other | ナノ

4月、26日。
何度となく訪れたその日は、しかし今度はいつもの4月26日ではなかった。

私は、もう既に昨日の時点でこの世界を構成する人々がほとんどいなくなったこの世界で、・・・・・・今も皆の為にがんばっている恭介の横で、私は一人最後まで彼の隣にいようと彼にもたれかかる様に寄り添っていた。
目を閉じていたら、記憶のようなものが見えた。
それはけして曖昧なものではなくて、むしろ、私のいる世界よりもずっとリアルな場所。

あたりに充満する油の匂いと、体中を縛り上げられたかのように軋む骨と激痛。特に頭部のものは酷くて、吐き気と頭痛が同時に襲ってくる。
それでも私は、手だけで地を這う。その行為は止まっている時よりもさらに激痛で、生きているのにも嫌気が指す世界だった。
当てもなくひたすらに、目的地を求めて這った。

額に濡れた感触があったかと思うと、目に射すような痛みが走った。
傷口から流れ出した血が、目に入ったようだ。
手はもう傷と泥で覆われている。

それでも、私は進み続けた。
鼻につく匂いがひときわ強くなったところで、たどり着いた先に手を伸ばすと、破れた金属片が刺さった。
熱い。手を離す。濡れた感触だけが残る。

そこには、バスのガソリンタンクがあった。
穴が開いているために、きっとこのままでは数十分とせずに辺りは火の海と化すだろう。
私はここを塞ごうと激痛の中、転がりながらもブレザーを脱いでガソリンの穴部分に押し当て、上から塞ぐように背中をつけた。

そこでしばらくその場で待っていたのだが、そこで私はこの夢の正体に気がつく。
―――これは、恭介が見続けてきた世界の・・・現実の出来事だ。
正直、これが夢であったらどれほどいいか・・・思い知らされた。
私じゃない。狂ってるのはこの世界だ。恭介は、こんなところをひたすらに・・・一人で彷徨っていたのか。

しかし、彼の話だと・・・この世界に次に来るときは、同じ場所から始まるらしい。
ならば・・・目的地に付いても、また振り出しなのではないだろうか。
そこまで考えた矢先、彼・・・恭介の右手にはガラス片が握られていた。

・・・・・・!!

彼は以前、スタート地点は死に場所だ・・・と言った。
つまり、ここで死ぬことによって、自分の使命を果そうとしているんじゃないか。
現実での死を静かに受け入れて、簡単だと言ってやすやすと生を捨ててしまうのではないだろうか。

「恭介・・・!
だめだ、私は君に生きてほしいんだ。
もうこれ以上、何も捨てないでよ・・・・・・。」

その声が届くはずもなく、彼の右腕にある刃物は深々と胸を貫かんとしていた。










暗転。

静かに目を開けると、そこには理樹、鈴、真人、そして謙吾が穏やかに私と隣で眠る恭介を見下ろしていた。

先ほどの【現実】を思い出す。
本人の眼の前では、言えない本音。
私は彼に、自分を犠牲にしてほしくなかった。

「・・・でも、もう終わったんだよね?理樹。」

「・・・うん、全部、終わったよ。」

「そう・・・。
じゃあ、残るはこの馬鹿だけね。」

「そうだね。」

そこまで話すと、私は理樹の手を借りて立ち上がった。
恭介を見れば、光を見るかのように目を細めながらも開眼した。
理樹を眩しそうに見つめる恭介は、とても穏やかな顔をしていて・・・とても今まで絶望の淵に立たされていたとは思えないほどに綺麗だった。

私はそんな恭介を満面の笑みで、出迎える。

「おはよう、恭介。」

理樹は彼に手を差し伸べると、静かに彼の名前を呼んだ。

「恭介・・・ついにきたよ。」

「助けに来た。」

凛とした声。
こんな世界でも、それは力強い。

「僕らはリトルバスターズだ。
一緒に行こう、恭介。」

ゆっくりと顔を上げ、理樹の顔を見上げる。
その後ろに控えていた、凛、謙吾、真人・・・そして、私の顔を順に見ていくと、彼らしくもなく困ったように微笑んだ。

――理樹は、やってくれたよ。
君のやっていたことは、全て無駄じゃなかったんだ。

恭介は沢山の自問の末、理樹の手を掴んだ。
大丈夫。今の理樹なら、きっと何でもしてくれるさ。
・・・あのときの、君みたいに。

「よし。」



恭介が差し伸べられた手を掴めば、

そこから全てが終わり、全てが始まった。



変わらないものなんてないかもしれない。


それでも私は、信じてみたいんだ。


あるかもしれない変わらないものの存在を。




私がその存在になれますようにって、願っているから。








だから君は、安心して休んでいたいいんだよ、



目が覚めたら満面の笑みで、おはようって言うから。