黒子 | ナノ

午後1時15分前。
私と赤司君は、スタンプラリーの受付を済ませるべく第二グランドにいた。
やはり人気イベント、受付は人ごみだった。

―――帰りたい。今すぐ。

赤司君は人ごみの間を堂々歩く。
足踏む私の手を引いて歩き出したのだ。
異様なのは、真後ろを向いていたはずの群衆が赤司君を振り向いて道を開けていったのだ。
そして私に刺さる、視線、視線、視線。

そろそろ涙が出てきたところで、受付の前までたどり着く。
私たちが受付を済ませるまで、もはや口を開く人はいなかった。
赤司君は少し困惑した顔で私を心配してくれているが、原因は貴方だ。

本当に、私は何故此処にいるのかを問いたくなってきた時、本日二度目にして救いの声。

「あ、美琴ちゃーん!」

「・・・も・・・ももいちゃん・・・・・・!!」

「え、なに!?どうして泣いてるの〜!
あ、まさか赤司君が泣かせたの!?
恋仲とか言っておいて、泣かせるのはどうかと思うよ!!」

「オレがそんなことすると思うか?」

「美琴ちゃん、どうなの?」

「・・・・・・・・・。」

あながち間違いではない。

「ほらーっ!!」

「・・・・・・!
オレの所為か・・・?すまない、蘇芳。
いやいや付き合ってくれていたのだな・・・本当にすまない。
即刻此処から退場するから、どうか嫌いにならないでくれ。」

言うが早いか、宣言どおり立ち去ろうとする赤司君の腕を掴んで慌てて止める。

「ち・・・違う!
その・・・人に見られるのが苦手で・・・それだけだから・・・。」

「・・・そうか。
良かった。次からは気をつける。」

そういって、本当に安心したような顔をする赤司君。
そういうところが、彼を嫌いになれない要因なのだ。
あくまでも恐怖政治ではないところが彼の主将としての魅力かもしれない。
独裁的では必ず反乱分子が出るからだ。・・・あるいは、この表情すらも戦略のうちだとすれば・・・。

「・・・なんか、私たちの出る幕ないよね。」

「本当です。」

「赤司っちが・・・誰!?
なんスかその顔!」

「というか、ここにいるって事はお前らもスタンプラリーでるってことかよ。」

「「「!!」」」

いつの間にか桃井ちゃんの他に、黒子君、黄瀬君、青峰君がそこにいた。
赤司君が驚きを見せていないことから、きっとずっといたのだろう。
どうやら桃井ちゃんと黒子君、黄瀬君と青峰君でスタンプラリーに参加するらしい。
きっと赤司君の足を引っ張る私は、それを聞いて優勝できない気がしてきた。

* * *

受付時にされた説明によると、校内に設置された四つのゲームをクリアするとスタンプがもらえるらしい。
そして再びスタート地点のこの第二グランドに帰ってくることが出来ればゴール、というわけだ。
第一ゲームは二人三脚で、第二ゲームの設置場所までたどり着けたらゴール、らしい。

同じく受付時に渡された二人三脚用のバンドで、足をつなぐわけだが・・・・・・・・・。

「痛くないか?蘇芳。」

「だだだだ大丈夫!
大丈夫!大丈夫だから立って!!」

今の状態は貴方より頭が低い人のほうが少ない!!!
唯でさえ信徒がたくさんいる赤司君だ、普段自分より背の高い人に対して「頭が高い」発言しているのにそんなことをしていたら、私は闇討ちに会うんじゃないだろうか。

天帝が跪いてどうする。

彼は焦った私を見て楽しんでいるようにも見えた。
何かもう疲れた。

「じゃあ、内側から踏み出す。
あと始めに言っておく、私、体力ない。」

「分かっているよ。
こっちでフォローするから、がんばろう。」

「・・・〜〜。」

もう、今日の赤司君は何なのだろう。
不自然なほど優しい。試合の時の威圧感とは大違いで、さっきの黄瀬君の反応からしてきっと部内でもこんなんじゃないはずだ。
すごく調子が狂うのだ。邪険に出来ないどころか、どう接していいか分からなくなる。
・・・いつも、私は彼とどう話していた?

