恭介は理樹の手を遠慮がちに掴むと、理樹はよし、と言って恭介を引き上げた。
これから何をしようか。
結局、いつもみたいに野球をして遊ぶことになる。
5人は揃って私もやる、という私の言葉に驚いた様子を示していた。
「・・・最後くらい・・・ね。」
「・・・ん?何か言った、沙羅。」
「いいえ、なんでもないよ。」
「そうと決まれば早く始めるぞ、沙羅!」
理樹と鈴。
二人共・・・いつの間に、こんなにも強くなったのね。
私の位置は、キャッチャー。
運動はそんなに得意ではないから、鈴の剛速球を取り損ねるたびに取りに行く羽目になった。
沙羅、遅いぞと言う鈴の言葉にを受け、私はできる限り思い切りボールを投げる。
しかしそれは頼りない放物線を描いて、15mほどのところで地についてしまった。
校舎にはもう誰も残っていない。
雲の動きはむしろ自然なほど止まっている。
この世界は、緩やかに崩壊を始めていた。
これが世界最後の光景。
なんとも無邪気だろうか。
それは、そう悪くはない。リトルバスターズの終焉だ。
真人はいつものように脳天気な笑顔で遊んでいる。
すべてを知りなからも、何にも知らない顔で理樹と鈴を支えてくれたね。
ありがとう。真人は愛すべき馬鹿だよ。
謙吾は今にも泣き出しそうな顔でいた。
本当は一番遊びたかったはずなのに、意地っ張りだなぁ。
でも、充分遊べたでしょう?君はそれだけ頑張ったのだから。ありがとう。
恭介は気持ちよさそうに空を仰いだ。
すべての終わりが近づいているのに。あまりにも穏やかに。
目が合うと、真人と謙吾にも目配せを送って一本指を立てた。
最後。ひとり一球だ。
カキィン!
小気味よい金属音が、ボールを遠くに飛ばせたことを伝える。
一塁側にいた真人はそのボールを追いかけて、段差で転びながらも笑顔でキャッチしてみせた。
最後の最後まで真人は自分を貫いて見せるのね。
私は無性に泣きたくなって、再び空を見上げた。
少しして理樹は、驚愕の声を上げた。
「ま、真人がいなくなった!
ねぇ、みんな、探してよっ!
真人が消えちゃったよ!」
「理樹、何をうろたえてるんだ。」
そして、恭介の口から、この世界の真実が伝えたれた。
ここは本当の世界じゃないこと。
本当の世界で、生き残ったのは理樹と鈴だけということ。
私たちはもう、助からないこと。
理樹と鈴を強くするために、私たちはこの世界を作ったこと。
あなたたち二人で、生きていくこと。
私はつまらなそうに理樹と恭介を見つめる鈴に話しかけた。
「ねえ鈴、理樹は好き?」
「・・・ん、好きだ。」
「それは、鈴が私たちリトルバスターズのみんなに対する好きと、同じ?」
「何を言っているか、よくわからん。
だが・・・多分、違う。ずっと一緒にいたい。小毬ちゃんや沙羅ともいたい。
でも理樹は違って・・・・・・・・・うー、よくわからん。」
私はそんな鈴が可愛くて、つい笑を零した。
「じゃあ、これからも理樹とずっと一緒にいてね。
私たちは、貴方たち二人が幸せなら、それが幸せだから。」
「沙羅・・・何を言って」
「さあ・・・鈴、再開だ」
恭介の声によって、この話は中断された。
そこで鈴は真人がいないことに気がついたらしく、所在を聞くも理樹は涙ぐんだ顔でいいんだよ、やろう、と言葉を漏らす。
その顔に、今までの臆病な理樹は存在しなかった。
鈴を、連れて行って。理樹。
カィン!
