Project 100000


presented by tranquilizer

ひねくれトライアングル

「ねえ、香、どう思う?」

それは半ば、なまえの口癖のようになっていた。
頬を可愛く染め上げて、不安そうな顔で、甘酸っぱい気持ちを吐露するなまえ。けど、その対象は俺ではなくて、アイス。なまえが口を開くと二言目にはアイスの名を耳にする。
どこからどう見たって、恋する乙女のその表情。
冬の日の放課後。窓際の席で、たった二人の男女が甘い雰囲気。それなのに、何故俺らは恋人ではないんだろうと、思考をトリップさせていた。

「どうって……直接本人に聞いてみればいんじゃね?」

「それが出来たらこんなに困ってないよ〜」

それはそうだ。
そもそも、なまえにそんな勇気があったら俺の元に相談になんて来ていないかもしれない。

「香はいつも適当なんだから。」

そりゃだって、なまえがアイスとくっつくのはシャク……的な。
そんな気持ちを悟られないように、なまえの叩きやすそうなおでこにデコピンをかます。前屈みになっていたなまえは色気のない悲鳴を上げてのけぞった。ガタ、と自分の机に膝をぶつけて二次災害を被るなまえに、笑いが込み上げる。

「もう!香のいじわる。」

「なまえがどんくさいのが悪い的な。」

「ひどい!人が真剣に相談してるのに!」

香なんか、こうしてやる!そういってほっぺをつねる体制を取るなまえだったが、それを避けるのは簡単だ。けど、敢えてそれを避けずに、ほっぺをつねらせる。どうせなまえも手加減してつねっているから、さして痛くもない。俺は名前の両手首を掴むと、その距離を詰めた。

「マジで…俺に、しとけよ。」

「…、え…?」

なまえが息を呑む気配を感じた。別の意味で緊張をするなまえの顔には、困惑ばかりが支配していた。――俺は、どこまでも脈がない。それだけの話だった。

「……なんてな。」

「え?…………もう!!
びっくりしたじゃん!!!」

舌を出してあからさまにからかってみせると、なまえは目に見えてほっとした表情で俺をぽかぽか殴る。分かってたけど……脈ナシなんて。

「なまえは女というよりも、悪友とか、世話の焼ける妹的な。」

「――うん、私も香は、一番気の置けない親友というか、頼れるお兄ちゃんというか…。
そんな感じに思ってるよ!」

そう言って屈託のない笑顔を見せるなまえは、きっとこの先も俺の気持ちには気づかないんだろう。そんな事を思いながら、俺も笑った。

「……ホラ、もうすぐでなまえの王子様きちゃうし、帰る準備した方がよくない?」

「あ!もうこんな時間!」

忙しなく身支度を済ませるなまえを見ながら、俺はいつだってこんな事を思う。
俺がアイスだったら良いのに。

「香!」

「ん?」

「いつも、なんだかんだ言って聞いてくれてありがとう!
香大好き!」

「…ん、俺も。」

そう言って可愛く笑うなまえの笑顔に、俺はやっぱり後一歩を踏み出せない。
こうしてこれからも俺は、なまえの親友と言うポジションに居座り続けるんだろう。そう思いながら、廊下から顔を出すアイスに掛けて行くなまえを見送る。

途中、嫉妬したような視線を向けるアイスと目が合うけど、それに敢えて視線を合わせる。
何もかもを取られたわけじゃないけど、アイスとなまえが付き合う未来はそう遠くない。
俺は幾度となくなまえに相談を受けながらも、この一言が言えなかった。

ていうか、あんたら両想いだし。






*






「―――、大好き!」

「…ん、俺も。」

僕の好きな声が、僕以外の人に向けて、大好き、と言った。
ずんと心に沈み込む重い氷に、なまえを呼びかける為の声が口の中で溶けた。
僕には見せない表情で香に笑いかけるなまえ。それに、「俺も」と応える香は、いままでに聞いたためしがないぐらい、優しくて穏やかな声をしていた。
僕はそのときに確信したんだ。香となまえはやっぱり、……。
駆け寄ってくるなまえの奧で視線があった香は、俺を見て、少しだけ、寂しいような顔をしていた。

それは、そうか。恋人が別の男と、帰るんだから…。

「帰ろう、アイス!」

「……うん」

俺となまえは、特別接点があるわけではなかった。クラスは違うし、性格だって違う。趣味だって、勿論違う。…それでも一緒に帰る理由は、僕となまえの家が特別学校から遠くて、最寄り駅が一緒で、家が近所だから、だ。

去年の夏のこと、だった。体育の授業で飛んで行ってしまったボールが、運悪くなまえの頭に直撃して、脳震とうを起こした事があった。それは僕が投げたボールじゃなくて、当時のクラスのスポーツが得意なヤツが外に出したボールだった。保険の先生が出張中だった事もあって、具合が悪くて隅で見学していた僕がかり出されて保健室で別のクラスのなまえを看る事になったんだ。
なかなか目を覚まさないなまえがやっとの事で意識を回復させたときには、外はすっかり暗くなっていた。そのとき最寄り駅が近いと知ったなまえを、僕が送って行く事になった。それがきっかけだ。

それから、なんだかんだあって。僕となまえは、帰りが遅くなるといつも一緒に下校するようになっていた。……同じクラスじゃないし、学校ではあんまり話さないのに…不思議だ。

「……それでね、香ったら、『ぶっちゃけこんなのヨユー的な?』なんて言いながら、たった3コインでとっちゃうんだよ!すごいよね!」

なまえとの会話は、ほとんどが聞き役だった。
僕は自分の事を話すのは特別不器用だ。うるさいのも、騒がしいのも、あんまり得意じゃない。それでも、なまえの隣で聞く彼女の話は、聞いていると穏やかになった。
なまえは「素敵なもの」を見つけるのが特別うまかった。僕が素通りしている日常のあらゆるものに目を向けて、良い所を見つける。そんな事が得意な女の子だ。
新しい発見、嬉しくなる事、感動した事。感受性の豊かななまえの話を聞いていると、なんだか僕まで彼女の幸せをお裾分けしてもらっている気分になる。

けど、よく話に出てくる香が、なまえの彼氏だった。

それを知ってからの僕の心は、いつものように穏やかにはなれなかった。
のしかかった重く冷たい氷は僕の心の中心に居座って、逸らす事を許さない。

プラットホームに流れる、間もなく電車が到着しますというアナウンス。ブワ、と吹き抜ける風を受けて、首を竦ませるなまえは、僕に振り返って鼻を赤くしながら、寒いねと笑った。

「今日は二人で座れるかなー?」

発射ベルが大きく鳴り出す。なまえは電車に乗り込んで振り返る。僕はまだ、ホームに立っていた。
アイス?と声を掛けるなまえ。ドアが閉まりますというアナウンスがその声をかき消す。
このドアが閉まったら、僕となまえのこの関係すらも、終わってしまうのだろうか。
僕は、なまえの手を引いてもいいのかな。

「……なに、期待してんだろ…。」

なまえは香の彼女なのに。僕の元になんて、来る筈はないのに。
ドアが閉まる音に、足下を見た。これで良かったんだ。なまえを乗せて走り出す電車の気配が遠ざかるのを感じながら、そう、思った。

「アイス、大丈夫?」

「……っ!」

ばっと顔を上げると、なまえは僕の目の前にいた。
なんで、どうして。

「電車に、乗ったんじゃ、」

「乗ったけど、アイスが心配で降りた。大丈夫?」

本当に心配そうな顔で僕の顔を覗き込むなまえ。
期待、しても……いいのかな。

「ねえ、なまえ。」

僕は冷たくなったなまえの手を握った。じわりと熱をもったなまえの顔は、困ったように僕を見上げる。僕はそんな、まっすぐ視線を合わせるなまえが好きだ。
僕なんかと一緒にいて、楽しいと言ってくれるなまえが好きだ。
僕にないものを持っている、なまえが好きだ。

「好き。」

言葉にするのは、意外と難しい事ではなかった。堰を切ったように次々と想いがあふれる。

「好きだよ、なまえ。」

「…え、ぁ……」

「こんな僕と一緒に帰ってくれて、ありがとう。
僕に笑いかけてくれて、ありがとう。
僕と友達になってくれて、ありがとう。」

止まらない。次から次へと溢れるこの想いは、止められない。
泣き出してしまったなまえの頬に手を触れて、その涙を拭うと、なんだか穏やかな気持ちになる。
ねえ、なまえ。



「僕に恋を教えてくれて、ありがとう。」




「ばかっ、」

遂に決壊してしまったなまえの涙腺は、とても僕の手だけじゃ拭えない。
優しいなまえ泣かせてしまった事実に、胸が痛んだ。
さよなら、僕の―――…




「私だって、大好きだよ、アイスっ!」
















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いや〜、高校生組良いなぁ……。一番青春!って感じがします。
ふみさんに捧げます。大幅に遅れてしまい申し訳ございませんでした!!!
リクエストありがとうございました!
2015/11/10
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