黒子 | ナノ

第三ゲームは第二体育館で説明が行われた。
クイズ研が設置したブースで、係の女生徒は数枚のカードをトランプのように扇型に見せる。

「この中からカードを一枚選んでください。」

赤司君に促され、左から3つ目のカードを引く。
表にはメッセージが書かれていた。

『永遠の裏に存在する過去の切り抜きを持ってきてください』

「・・・・・・?」

「・・・・・・。」

永遠?過去?
私の頭には疑問符ばかりが浮かび、黙っているカードの文章を見て赤司君をよそに係の女生徒にカードを見せる。
彼女はにっこりと微笑み、「第三ゲームは謎解きです。頑張ってください。」と言い放つ。
いまいち理解ができず、「ものですかこれ?」とか聞いてしまったが、彼女は「つまり、そういうことです」の一点張りだった。
仕方なく赤司君と歩きながらカードのお題について考える。
もってこい、ということは少なからず【永遠】や【過去】などの漠然としたものではなく、何かの比喩なのだろう。

「赤司君、何かわかった?」

「ああ、謎は理解できた。
問題はどこにあるかだ。」

「・・・とりあえず、解説を頼んでもいい?」

彼は呆れる様子もなく、説明しようとまた考え始めた。

「まず、この『永遠』と言う言葉。
直接的に見つけるのはまず無理だ。となると比喩表現。
永遠というのは、暗に時が止まることを指している。時を表すものは時計。」

「『永遠』というのは止まった時間・・・つまり、壊れた時計、という事?」

「正解。
学校内の何処かにある壊れた時計の裏にそのものは隠されているはずだ。
次に、『過去の切り抜き』と言う表現だが・・・。」

「その法則で行くと、写真?」

「ああ。
壊れた時計に、思い当たる節はあるか?
校内の時計を探し回ったら埒があかない。」

「この学校は設備がいいし・・・あ。」


少し考えたところで、ひとつだけ思い当たる節を見つけた。

「わかったのか?」



「・・・灰崎くんのサボり場。」



*



ところ変わって、第四部室棟の4階、一番隅っこ。
どこか静かなところはないかと探していた時に見つけた、サボりスポットの穴場だ。
しかしそこには既に先着がいて、度々灰崎君の寝ている姿が目撃された。
階段から一番遠く最上階の端っこということもあり、見回りの先生は消灯確認だけして滅多に訪れないことから、よく使っているそうだ。

なぜ私が時計が止まっているのか知ったのか、それは第四部室棟に時計が3つしかないから。

第一、第二部室棟には体育会系の部活、第三部室棟は文化部と言う並びになっているため、第四部室棟が丸々空きになっている。
もともと不良という概念の少ない学校のため、部室棟を溜まり場にする中学生など存在しなかったから教師陣も放置状態で、部室のない第四部室棟は物置と化しているのだ。
結果時計は一階の三部屋しか存在せず、そのうちの一つは今の三年が入学した時には既にその時を止めていたらしい。

なんと、この情報は灰崎君が教えてくれたのだ。
時計が使われていないのをいいことに、4階の自分のサボリ場に時計を持ってくる際、そのうちの一つが止まっていることを知ったとのことだ。
彼は歪んだ性格の性悪に見えるが、実質話してみるとそうでもない。

ようやくそこまで説明し終えたところで、赤司君は今日何度となく見せた不服そうな表情をこちらに向けた。
何が不満なのか私には皆目見当もつかないが、私は赤司君のそんな一面が可愛く思えてきた。
だって普段、無表情なのだもの。

「・・・あ、あった。この時計。」

私が指差した先には、確かに2時35分で時を止めた時計があった。最後に示した時が深夜なのかお昼間なのかはわからない。
私では背が足りず、私より背の高い赤司君に時計の取り外しを任せる。
裏には案の定写真がセロハンテープで貼り付けられており、赤司君はそれをはがして私に渡す。
どうやらその写真は、校長先生の若い頃の写真のようだ。

「・・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・・。」

「・・・突っ込んでもいい?」

「・・・いや、やめておこう。」

「わかった。」

私たちは、写真についての感想を消して漏らさなかった。
そして、後に語ることもないだろう。



*



再び体育館に戻った気には、既に10組ほどが借り物競争に参加していた。
その中には黒子くんと桃井ちゃんの姿もあって、理不尽な課題でも出たのだろうか、桃井ちゃんがうんうん唸っていた。

先ほどの係りの生徒のところまで行くと、お姉さんは写真を持った私たちを見てびっくりした顔を見せた。

「すごい、この問題、確実に脱落問題なのに・・・。
どうやって割り出したのか聞きたいところですが、ともかくおめでとうございます。最後は多目的ホールです。」

3つ目のスタンプをもらうと、とうとう最終関門だ。
私達は多目的ホールに急いだ。




「第四ゲームは迷路です。
じゃあ、いってらっしゃーい。」

赤司君を見て物怖じしない係りの男子生徒を見て私は少しだけ感心しつつも、目の前の【迷路】に足踏みをしていた。

『お化け屋敷』

明らかにそう書いてあるのだ。何度見ても変わらない。
看板の文字も、クーラーの寒気も、異様な雰囲気も。

「・・・あ、赤司君。」

「どうかしたか。」

「私、怖いのダメ。」

「・・・・・・・・・。やめるか?」

「・・・〜〜、頑張る。」

本当に心配した顔をする赤司君に私は何も言えなくなってしまって、思ってもない言葉が漏れてしまった。

入ってそうそう、左右に伸びる分かれ道があった。
多目的ホールは西側と東側、正反対の方向に扉がついているため出口は東側だ。
さらにこの暗さと狭さでは、迷路は相当緻密に作られているはず。

