帰り道
「準備できた?」
「うん、ありがとう。」
委員の仕事にもだいぶ慣れて、休み時間や放課後が予告もなくつぶれることも多くてやっぱり嫌だったけど、小日向と仕事を共有している手前、他の兄弟に押し付ける気も起きずに、おれにしては珍しく、仕事をちゃんとこなしてる。珍しく、っていうのはおれが思ったわけじゃなくて、兄弟を始めいろんなやつに言われた言葉。確かに事実だけど、そんなにみんなして口を揃えなくても良くねぇ?まあ、普段の素行不良はぶっちゃけ自覚もしてるけど。反省はしてない。
そんなわけで、委員会の後で追い打ちをかけるように遅くなった帰りを、浜ちゃんの粋な計らいにより、おれが小日向を家まで送ることになった。断られんのが怖くてこの一ヶ月半切り出せなかった「送る」の一言は、浜ちゃんの「送ってけ」の一言でこうも容易く実現してしまった。マジ浜ちゃんナイス。
「テストどうだった?」
「ほぼ赤点!逆にすごくね?」
「ええ!?それ、笑えないよ松野くん……!」
そう言いつつも、口元を手で覆って笑いを堪えている小日向。素直に恥ずかしくなって、それほどでも、なんて言いながら鼻の下を擦った。「小日向は?」お決まりのセリフを声に出せば、「まあまあだよ。」と返ってくる。おれは小日向がクラスで一番勉強ができることを去年の時点で知っている。
最初に比べれば、おれは小日向と二人っきりでもずっと話ができるようになってきた。相変わらず緊張はするんだけど、おれの頭じゃ長いこと悩むなんてこと出来ないし、小日向もちょっとずつ慣れたみたいで、今では冗談まで言えるほど仲良くなった。
「小日向んちって、こっちの方?」
「うん、そうだよ。
あの坂を上ったところにあるマンション。」
小日向とそんな話をしながら、夕暮れ時の空を眺める。日が長くなった五月の暮れに、オレンジ色に照らされた小日向の横顔がなんだかいつもより可愛く見えた。いや、いつも可愛いんだけど、なんつーか、特別に思えた。
「――どうかな?」
「…………へっ、え、あ!?
ああ、うん!いーと思う!」
やべっ!小日向の横顔に見とれて、話ちゃんと聞いてなかった!どんな内容だった!?
小日向はパァッと明るい笑顔で両手を叩き、「本当!?」と顔を近づけてくる。いきなりのことにあとずさるけど、小日向もぐいとさらに顔を近づけてきた。言葉にならないぐらい緊張して、何度も首を振ると、小日向は飛び上がりそうなぐらい可愛く頬を緩めた。
それから、ハッと我に返ったみたいにおれから数歩離れる。小日向のほっぺたは興奮からなのか、緊張からなのか、おれと負けず劣らず真っ赤だった。もじもじと手を交差させている小日向。上目遣いで「じゃあ、」と呟いてから、一度視線を地面に落として、また顔を上げた。
「じゃあ、よろしくお願いします……松野くん。」
夕日の逆光を受けた小日向の顔ははっきりとは見えなかったけど、可愛く笑っていた。その笑顔は言葉じゃ表現できないぐらい、やっぱり、すっげー神聖なものだった。