同級生 | ナノ

同級生


名前で呼んでよ


少し早めに登校しなきゃいけない日の前日に、「それよりも早く出なくちゃ……」とぼやいたチョロ松にその理由を聞くと、「委員の仕事があるからに決まってるだろ」と返される。問い詰めてみれば、学級委員は毎朝職員室前にある箱から自分のクラスの分のプリントの束をクラスに運ばないといけないらしい。そんなこと知らなかったとつぶやけば、チョロ松は冷めた顔で「すみれちゃんが毎日遅刻ギリギリのお前を気遣って一人でやってるんだろ?」と返される。
おれも今日は頑張って死ぬ気で早起きして、チョロ松と同じ時間に登校した。

ら、

「おはよう松野くん、チョロ松くん!」

朝から思わぬ幸運。小日向に会えた。
自然に「おはようすみれちゃん」と返すチョロ松にムカつきながらも、おれもおはようと返した。

「チョロ松くん、今日はおそ松くんも一緒なんだね。珍しいね。」

朝から柔らかいふいんきでチョロ松に話しかける小日向。どうやら毎日一緒に登校してるらしい。おれを除け者にして話す二人の会話は、おもしろくなかった。話題はおれなのに。
っていうか、チョロ松と小日向、仲よすぎじゃない?一年間一緒に学級委員やってただけでしょ?何?なんで名前で呼び合ってんの?おれでさえ「松野くん」なのに、なんでチョロ松だけ名前呼び?……違う、そういえばこいつらが交代してたときもみんな小日向のこと「すみれちゃん」って呼んでた。一松までもだ。だから多分、小日向も他の兄弟を名前呼びしてるんだ。
なのに、なんでおれだけ。そう考えたら小日向にも腹が立ってきた。

「なぁ、小日向。」

「うん、どうしたの?松野くん。」

「なんでおれだけ『松野くん』なわけ?
他のやつは名前呼びなのに。」

その問いにあからさまに目をそらした小日向は、やっぱり正直者だ。おれに言いづらいって顔してる。チョロ松はそんなおれの言葉に少し怒ったように「おそ松」と名前を呼んだ。

「ずるくない?おれ、他の兄弟より小日向と仲いいつもりだったんだけど。
まあチョロ松は特別仲良さげだけど?」

「おそ松、そんな言い方ないだろ?
お前を基準にしてるから他の兄弟と区別するために名前呼びしてるだけかもしれないし、」

「なんでお前が答えてんの?
おれは小日向に聞いてんだけど。」

小日向をかばうチョロ松にもイラつくし、困った表情の小日向もはっきりしなくてイライラする。今のおれには、何でだか余裕がなかった。単純に他の奴らより仲いいはずのおれがまだ名字で呼び合ってるのが気にくわないし、一年の時に同じクラスで、基準で言うならおれより出会うのが早いチョロ松が「松野くん」呼びになるはずなのにそうじゃないのが何よりも嫌で、そんでおれよりも仲がよさげなこいつが羨ましかった。

「『おそ松くん』、」


「――――……へっ」

「……おそ松くん、って、本当は、ずっと、呼んでみたかったんだけど。
でも馴れ馴れしいかなって…思って、なかなか言い出せなかった。」


ずっと、呼んでみたかったんだけど。

その言葉が耳に残って、離れない。不意打ちの名前呼びに、声がうまく出せなくなった。

「そ…、んな、ことないって。
おれ、小日向のことクラスメイト以上に思ってるし。」

「ほ、本当?
じゃあ、名前で呼んでも、いいの?」

ためらいがちに覗き込んだ小日向の上目遣いにゴクリと唾を飲む。通学カバンを胸の前で抱き込む小日向を見てたら、さっきまでのイラつきが嘘みたいに消し飛んでいた。

「すみれ、ちゃん。」

小日向の名前。おれだって本当はずっと、呼んでみたかった。声に出してみたら、なんだか想像してたよりもずっと特別な響きに思えた。
照れくさくて鼻の下をこすりながら、おれは笑ってすみれちゃんに手を差し伸べた。

「すみれちゃん、これからもよろしくな。
まずは一緒に、委員の仕事しようぜ。」



嬉しそうに頷くすみれちゃんを思い出しながら、おれはその日の授業中、ノートに小さく「松野すみれ」なんて書いて顔をニヤつかせていた。


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