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同級生


夏祭り


終業式を目前に控えた7月の下旬。
その日は地元で今年最初の花火大会が行われる日で、当然私はおそ松くんとそれに行きたいと淡い期待を抱いていた。
去年や一昨年は私とは遠い存在だったし、人気者のおそ松くんがクラスメイトに誘われないはずがないし(事実中二の時は誘っている声を聞いた)、そもそも毎年六つ子で仲良く夏祭りに行くと、チョロ松くんに聞き及んでいた。それらの理由からして私なんかとおそ松くんが二人でお祭りなんて、いけるはずがなかった。


いつもの浜ちゃんの雑用、という名のついた、クラス分の親御さん向けの資料作り。今回は三種類のプリントを三つ折りにして封筒に詰めるという作業だ。
いつものように職員室に呼び出され渡されたそれは自分のクラスの分だけだったけど、職員室には他のクラスの分が後五つ……学年分放置のまま置いてあった。期末後で通知表やら課題やらに追われ手の離せない職員室の状態を見て、私とおそ松くんは自然と目があった。いい?と口パクで聞かれ、こくりと頷くと、おそ松くんは浜ちゃんに他クラス分もやると申し出たのだ。これには他の先生方も幽霊でも見たような顔をした。おそ松くんはそれを気にせず、「そのかわり内申上げてよ?」と言葉を続ける。それに浜ちゃんは「おう、これでマイナスがやっと平常値に戻るな、よかったな」と軽快に笑って見せた。見返りを求めるおそ松くんもちゃっかりしているけど、それを飄々と流す浜ちゃんも強者だ。
結局その作業は学年分……240人ほどいるから、二人で分業しても一時間ではとても追いつかず、話をしながら終わらせた頃には、もう5時半を回っていた。まだ誰一人として帰っていない先生たちに感謝をされながら、浜ちゃんに「お駄賃」として握らせた飴玉を手に職員室を出た。

「ついでだから、寄っていかない?」

おそ松くんの言葉に、それが何を指しているのかを瞬時に理解したけど、予想外で頭が付いて行かず、声が出せなかった。一緒にいけるなんて思っていなかった夏祭り。こんな時間になったからこそおそ松くんは誘ってくれたんだ。私は今日ほど自分が学級委員をしていることを感謝した日はない。何度も首を縦に振りながら、「行く!」と返事をすると、おそ松くんはブハ、と吹き出して「すみれちゃん、どんだけ行きたかったの」と肩を震わせた。そりゃ、3年分の「行きたい」ですもの。

「何食べたい?」

「あんず飴!」

色とりどりの提灯と、オレンジ色のライトで照らされた出店の数々。浴衣の人や祭囃子の音色に心を躍らせた。去年は母のことで行く暇なんてなかったし、一昨年は誘うにしてはおそ松くんはあまりにも遠すぎた。好きな人との初めての夏祭りは、友達と行くよりも数倍浮き足立っていた。
あんず飴の屋台を遠くに見つけると、私は「ちょっと行ってくるね!」とおそ松くんに声をかけ、人の流れを上手く縫ってそこまで歩いて行った。屋台のおじさんとのじゃんけんに勝ってあんず飴を二つ手に入れる。おそ松くんはあんずは大丈夫かな、なんて考えながら来た道を戻ろうとするけど、もうすぐ花火が始まるというアナウンスに、人の流れは一気に神社の方へと押し込まれ、運悪くその波に乗ってしまった私はそのまま奥へと流されてしまった。

「どうしよう、ここどこだろう……。」

おそ松くんと連絡が取りたくとも、私は彼の携帯番号を知らない。背の高くない私にはとても上から探すことはできなくて、花火が始まり人の波が緩やかになるのを待っていた。
おそ松くん、探してくれてるかな。私が勝手に行ったから、はぐれちゃったんだし……怒って帰っちゃったかな。気を使わないで「一緒に行こう」って言えばよかった。そんなことをぐるぐると考えていると、すぐ近くで女の子の泣き声が聞こえた。迷子だ。

「お姉ちゃんも迷子なんだ。一緒にお母さん、待ってよっか。」

ほら、これあげる。そう言って女の子に片方のあんず飴をあげる。「ありがとう」と少し泣き止んだ女の子にお母さんの特徴を聞いて、二人で女の子のお母さんを探す。花火が始まった後、花火を見ていない人の中からお母さんはすぐに見つかって、女の子はにっこり笑いながら手を振って再び人混みに紛れた。振り返した手をゆっくり下げて、一人、虚しい気持ちになった。…中学生にもなって、本当なにやってるんだろう、私。迷子が迷子を助けて自分はまだ迷子…だなんて、滑稽な話だ。

「――っ、やっと見つけた!!」

グイ、と思い切り引っ張られた手首の先には、汗だくのおそ松くんがいた。

「おそ松くん!」

「こんっのバカ!!心配しただろーが!」

こんなに大声で怒られたのは久しぶりだった。見たことないぐらい眉根が寄ったおそ松くんは、すっごく怒っていた。肩で息をするほど走り回ってくれたおそ松くんに申し訳なく思いつつも、私を必死に探してくれたことへの喜びは計り知れない。おそ松くんの様子に喜んでいる自分の性格に嫌気がさして、自己嫌悪も増した。

「…ごめんね、おそ松くん。」

「ごめんとかいいから、俺の前で居なくならないで?
どこ行くかよく聞こえなくて、そこらじゅう探し回ったんだからね?」

「ご、ごめん………あんず飴を、買いに行ってました…。」

いる?とまだ食べていないあんず飴を差し出したけど、だいぶ心配してくれたのか、ずっと拗ねた顔は治らなくて、「いらない」と突き返されてしまった。大きい花火の音にかき消されないように、大声で「いらない」と言われてしまうと、二重にへこむ。行き場を失ったあんず飴を口に運ぶと、甘酸っぱい杏と水あめの味に悲しくなる。何もかも軽率だった私が悪いのは明白で、おそ松くんの前で泣きたくないのに、じわりと涙が浮かんで顔を下げた。

「ねえ、顔上げてよ、すみれちゃん。」

花火の音にかき消されないように、耳元で聞こえたおそ松くんの声。今度は落ち着いていて、さっきから私の左手首を掴んでいるおそ松くんの手の圧も、だいぶ和らいでいた。あんず飴を持った右手首で無理やり涙を拭って顔を上げると、今度は困った顔のおそ松くんがいた。

「ごめん、俺の方も、言いすぎた。
でも、心配するから、今度からは勝手に離れないで。」

いつだって飾らない正直なおそ松くんの言葉は、私の胸にすとんと落ちて、じんわりと温かく広がっていく。こんなにも心配してくれて、嬉しくならないはずがない。おそ松くんの耳に口元を近づけて、私も素直に気持ちを伝え直した。

「うん、私の方こそごめんなさい。
あと――探してくれて、ありがとう。」

その返事に満足したようにニッとはにかむと、おそ松くんは私の左手首を掴んでいる手を離して、私の左手と繋ぎ直した。今度は離れないようにとでも言うように、指と指を絡ませて。

「またすみれちゃんがどっか行こうとしても、おれがちゃんと握って離さないようにしてるから、安心してよ。」

そう言って頭を撫でられると、じわりと幸福感が湧き上がる。頬が熱くなるのを感じて、抑えきれないときめきに、「うん」と笑って返すのが精一杯だった。多分、笑っていたというよりも、にやけていたに近かったかもしれない。幸せすぎてどうにかなってしまいそうだった。


ピュルルルル……―  ドォン


最後の花火が打ち上がる。やっと花火を綺麗に思う余裕ができた時には、それが最後になっていた。きっとおそ松くんもそうだったんだろうな。綺麗だったね。そう言おうと思っておそ松くんに振り返ると、おそ松くんは花火ではなく私を見ていて、再びに頬の熱が上がる。

「……花火、綺麗だったね。」

私を見つめたまま黙りっぱなしのおそ松くんに声をかけると、ハッと我に返ったように瞬きを繰り返す。「や、えっと……」なんてどもったおそ松くんは、それから「そうだね。」と返事をくれた。

「すみれちゃん。」

「ん?」

「やっぱりそのあんず飴、もらっていい?」

返事より先に私のあんず飴をひったくったおそ松くんは、そのままそれにかじりついた。思わず「あっ」と声をあげるけど、それに気づかなかったのか、おそ松くんはあんず飴を片手に、私に背を向けて出口の方へと歩き出す。間接キス、だなんてよこしまなことを考えてしまう私は、おそ松くんの一挙手一投足が気になってしまう。おそ松くんは、どう思ってるのかな。気にしてない、のかな。私はこんなにもドキドキしてしまうのに。

人混みの中でしっかりと恋人つなぎをしている左手に少しだけ力を込めると、つながれたおそ松くんの右手できゅ、と握り返された。




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