Verweile doch | ナノ

Act.1 白い鴉 -10


「お待たせいたしました、鶏肉製のスウプに、鯛の西洋風焼き、こちらがオムレツライスにガアリックトオストでございます。最後にこちらが、コオンポタアジュになります。」

春草のところに鶏がらスープとオムライス、林太郎のところにはガーリックトーストと鯛の西洋焼きが置かれ、私の下にもコーンスープが置かれた。
しっかりと昼食を摂る二人に、またもや視線を向けられる。

「文句があるなら聞こう。」

「「……少ない。」」

綺麗に揃った阿吽の呼吸に、私は瞬間的に関心の念を抱いた。
しかし次の瞬間には、林太郎はボーイに一つ皿を用意してもらいその中に自分の昼食を小分けにし始める。それに続いて春草もオムライスのひと切れを皿に盛った。

「…私はそこまで食べられないぞ。」

「それはいけない。そんな食生活だからおまえという娘は背が伸びなかったのだ。すなわち、成長期はまだ始まっていない。これからは朝昼晩しっかりと栄養を補給したまえ。」

「…別に、あんたの体を心配してるわけじゃないけど。
やっぱりその体は細すぎるから、もっと食べなよ。だから小さいんだ。」

すっかりと盛られたその皿に、私はゲンナリと肩を下ろした。普段からそこまで食さないので、果たしてこれを食べた後に出歩けるのかという心配事が勝る。
ゆっくりとコーンスープを飲み干すと、いよいよその威圧が私の目の前に鎮座する。今でさえ腹六分目なのに、目前にはガーリックトーストひと切れ、オムライスが二割ほど。挙句鯛もあるぞと上から声が降ってくる始末。

「お腹が膨れ「なに、食べさせて欲しいと。」

「ちが「仕方がない、ほら、文乃。口を開けたまえ。」

美しい笑みでこちらに身を乗らせ、オムライスの乗ったスプーンを向ける林太郎。とうとう参ってしまった。ケチャップを匂わせる目の前のスプーンを林太郎の手の上から包み込むと、恐る恐る口に含む。
ゆっくりと咀嚼して、喉の奥に通した。

「……ああ、美味しいな。美味しいが…もう、食べれない。」

「美味しいか、それは何より。
よし、次はガーリックトーストだ。小分けにしてやろう。」

「……っ、わかった!わかったから!少し時間をくれ!」

目が、「 食 え 」と語っていた。
強要されると更に食欲はなくなるわけで、私の胃はいよいよ食道の門を封鎖しようとしていた。

「………っ!」

私は、ガーリックトーストを半分に分け、右手に持ったそれを、身を乗り出して向かいの林太郎の口に突っ込んだ。
驚いたがちゃんと受け止めた林太郎は、それを飲む込んでからいけない子だねと困った表情を作る。

「すまない、いきなりでは胃が驚いてしまうのだ。少しずつ食べる量を増やしていくから、今日のところはこの半切れで勘弁してくれ。」

「ふむ…それは至極最もだ。仕方がない、今回のところは容認しよう。」

「鴎外さん、夜はフミさんに多めに作ってもらいましょう。」

「それが良い。」

私は二人で繰り広げられるその恐ろしい計画に割って入るように、慌てて話題をすり替えた。

「ところで林太郎。この後の予定はどうなっている。」

「僕はここから直行してまた軍医学校へ戻るつもりだ。
春草は――…」

「俺は戻って課題の続きを。言っておきますけど観光案内はしませんよ。」

聞いてもいないことを拒否する春草。林太郎はまさにそのことを言おうとしていたのか、予想外におや、と漏らした。

「まだ何も申してないだろう。
はぁ……まったく、いけずな男だなぁ。」

「心配はない。帰り道は少々不安だが、職を探さねばならないのでな。
私は少しこの界隈の出版社をあたっていくつもりだ。ついては林太郎に数箇所紹介を乞いたいのだが…。」

「そうかい?帰りは迎えに行きたいところなのだが…生憎今夜は来客があってね。なるべく朧ノ刻までは帰ってきなさい。」

「? おぼろのとき?」

「日没から明け方までの時間帯だ。
あの時間はいろいろと物騒だからね。昨夜は紳士に出会えたから良いものを、いつもそうとは限らない。いいね?」

「承知した。尽力しよう。」

林太郎は私の差し出したボールペンをとメモ帳にサラサラといくつかの出版社の住所と責任者を書くと、財布のようなものと一緒に返された。ずしりとした重さに、私は予想外に落としそうになりながらも受け取る。

「出版社からは遠い、移動は俥を使いたまえ。」

「お代は、給料から差し引こう。」

「なに、さして問題はない。小遣いとして受け取っておくれ。大した額は入っていないのだからね。
では、そろそろ出ようか。」

席を立った林太郎に続き、私と春草も席を立つ。勘定も済ませた林太郎に、春草は尋ねた。

「ところで今夜の来客ってどなたですか?」

「僕の親族だ。どうせまたくだらない話を持ってくるのだろうよ……。」

【くだらない話】に林太郎はしばしば困っているようだった。そしてその感情を私も味わって記憶に新しい。もしかせずとも…

「見合いか?」

「…察しが良いね。」

「同情するよ。」

許嫁だかなんだか、縁談なんて形だけの夫婦に意味があるとは到底思えない。明治に来て少なくとも見合いについての問題は先送りになったが、目の前の林太郎の状況は少なからず私に重ねてしまうものがあった。






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