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謙吾は剣道を放棄してから明るくなった。
今までの分に追いつくかのように、何者にも縛られること無く遊び始めたのだ。
彼はすごく生き生きとした顔をしていて、対照的に理樹と真人はポカーンと口をだらしなく半開きにしていた。

謙吾はいままで剣道に縛られ、遊べる時間を全て剣道に費やしてきた。
だから人一倍、彼は皆と一緒に遊びたいと思ってきたのだ。そう考えれば、真面目に剣道をしていた謙吾のこの変わりようは不思議なことではないかも知れない。
私は生徒会室の窓から彼らの姿を見て、クスリと微笑んだ。

「会長、何やってるんですか。
貴方の仕事は山のようにあるんですから、何をしてもいいので手を動かしてください、手を。」

そう呆れ顔で訴えかけるのは風紀委員長の二木。
彼女は副会長までもが私のだらしなさに諦めて注意しなくなったにもかかわらず、私のことをいちいちかまってくれる。
いや、構ってくれるというのは語弊があるかもしれない。面倒を見てくれる。これも少しおかしい。
・・・・・・おそらく、無意識のうちに私と、双子の葉留佳を重ねているたのだろう。この間まで二人の間に開いていた溝は、浅くはなかったから。
社長椅子のような柔らかな弾力のある黒塗りの椅子に深く腰掛けると、ふと口を開いた。

「二木。私は、どうすればいいのかな。
この世界に抗えばいいの?恭介の事を殴ればいいの?いっそ、ここから消えてしまえばいいのかな。」

「会長・・・。
私は、この世界に身を置けてよかったと思いました。
だって、あの子ともう一度姉妹になれたのだから。

・・・だから、会長にも悔いを残さないで欲しいです。」

そういう二木の顔を横目で確認すると、彼女はとても穏やかな顔をしていた。

「・・・・・・そ、っか。
ねえ、二木。二木は今、幸せ?」

その問いに二木は少し驚き、しかし次の瞬間頬を赤くして可愛く笑った。

「はいっ!」











恭介のクラスにいけば、朝はいた恭介の姿が見えなかった。
周りに目撃情報も無く、私はサボりを覚悟して予鈴の響く教室を後にする。

寮に戻ったのかとも考えたが、きっと今の恭介に太陽の下を歩く気力は無いだろうと結論付け保健室に向かう。
保健室のドアには出張中という立てかけがあり、中に入ると消毒液の匂いと暖かい、眠くなるような温度が降り注ぐ。
奥のベッドにはカーテンがかけられていて、そっと除けば私の探し人が死んだように眠っていた。

私は近くにあった丸椅子を引き寄せ、ただただ恭介の寝顔を観察した。
本鈴がなってもその場を動く気になれず、私は静寂の中先ほどの会話を思い出していた。

「・・・悔いを残さないで・・・か。
私・・・は、何がしたいんだろう。」

恭介がしていることが、本当に正しいのか。
正直、私には分からない。

でも、私は恭介の味方。これだけは折るつもりが無い。(しかし味方だからといって彼の思想が間違っていると思えば殴って正す。)
悔いは残したくないのだ、謙吾が遊び始めた様に・・・二木が妹と仲直りできたように。
だって、この世界が壊れれば、私は・・・彼らは――。
ただ恭介は、鈴と理樹を救いたいんだ。どんなに自分が壊れても、傷つけられても、・・・死にそうになっても。

「・・・ねぇ、恭介。
私ね、君が好きなんだ。傷ついて欲しくない。自分を犠牲にして欲しくないんだよ・・・?
私が君の代わりになれたら、どんなに良かったか。そう出来るのなら、私は君に麻酔でも飲ませて喜んで代わりになるよ。」

嗚呼、泣かないって・・・思ったのに。やっぱり頬を流れる涙は、止める術はなく。
運命という大きな力の前で、私はこんなにも無力だった。
きっと、本人の眼の前で言ったらこう返すのだろう。

「ごめんな、沙羅。
でも、お前が俺を信じて待っているって分かるから、俺は何度だって、何処だって帰ってこれるんだ。」

いつの間にかに、薄く紅を覗かせた穏やかな顔がこちらを向いていた。
私を安心させるかのように、酷く綺麗に、残酷なほど昔から変わらずに。彼は無邪気に笑っていた。
ほらね、そう言うと思った。




「・・・・・・反則だよ、恭介。」





そんなの、信じて待ってるとしか・・・いえなくなるじゃないか。




信じられずに失うくらいなら、私は馬鹿みたいに信じよう。