同級生 | ナノ

同級生


ムカつく!


「何松くんかな?」

小日向さんの第一声に、驚かされる。これでいよいよ5連敗だった。
僕ら六つ子は顔がそっくりだし、学ランの着方も一緒。中学に入って性格の違いが顕著に現れ始めてきたものの、普段から僕たちの誰かになりすますことなんて造作もなかった。真似していなくとも先生だって気付かないし、見破られることだって、そもそも珍しかったんだ。強いて言うならトト子ちゃんぐらい。
なのに小日向さんは、毎回毎回敏感に僕らとおそ松を見分ける。僕たちは互いの事を嫌なぐらい知っているという自信があるからこそ、他の兄弟の情報を元に入念な事前準備もしたし、なりすましに抜かりはなかったし、警戒も怠ったつもりはない。だから余計に悔しくて、それでいて、六つ子としてではない個人としての「おそ松」をはっきり区別してもらえるおそ松が羨ましくもあった。

「トド松だよ。」

そう言うと、小日向さんは「ああ、末弟の」と納得したように呟く。「確かF組だったよね?」と言葉を続ける彼女の口元はゆとりのある形をしていて、僕は相変わらず可愛いな、と頭の端で考えていた。漫画のヒロインみたいだ。
とりとめのない世間話をしつつ、僕は小日向さんと向かい合わせに座りながら、彼女とおそ松のクラスの雑用をこなしていた。まあ普段ならこんな面倒なこと絶対やらないんだけど、今回ばかりは率先とこんな事を引き受ける相応の理由があった。

僕ら六つ子の中で賭け事のようなことをしていたんだ。
事の発端は、おそ松が赤点をほぼ満点に近い点数で全教科パスして帰ってきた時のことだ。チョロ松みたいな性格じゃないのにクラス委員なんてものを始めるし(むしろそういう仕事は毛嫌いするタイプだ)、毎日帰りは日が暮れてから。水面下で漂っていた空気が突然の好成績を発端に一気に噴き出した結果、「らしくない」おそ松の行動に家族会議が開かれた。その結果判明したのが、小日向さんの存在だ。
おそ松が同じクラスの小日向さんとクラス委員をしていることはすでに新学期に入ってすぐに知ることとなった。僕は始めこそそれを大笑いしながら見ていた。ああ、これでおそ松の悪行もなりを潜めるんじゃないかな、なんて考えながら。――そして、それは想像以上に予想通りだった。
僕たち六つ子は昔から好奇の目の中心にいたし、悪いこともたくさんしてたからダメな意味でも注目の的になっていた。特におそ松はひどくて、僕たち兄弟を巻き込む形でいつもトラブルを引き起こしていた。僕たちもそれに愚痴をこぼしながらも、内心楽しんでいたことは認めよう。
中学に入ってもおそ松の蛮行は緩まることはなく、中一二ぐらいの時には父さんに酷く反発してしょっちゅう喧嘩してたし、僕もそんな好き勝手に生きるおそ松が嫌いだった。もちろん、今でも自分勝手に巻き込むところは好きじゃないけど。(まあ、嫌いでもない。)
そんなおそ松が、喧嘩もしなくなったし、遅刻もしなくなったし、朝もちゃんと起きるし、挙げ句の果てに成績が良くなった。勘ぐるべきは当然クラス委員になってことで、自ずとわかったその理由は、「おそ松が好きな人のために変わったこと」だ。いたって単純な推理だ。だって僕らは六つ子、好きな女の子のタイプは小さい時からそっくりだったんだから。だからおそ松が小日向さんのことが好きなのも納得できるし、僕だってちょっと気になっていた。
そして僕らはそんなおそ松に対して嫉妬しているようなところがあった。一人だけ抜け駆けされた気分にも、なった。おそ松はいつだってそうなんだ。僕たち兄弟の中にいて、いつも一人で外から何かを連れ込んでくる。今度もそうだと思っていたのに、おそ松は僕たち兄弟に小日向さんを共有しようとはしなかった。だから僕たちは、おそ松に対して賭けを申し出た。
内容は簡単。「小日向さんが僕ら他の兄弟とおそ松を見分ければおそ松の勝ち。」ただそれだけだ。それでも、腹いせの出来レースになるはずだった。おそ松だって初めは首を横に振ったほど、僕らには見破られない自信があったんだ。(さっきも言った通り、他人が僕らを見分けるなんて、並大抵の人じゃ無理なんだから。)だから一人1000円ずつなんてバカみたいに掛け金を釣り上げて、勝った人に負けた人のお金を山分け。つまり僕たちの計算では、おそ松以外が全勝で一人200円ずつの分け前になる予定だった。

――なのに、蓋を開けてみたら、どうだろうか。

十四松が破れ、カラ松が破れ、一松が破れ、チョロ松までもが見抜かれた。もちろんスパンもちゃんと開けたし、おそ松からの口裏合わせがないことは明確だった。(どれもおそ松には内緒で、鉢合わせないように裏から手を回したんだから。)
最後の僕が見破られたら、おそ松が一人勝ちで好きな子と青春をしながら5000円を手に入れることになってしまう。そんな馬鹿な結末にはさせないと、意気込んでいたのに。

悔しくなって、どうせ振られるんだからと思って、小日向さんに問いかけた。

「ねえ、小日向さんってさ。
もしかしておそ松のこと好き?」

そんなわけないと思いつつも、そんなカマをかけた。「ないない!」と全面否定されて、スカッとした気分になりたかったから。
なのに、

「えっ!!?」

なんて。いかにも恥じらうように顔を真っ赤にして、驚いた表情で僕を見つめる小日向さん。うっわ、これ、本当に救いようないよ。僕ら。
分かり易すぎる小日向さんの反応にため息を漏らしながら、それでもやっぱり可愛かったから、二人の関係を拗らせようとした毒気も削がれてしまう。

「そんな顔してたら、バレバレだよ。」

「〜〜、……が、頑張ります…。」

しゅう、なんて湯気でも出てるみたいに火照った顔の小日向さんはやっぱり可愛くて、不覚にもときめいた。でもこれは僕じゃなくて、おそ松がさせてる顔なんだと思うと、余計腹が立った。

「あーあ…。僕たち最初っから、出来レースじゃん……。
おそ松を好きな女の子に勝負しかけて損して雑用までやって、バカみたい。」

「ここ一週間ぐらいのやつ?
でも私、みんなと話せて結構面白かったかも。」

何にも事情を知らないと言った風に軽快な笑い方をして、能天気なことを言う小日向さん。そりゃ事情を知らなきゃ、嫌味も通じないよね。僕たち兄弟を肯定する言葉を言ってくれる小日向さんに少しだけ照れつつ、やっぱり、おそ松が小日向さんを好きな理由がわかる気がした。


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -