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眩しさに薄く瞼を上げる。


白い、白い。


純白のウェーブの隙間から見える奥は、私をさらってくれそうな程綺麗な蒼。


ゆらり。ゅらりと。


少しずつ目を開ける。

白い天井。白いシーツ。白いベッド。白い床。
私は薄い緑色の服を着て、そこに横たわっていた。

ここは、――。

病院だ。

なぜ病院にいるのか?
最後に起きた出来事はなんだっけ。

そうだ。事故にあったんだ。…たしか、修学旅行。
バスが崖に転落?
なぜ助かったのか。私はあの時、確かに死を覚悟して…。

そうだ、恭介!

ここが現実なら、今すぐ安否が知りたい。
君の笑った顔を見たい。
君の声が聞きたい。
君に名前を呼んで欲しい。

「……、……―ぁ…。」

困った。

体が思い通りに動かない。
見たところ、体に包帯のあとはない。
神経が麻痺しているのだろうか。
それに、声も出せない。

「……きょ……け…、……。」

これでは恭介のところへ行くどころか、来てもらうことすらできない。

私は不自由な体を動かし、近くの花瓶を床に落としながらもなんとかナースコールを押した。




*




『恋人の恭介君、ですか?
こちら○○総合病院の××ですが。』


『恭介君、おめでとう。
一ノ瀬沙羅さんが目を覚ましましたよ。』




知らせを受けた俺は、昼の授業を無断で欠席して県内で一番大きい病院に向かった。

昨日も、一昨日も、一週間前も、一ヶ月前も、半年前も。
定期券を買うほど頻繁に病院へ足を運んで、病室の前で深呼吸をして、眠りについたままのあいつを見て肩を落とす。
俺は、あんなにもこの時を待ちわびたというのに、胸に湧き上がる嬉しさが感じられない。

早く、早く、早く。

高まる鼓動だけが俺の足を突き動かした。
早く、会って、声が聞きたい。


病院について、受付で同じナースさんにいつもと同じセリフを吐く。
エレベーターを待つのも惜しくて、階段で6階まで上がると、一番奥の病室の前で息を整える。

この扉を開けると、あの綺麗な瞳で俺を見る沙羅に会える。
俺を見て、微笑んでくれる。
名前を呼んで、触れ合える。
それだけで十分だ。

人生で一番緊張したのは、あとにも先にもこの瞬間かもしれないというほど、脈うつ心臓が暴れる。


深呼吸して、ドアを、引いた。




「……沙羅?」





だが



沙羅は、眠っていた。




「恭介君、早かったね。
僕が電話をかけた時には再び眠っていたが、今はちゃんと夢を見ているようだ。」

「大丈夫、すぐに目を覚ますよ。
君も彼女も、長い戦いだったね。」

先生の話は、正直耳に入らなかった。
ただ、目を覚ますよ、その言葉が俺の中を木霊して、落胆した気を再び高めた。

「……それじゃ、僕はもどるよ。
再会を充分に済ませたら、また呼んでくれ。」

「……は、い…。
ありがとうございます。」

半ば放心状態でなんとか返事を返すと、先生は左肩に軽く手を乗せて病室を出た。

いつもどおり沙羅の横にある椅子に座って、恐る恐る彼女の左手をとると、人差し指だけがぴくりと反応した。
それだけのことなのに。
視界が歪んで、見飽きた沙羅の寝顔がよく見えなくて。

「……なあ、沙羅。」

「鈴も、理樹も……強くなったぞ。」

だめだ。

声が震えて。伝えたいことはたくさんあるのに、上手く伝わらない。

もう、桜の木につぼみがついちまったぞ

俺、就職先決まったんだ

皆お前の帰りを待ってるんだよ

それに


今、一番お前にして欲しい、ことだって…



「………お前の、恋人が来たんだよ。」



はやく、はやく



「起きろ、沙羅。」










「………よ……、きょう、す…け。」








「……―――おはよう、沙羅。」
















________なぁ


ねぇ________






この世界の秘密を知っていますか?