「そういえば、試合、見た。
赤司君も皆も、かっこよかった。」

「皆も・・・か。ありがとう。
今回は本当に勝てるか曖昧なところだったよ。
圧勝することは不可能ではないが、それには個人がまだまだだ。」

「その言い方は、本気を出していないように聞こえる。」

「・・・あながち間違いではない。
オレたちキセキの世代は、まだ個々が本気を出せるほど能力に体が付いていかないんだ。
故に、本気を出せない。
きっと高校に上がって体が能力に追いついて、敵として見えたら一筋縄ではいかないだろうな。」

「それじゃあ、赤司君も本気は出ない?」

「・・・正直、オレの能力も長く続けられるほど体が出来ていない。」

「・・・・・・・・・。」

バスケにおいて勝つことが当然、といっている赤司君は、初めて私との試合に負けたとき、不思議そうに泣いていた。
負け、という感覚があまり手になじまないようだった。
きっとそれは私が始めて赤司君と対戦したときと一緒で、徐々にこみ上げてきた悔しさと遣る瀬無さに襲われただろう。
戦いにおいて、本気を出せない、ということは・・・相手にとっても自分にとっても歯痒いだろうな。

「さて、この話はやめよう。そろそろはじまる。」

周りを見るに、青峰君と黄瀬君のペアが優勝候補として躍り出そうだ。
体力系なら男女ペアの多いこのゲームで群を抜くだろう。

やがて、クイズ研の櫓(やぐら)に部長が登る。私も赤司君も、クラブ協議会で何度も目にした事のある人だ。
参加者たちが並ぶスタートラインに礼儀正しいおじぎをすると、右手に持っていたピストルを天に向け、撃った。

パァンッ!

はじめに集団から抜け出したのは、予想通り黄瀬・青峰ペアだった。
赤司君は私の歩幅に合わせてくれるので、少しだけ集団より後ろにいた。ごめんなさい。
終着点までの距離が6割を切ったとき、前方を走る人達がざわめきだした。
クイズ研は、どよめく参加者の疑問に答えるようにスピーカーから音を出した。
【落とし穴に落ちた人はそこで失格となるので、ご注意ください。】
いまさら過ぎる。何も知らず落ちた人たちはきっと先陣を切っていた優勝候補でもあっただろう。

集団に追いつくのは早かった。
次々穴に落ちていく人や、落とし穴に誰かが落ちた後の道を進むために待っている人、それぞれだ。

「・・・よし、落とし穴の場所は把握した。このまま抜けるぞ。」

「・・・嘘!?
目を凝らさなきゃ分からないくらいちゃんと出来てるのに!」

瞬時に見て分かるものなのか。
・・・そんなはずない。常人じゃできない芸当だ。

「オレを信じろ。」

そう言う赤司君の瞳が、あまりにも真剣だったから。
私はただ、頷くしかなかった。

*

ゴール地点まで残り3割を切ったところで、青峰君と黄瀬君はぶっちぎりでゴールしていった。
続くのは、私たち。
赤司君の指示通り左右に歩いてく。
その間にも後ろにはどんどん落ちているペアがいて、悲壮の叫びを上げていた。

「もう・・・すこ、し・・・!」

「大丈夫か、蘇芳。
少し休むか?」

「大丈夫、・・・はぁ、ハ・・・っ」

ゴールについて、私は己の体力のなさに溜息が出た。
赤司君は息が切れるどころか今さっきまで走っていたとは思えないほど普通に佇んでいた。

*

第二ゲームはクイズ研らしくクイズだ。一問でも正解すればクリアだが、間違えたら即失格。
パスは何度でも使える、とのことだ。
黄瀬・青峰ペアは6問目ですでにパスを6回使っていた。
黄瀬君の持つスケッチブックには「パス」の文字。
私たちは早急にヘッドホンをして問題に備える。

「問題です。小林隆男によって発見され、2004年に小惑星回報で公表された小惑星の名前はなんでしょう?」

知識問題。記憶力と情報力が試される。
赤司君はすでに答えが分かったようで、こちらにアイコンタクトをした。
口パクで、「き、ぼ、う」。ああ、たしかにそんなのがあった気がする。
赤司君はスケッチブックに達筆で「きぼう」と書いて係りの人に見せた。
間違ったら即失格なのに、この人は迷いもなく答えを書き込むな・・・言い知れない頼もしさを感じた。
制限時間終了のブザーとともにスケッチブックを上げる。

「正解は『きぼう』です。」

「さすが赤司君。
次も期待してる。」

「当然の結果だ。
ではお先に・・・二人とも。」

二つ目のスタンプを押印してもらうと、赤司君はいまだ椅子に座る彼らに向かって挑発するように言った。
青峰君は短気なようで、あからさまに怒り狂っていた。目が怖い。
わざわざ敵の闘志を燃え上がらせなくとも・・・と思うものの、きっとそうでなくてはつまらない、なんていうのだろう。

「・・・はぁ。」