ぼてぼてのゴロ。
謙吾は、それを胸に当て、落とした。拾おうと前のめりになって、そのまま膝をつく。
それでもボールだけははなさずに。
謙吾は最後まで、泣きそうな顔で理樹と向き合った。
「俺の人生は・・・幸せだったのか・・・?」
「・・・・・・幸せじゃなかった・・・」
「・・・なんて、言えるわけ無いだろう。」
「おまえらみたいな友達に恵まれて、」
「幸せだったさっ!!」
「お前たちと出会っていなかった人生なんて考えられない・・・それくらいだ!!」
「・・・・・・っ・・・く・・・!」
泣くもんか、と必死に目を瞑る。
あとからあとへじわじわと視界を占領する雫は、こぼれ落ちる前に裾で乱暴に拭う。
謙吾は、いつもの凛とした顔で理樹に向き直り、握手を交わした。
「リトルバスターズは、不滅だ。」
謙吾は静かに消えていった。
鈴はまだ状況を飲み込めていないようで、馬鹿ふたりはどこいった、と聞いてきた。
理樹は黙ってバッターボックスに戻る。まだ続けるのか、という鈴の問いに、無言で頷いた。
理樹はやっぱりすこし指が震えていて。
私はここで手を貸してはいけない、と自分を制してグローブを構えた。
震動と共に、地鳴りのような音が響いた。
タイムリミットは、もう・・・残りわずか。
「投げて、鈴」
頷くとともに、投球フォームを構える。
最後の一球。
シュ
鈴の放った球は清々しく芯にミートし、遠くの空まで飛球させた。
私は、声を出して笑う。
これは、さすがの恭介でもとりにいけない。
「・・・理樹。鈴、おいで。」
私はいつの間にか自分の身長を追い抜いてしまった理樹と、華奢なからだの鈴を抱きしめた。
二人共、私の知らない間にこんなに大きくなったんだ。
「・・・・・・向こうに言っても、頑張ってね。」
「理樹、鈴を連れて走るんだよ。
鈴、理樹のこと・・・ちゃんと支えてあげてね。」
「うん、わかったよ。」
「何言ってるんだ?沙羅・・・いなくなるのか?」
「・・・はは、私、多分まだ不安なんだ。
あと、少し寂しいんだ。二人は、いつまでも可愛い兄弟じゃないのにね。」
「・・・不思議だなぁ・・・。
本当は・・・こんなことっ・・・・・・、いうはず・・・じゃ・・・っ・・・!!」
泣いてしまってはダメなのに。
泣くことは許されなの。こんなんじゃ、二人はここを離れられない。
「沙羅。」
「・・・っ、わかってるよ、恭介。」
「・・・・・・沙羅?」
「大丈夫だよ鈴。」
「私、あなたたちに出会えてよかった。
ありがとう、私の大切な家族。」
「リトルバスターズは、永遠だ。」
最後にぎゅ、と。二人を抱きしめる。
体を離して、二人の顔をもう一度目の裏に焼き付けた。
消えていく体。恐怖は微塵も感じなかった。
頑張って。
* * *
「ちゃんと挨拶、出来た?」
震動が続くこの世界で、私は恭介の席の傍で窓に寄り添いながら、
開け放たれたドアの前の人に話しかけた。
「泣くなっていったのは自分なのに、情けないな。
つい、こらえきれなくてな。」
そういう恭介は困った顔で、笑みをたたえた。
酷く穏やかな顔をしている。
静かにこちらに歩み寄って、自分の席に着席。
よく、こうやって3年生の教室に向かっては恭介を叱りに来たっけ。
ダブっているということで親しげに話しかけてくる3年生達も、そんな私たちを静かに見守っていたのだ。
気持ちよさそうに窓の外を眺める恭介は、やはり絵になる。
私は無意識に近寄った。
「―――。」
「・・・珍しいな、沙羅からキスしてくるなんて。」
「・・・ふふ、びっくりした?」
無邪気に笑う、君の顔がどうしようもなく好きだ。
イタズラを思いつく君の顔を見ると、ため息が出てしまう。
無表情になった君を見れば、何かあったのかと心配になる。
怒った顔、困った顔、泣いた顔、眠そうな顔、嬉しそうな顔・・・。
「もっと・・・君と一緒にいたかったよ・・・恭介・・・っ!」
今度こそこらえきれなくて、大粒の涙が頬を伝っていった。
だって、やっと、歩けるようになった。
やっと、家族ができた。
たくさん、友達が出来た。
もっと、君と一緒に居たい。
ずっとずっと、一緒に生きたい。
君は立ったまま泣き続ける私を静かに抱きしめてくれたけど、私はやっぱり泣き止まない。
「生きたい・・・あなたとずっと生きて居たいよ、恭介。」
「・・・沙羅。
あんまり俺を、困らせないでくれ。」
「・・・どうしようもないんだって、わかってる。
小毬ちゃん、葉留佳、クドリャフカ、美魚、来ヶ谷、二木、ささみ、それに・・・沙耶だって・・・。
私たちがここで一緒に育んだものは、全て無に帰すの?それって、あんまりじゃない。」
「・・・・・・・・・。」
「ごめん、こんなこと言いたかったわけじゃ、ない。
この理不尽な不幸は怖くないんだ。
・・・幸せが、もう取り戻せないと知るのが怖いんだよ。」
床が崩れ始める。
徐々に透ける二人の体に、恭介は悲しそうに顔を歪めた。
「さよなら、恭介。」
もう幸せは戻らない。
でも・・・だから、せめて、最後の瞬間まで。
「恭介・・・・・・私は、幸せだよ。」