「・・・・・・っ!
ひゃあああああっ!!?」

「・・・!」

「あ、足、足が・・・!
足に何か冷たいのがああああああっ!!」

「落ち着け蘇芳。唯の冷気だ。」

「・・・ほ、本当?」

「ああ、大丈夫か?無理そうなら出るが。」

「・・・・・・いい、先に進む。」

これ以上赤司君の足でまといになるわけには行かない。
私はこれまで歩いてきた道を一つずつ、歩数まで鮮明に思い出して今の位置を割り出す。
そしてクイズ研の癖を参照に、これからの迷路の曲折パターンを予想。

「蘇芳」


べちん!


「ゆ、幽霊がなんだぁ・・・!!
いこう、赤司君!」

「・・・・・・あぁ。」

いつまでも暑苦しいほど赤司君にくっついて歩くわけには行かない。
ほっぺを思いっきり叩いて、気を引き締める。
私は赤司君に捕まっていた腕を解き、左手で赤司君の手を握って歩き出す。
今も恐怖で手が震えそうになるけど、握っている赤司君の手には確かなぬくもりがあった。

*

「・・・お、お疲れ様でしたっ!」

係りの人はおっかなびっくりといった表情で私と隣の彼を見ては、4つめスタンプを調印する。
その後、幽霊とは不思議と誰ひとり遭遇せずにゴールまでたどり着いた。
赤司君は、何も言わずついてきてくれた。

「・・・・・・・・・わああああぁあ!
ご、ごめんなさい!手・・・。」

「いや、むしろ嬉しかったよ。」

「・・・・・・?」

私は「嬉しかった」の発言によほど解せない顔をしていたのか、彼は仄かに笑って私の頭の上に手を乗せた。
男慣れしていない私は当然その行為に赤くなるのだけれど、きっとこの赤みはまた少し別のものでもあるような気がした。

*

とうとう最終ゲーム。
どうやらルールは第一ゲームと同様で、二人三脚のようだ。
私と赤司君が多目的ホールから第二グランドまで着いたところで、不意に後ろから騒ぎ声が追いかけていた。
しかし姿は見えない。

「マズイな、黒子達もついたようだ。」

「・・・急ごう。」

私の足がもっと早かったら、体力がもっとあったら、赤司君にこんなに迷惑はかけなかったのに。
自分のスペックに今更歯ぎしりしても何も変わらない。転ばないよう、先を急いだ。



「赤司っちに美琴っち発見っス!」

「いち、に、いち、に、ち、に!」

10Mにまで迫った黒子・桃井ペア、さらにその30M後ろをついてくるのは青峰・黄瀬ペアだ。
スピード的に、ゴールまで逃げきれない。
赤司君も既に察したのか、しかしスピードは私の転ばない程度に加速していった。



ゴールまであと少し



「お先に失礼します!」


黒子くんと桃井ちゃんが並ばれる。
そして、ゆっくりと、確実に。抜かされた。
またその後ろを、黄瀬くんと青峰くんが爆走する。

負け、その二文字が頭をよぎった瞬間

「左だ、蘇芳!」

止まりかけていた思考を無理やり動かし、体を左へと向ける。


ドゴォォォォ!!


「えぇっ!?」「!」「うわああ!」「うおっ」

突如、3歩先を行く2ペアの姿が消えた。
よく見れば4人は宙吊りの状態で、木と木の間で身動きも取れず捕まっていた。

最後の最後にこれはない。
私はもし今左折していなければと考えると、鳥肌が立った。

「最後に気を抜くなど、まだまだ練習が足りないな。」

赤司君は鼻を鳴らしながら、気丈に4人を見上げていた。
つくづくこの人は・・・すごいなぁ。

「行こう、蘇芳。」

「う、うん・・・!」

私と赤司君は、歩きながら残りの5歩を制すると、ゴールはたくさんの歓声に包まれた。
赤司君は相変わらず当然のようにたっていたけど、私はやはり観衆の目にさらされるのは少し緊張した。

「蘇芳。」

「何」

「実は、このスタンプラリーには恋い慕っているものと共に優勝すれば、付き合うことができるというジンクスがある。」

「へ、へぇ・・・そうなんだ。」

なぜ今この話題?
私が一番に頭に浮かんだ予想は、すぐに脳内から消し去った。
だって、そんなはずはない。

「やはり自分の思いを人に伝えるというのは、少しだけ躊躇してしまう。
だから、俺はこのイベントに背中を押してもらうことにした。
らしくないとは思うが、落ち着いて聞いて欲しい。」

そして聞こえる、黄色い声、落ち込んだ声、煽る声。
ここにいる全員がこの状況に固唾を飲んでいた。

「えっと・・・」

赤司君は、少しだけ深呼吸で息を整えると、意を決したふうに私を見る。

「蘇芳、好きだよ。」

キャアアアアアアアアアアアアァァ!!!
ウオオオオオオオォォォオォオオオ!!!

ゴールをした時よりもはるかに歓声が大きい。
握られた手からは赤司君のいつもより高い体温が触れていた。少し汗ばんでいる。

どうすれば、いいの?


「あ、あの・・・私・・・・・・・・・、」




「私、あなたのこと・・・・・・―――」