのは下手くそだよねぇ。」

「え?」

不意に手を引かれて、つんのめりながらもおそ松くんの後ろについていく。「こっち」と連れられた先は学校へ向かう道とは真反対で、「どこに行くの?」と聞くと、楽しそうにこっちを振り向いて、鼻歌でも歌うように言った。

「デート!」



おそ松くんの向かった先は、おそ松くんの家だった。デートという言葉に期待をしなかったわけじゃない。……いや、すごくした。デート。ドキドキしてた。たどり着いたのはおそ松くんの家で、初めてのデートがお家とか、ハードルが高い……イヤイヤ!何を考えてるんだ私!

「お待たせ!すみれちゃん、後ろ乗って!」

早く早く!とまくしたてられて、シルバーの自転車の後部座席に座り込んだ。何も敷いてないからずっと座ってたら痛そう。そんなことを思っていたら、「発進!出発進行!」 何て言って急に走り出した。スピードが早くて、思わずおそ松くんの腰に捕まる。

「わ!わ!待って、早い!早い!!」

「もっとしっかり捕まってないと、振り落とされちゃうかもよ?」

「〜〜!!」

立ち漕ぎのおそ松くんの腰に必死に捕まって、目をつむっていた。むちゃくちゃだ。「デート」なんて言われて、家に連れてこられて、自転車で猛進。今何時だろう。早く戻らないと、学校、遅刻だよ。そんなことを考えているうちに、奇想天外な出来事に考えることすらバカらしくなって、だんだん笑いがこみ上げてきた。本当に、むちゃくちゃだよ。

「ッフフ!
おそ松くん、もっともっと!」

「!
よーし、しっかり捕まっててね!」

おそ松くんの私より大きくて黒い背中に阻まれて、風がビュウビュウと外側に通り抜けていく。二年でロングと言えるあたりまで伸びた私の髪は、重力を忘れたかのように翻る。二人を乗せた自転車は、自転車とは思えないスピードで私たちの街を過ぎ去っていった。


「はい。ポカリで大丈夫だった?」

「あ、あんがと……、」

全速力で走り出した私たちは、そのまま海へと向かっていった。一時間半ぐらいこぎ続けていたおそ松くんは海に着いた瞬間ヘトヘトで、しばらくコンクリートの上に転がっていた。それを見かねて自販機まで水を買いに行った次第だ。もう完全に遅刻だけど、一限目が始まる前に学校に「風邪で休みます」と連絡を入れておいた。(おそ松くんはそのまま無断欠席らしい。)
隣に座りながら、私は笑いが止まらなかった。

「あはは!私、学校サボったの初めて!」

「マジでー?
結構スカッとしない?」

「した!スカッとした!」

そんなことを言いながら二人で笑っていれば、しばらくして沈黙が訪れる。潮風と波打つ音に身を委ねていると、おそ松くんは上体を起こして、海を眺めていた。私の言葉を待っているみたいに思えて、私も静かに言葉を紡いだ。


「……福岡にいるおばあちゃんが、昨日倒れたの。
夏休みに行った時は、まだピンピンしてて、畑仕事だってやってたのに。」

おそ松くんは口元をゆるりと遊ばせながら、私の話に耳を傾けるように目をつむっていた。いや、もしかしたら聞いてなかったのかもしれないけど、私はそのまま話を続けた。

「おじいちゃんは私が5歳ぐらいの時に他界してて、おばあちゃんはずっと田舎に一人暮らしだったの。毎年夏に帰ってたんだけど、自分の身体のことがわかってたみたいに、『私ももう長くないかもね』なんてお父さんに言ってたのを、聞いちゃって。そんなことがあった後だったから、余計お父さんも心配しちゃって。
私ね、去年、お母さんも倒れたんだ。状態はあんまりよくなかったんだけど、なんとか持ち直して、でも中々よくはならなくて、結局半年以上入院してた。私、元気だったお母さんが日に日に痩せてくのを見て、怖くなったんだ。このままいなくなったらどうしようって。お母さんはいつもみたいに笑ってたけど、お父さんはお母さんに会いに行った日の夜は、家に帰ると少し泣いてたの。ああ、私がしっかりしないとって思って、部活やめて、家事やって、お母さんのお見舞いも毎日行ってた。」

「……。」

ザザ、と揺れる波の音に、私は思いの外冷静に話ができた。相手がおそ松くんだったからかもしれない。私は仲のいい友達にも誰にも話したことのない家の事情を、胸の内を、おそ松くんに話していた。

「お父さんは、自分のお母さんが倒れて、多分私と同じ気持ちになってると思うんだ。だからお父さん、おばあちゃんがこのままいなくなっちゃわないように、おばあちゃんの、そばにいたいと思うんだ。それを昨日、私に打ち明けてくれて、『転校することになっちゃうかもしれない』って話したの。」

無性に涙がこみ上げてきて、私は体育座りで抱え込んだ膝に顔を押し付けて、無理やり涙をこらえた。今まで溜め込んできた何もかもが、海に還りたがってるように溢れ出てくる。すると肩越しに温もりがあって、ふわりとおそ松くんの匂いがした。何かを言う前に、よしよしと頭を撫でられる。それにギリギリまで保っていた細い糸が緩んで、涙が止まらなくなった。

「私、お父さんの気持ち、痛いほどわかるのに、『転校は嫌だ』って言っちゃった。
自分のわがままで、お父さんを困らせた……お母さんが倒れた時のお父さんの顔、見てたのに。そんな自分が嫌で、でもお父さんが私を優先して東京に残って、後悔して欲しくないのにっ…!」

「うん。そっかそっか。」

「しっかりしなくちゃって……思ってっ…、でもここを離れるのがやで、おそ松くんとも、もっと一緒に…っ、」

それ以上は言葉にならなくて、私は泣きつかれるまでおそ松くんの腕の中に包まれていた。安心させるような穏やかな声で話すおそ松くんは、私にわがままを言っても許されるんだよ、と諭してくれているようだった。おそ松くんの優しさは、いつだって私を救ってくれていた。


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