同級生 | ナノ

同級生


赤いリンゴ


「――で、この時に使われてる関係代名詞がこれ。
ジョニー【の】兄弟……つまり青い目とか長い髪とかと一緒で、その人の持ってるものだから、whose。

おそ松くんに置き換えてみたら、
I have a friend whose name is Osomatsu.
(私にはおそ松という名前の友達がいる。)
って感じになるかな。」

「へー、このよくわかんない文章、こんな意味になんだ。
…すごいねぇ、小日向。」

「そんなことないよ。おそ松くんこそ、やればできるのに。」

へらりと笑う小日向は単純に照れを隠すように口元に両手を添える。

赤点補習の為に勉強会を提案した小日向。よく聞いてないまま勢いで頷いちゃったけど、いざその時になって事情を知れば露骨に嫌な顔をした俺の顔を不安げに覗き込みながら、「嫌だったらいいんだよ」「迷惑だったよね」と自己完結して片付けようとしていた。確かに勉強は嫌だったけど、中学卒業できないのはさすがに母さんにも怒られるし、何よりも小日向といる時間が長くなるからという理由で改めてお願いした。
そんなことがあってから、補習の結果は俺にしては異例の全教科90点台を取るという功績に終わる。前回との差が凄すぎて(後素行不良すぎて)カンニングまで疑われたけどね。(これは小日向が必死に弁解してくれたみたいで、容疑は晴れた。)特に嫌いだった教科だと「一松と入れ替わったんじゃないか?」とまで言われた。酷くね?

結局、その補習の後も勉強会は続けることになって、小日向が浜ちゃんに聞いて用意したらしい空き教室での放課後の勉強会は、浜ちゃんが顧問をしているバレー部と同じ日程の月・水・金曜日にこうして続いている。

それにしても、

「ハァ〜…、小日向と一緒にいれるのは嬉しいんだけどさぁ〜…。
なんで勉強なわけ?確かに小日向の教え方わかりやすいし理解できるけど、ずっとやってたら飽きちゃう。」

「えっ!、あ 、ぁ…あ、りがとう?」

途端に顔を赤くした小日向を不思議に思いつつも、机にへばりついてまたため息を吐き出した。「英語なんて、日本にいたら必要なくない?1円もお金になんないじゃん。」

「確かにお金にはならないかもしれないけど……将来仕事に就くとき、役に立つかもしれないよ?」

「そんな先のこと、おれ分かんねーし。
そのとき必要になったらそのとき頑張ればいーじゃん。」

「う、うーん……。
じゃあ、英語はやめて、国語にしない?」

「国語ぉ?」

「うん。私、新しい単元の文章、実はこの教科書もらったときから楽しみにしてたんだよね。」

嬉しそうに英語をしまう小日向から察するに、小日向も別に勉強が好きなわけじゃないらしい。ただ必要だからする。でもそれじゃあつまらないから、自分にとって面白く遊びを入れならが勉強するのが、小日向の勉強法だ。
国語の教科書を開いた小日向は、ガタ、と席を立って向かいから俺の隣に場所を移動した。ずいと近付く距離にドキドキしながら、伏せ目がちな小日向の横顔を覗き込む。

「この初恋っていう詩はね、100年前に発表された話なんだよ。
この頃の日本って、女の子は私たちぐらいの年頃に大人になったしるしとして髪型を変えるんだって。男の子がそれを見て初恋をするっていう物語なの。」

興奮気味にそう話す小日向の顔をじっと見ていたら、楽しそうに笑う顔とふいに目が合う。どきりとした。元々顔は近かったけど、小日向がおれに気を配っている暇もないぐらい話に集中していたから、おれも普通でいられたんだ。なのに目があって、途端に真っ赤になった小日向の顔はじっと見てられなくて、じっと見つめていたことを悟られたくなくて、すぐに目をそらした。緊張で手が汗ばむのがわかって、膝に手を持ってきて握り込んだ。
教科書に視線を向ければ、綺麗な細い小日向の字で、本文にはふりがなが振られていた。


まだあげ初(そ)めし前髪(まへがみ)の
林檎(りんご)のもとに見えしとき
前にさしたる花櫛(はなぐし)の
花ある君と思ひけり

やさしく白き手をのべて
林檎をわれにあたへしは
薄紅(うすくれなゐ)の秋の実(み)に
人こひ初(そ)めしはじめなり

わがこゝろなきためいきの
その髪の毛にかゝるとき
たのしき恋の盃(さかづき)を
君が情(なさ)けに酌(く)みしかな

林檎畑の樹この下に
おのづからなる細道(ほそみち)は
誰(た)が踏みそめしかたみぞと
問ひたまふこそこひしけれ


小日向を好きになる前のおれだったら、多分、こんな詩全然刺さらなかったし、意味すら理解できなかったかもしれない。でも、今のおれは、少しだけ、こいつの気持ちがわかるようになっていた。
小日向も、視線が教科書に向いているのが気配でわかる。小日向は細い指でその文章を撫でるようになぞって、その意味を優しくおれに教えるように声に出した。


「『まだあげたばかりのあなたの前髪が
林檎の木の下に見えた時
その前髪にさしている花櫛の花のように
あなたのことが本当に美しいと思った。

あなたは、やさしく白い手をのばして
わたしに林檎をくれました。
それは、薄紅の秋の実、りんご。
わたしは、初めて人を好きになりました。

わたしが思わずもらしたため息が
あなたの髪の毛にかかってゆれたとき
ああ、わたしは、今、恋の盃をあなたと酌み交わしていると思えました。

林檎畑の樹の下にあるのは
わたしたちがここに通って歩き踏み固めた細い道。
「いったい誰が、道ができるほど踏み固めたのでしょうね」とあなたは尋ねる。
あなたのそんなところがまた愛しい。』」


小日向が囁くその声は、まるでおれの気持ちを詩を通して見透かされているようだ。ふとした仕草とか、普段は見せない興奮した赤い顔とか。おれに笑いかけてくれる小日向に、いつしかおれは、こいつみたいに恋をしたんだ。盃交わしたとかオシャレなことは言えないけど、少なくとも、こいつの気持ちは理解できる気がした。

「私、この男の子みたいな素敵な表現はできないけど……。
この詩を見たとき、この気持ちわかるなーって思ったんだ。」

「え……。」

キュ、と心臓が締め付けられるような息苦しさを感じた。俺と全く同じことを考えていた小日向に、運命かも、と都合のいいことばかり考える。顔の赤い小日向とまた目があって、今度はお互い反らせなかった。まだ少し火照っている小日向のほっぺがおれに自制をさせてくれない。
そっと手を添えると、小日向は驚いたように肩を揺らした。少しだけ潤んだ小日向の両目は、何を考えてるのか、おれと変わらず見つめ合っていた。

何それ、どういうこと?おれ、ちゅーしていいの?

湿った血色のいい小日向の唇が、左手のすぐそばにある。柔らかいほっぺの感触は、もっと強く触ったら溶けてしまいそうで、添えるだけだ。少しずつ距離を詰めると、小日向は不安そうに眉を下げた。

「めのしたに、ごみ、ついてた。」

親指でそっと目の下を撫でてから、パッと手を離した。あぶねー、思わずそのままちゅーするとこだった。全身を駆け巡る心臓の音がうるさくて、呼吸の仕方も分かんなくて息苦しい。

「ごめん、ちょっとトイレ」

そう言って、バカなおれはその場から逃げ出した。



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -