黒子 | ナノ

整列後、私はいまだ歓声の鳴り止まない第一体育館を一足先に出て遊戯研へ向かった。

赤司君・・・いや、みんなかっこよかった。

正直なところ、普段人が多くて無意識のうちに避けていたバスケ部。
普段階級も何もなく話している彼らは、私の知らない世界で別の輝きを追っているのだと再確認した。
・・・男っていいな、という桃井ちゃんの気持ちが少し分かった気がする。

午前の部の最大イベントはバスケ部の公開試合で間違いはない。
午後の部はジンクスまであるクイズ研のスタンプラリーだろう。
しかしそれはあくまでも、「同年代の学生達の間」での話だ。大人たちの一番の目的は大会でも全国区の囲碁科、将棋科と私辺りだろう。
故に、【裏】一大イベントは遊戯研の出し物になる。諸に金銭を賞品にするのはうちぐらいだろう。

文化部室棟の手芸部や科学部、天文部と並ぶ一階の隅に遊戯研のスペースがあった。
9時40分を過ぎたところだが、客数はなかなか多い。
5つの種目のうち、どれから始めても構わないが、お客さんのほとんどが3人目の囲碁部(科、と呼ぶのは基本正式な場だけだ)エース君に足止めを喰らっていて、私と将棋部部長に回ってこない。
なかなか暇になってきたからと私と将棋部部長、桂馬先輩は暇つぶしにと挟み将棋をすることになった。
桂馬先輩の棋風は私からしてもかなり厄介で、なかなかに考えが読めない。表情を崩さず、淡々と打っていくその姿勢はまさしく棋士そのものだ。

終盤に差し掛かったところで、周りの野次馬がざわめきだした。

「・・・ああ、彼か。」

「そう・・・みたいですね。」

赤司君の登場である。先程まであんなすごい試合をした後だというのに、今オセロ盤の前に悠然と座る彼はそんなもの感じさせない雰囲気であった。
しかし、額から伝う汗が急いできたのだろう事を物語っていた。
主将だから、きっといろいろすることが多かったろうに・・・もしかして、そんなに私と回りたかったのだろうか。

「・・・・・・ない、ないないないない!!」

「蘇芳?」

「す、すみません桂馬先輩!」

はさみ将棋を続ける。
私の持ち駒が6つになったところで、そのときはやってきた。

「楽しそうだね、君たち。」

いわずもがな、この声の主は赤司君だ。顔は下を向いているから表情までは見れないが、声が怒っているように聞こえた。
ああ、やっぱり怒ってる。

無言のまま始まる、本日最初(で、最後かもしれない)桂馬先輩戦。
時刻は10時を回ったところだった。
戦況は接線、といったところか。若干赤司君が押してきている。
一手20秒、といったところで、一般の人から見たら「何故ここでアレを獲らない?」という場面が数々出てきていて、正直将棋に長けている人にしかわからない戦いだ。
桂馬先輩がたっぷり20秒考えたところで、飛車がばちんと小気味良い音を立てる。手を出しづらい位置。とても良い手だ。
赤司君は十数秒考え抜き、銀を進めた。野次馬のどよめき。

「何故ここにきて棒銀!?」

「いや・・・良い手だ!」

「・・・・・・・・・。
参りました。」

王手ではない。しかし桂馬先輩は数手後の展開を読んで、そういったのだろう。
先手の桂馬先輩を詰ませた赤司君に、観衆の驚き。皆将棋盤を食い入っていた。
赤司君は少しだけ浅い息を吐き出して、横で見ていた私に視線を投げた。

「さて、次は君だ。」

挑戦者の目、ではない。
確実に勝ちに行く目だ。
先手は私。白だ。ナイトの前のポーンを一つ前に動かす。
赤司君は向かって左ナイトを右上に動かした。序盤のセッティングが後に重要になるのだ。

「今回は、引き分けなしにしよう。」

「何故」

「終盤の局面が見えたからだよ。」

「・・・そう。」

7ターン目。ビショップを右斜めに2つ動かした。


* * *


「・・・・・・・・・。」

「いい加減負けを認めたらどうだ。」

「ステイルメイトはどうしようと気に喰わない。」

「イリーガルムーヴの判定はなかったが。」

「差し手同士の心の問題。」

戦略としては上等だった。
彼はあそこで戦術に出たのだ。それは今まで一度もないことで。
赤司君の反論はもっともなことで、いまさらウダウダ言っている自分に一番むしゃくしゃしている。

赤司君は駒が残り少なくチェックメイトが出来ない状態、ステイルメイトの寸前でポーンをクイーンにトレードし、結果的に点数加算を-8にしたのだ。
3点差で私の勝ちだったのだ。あそこで赤司君がクイーンを復活させなければ。結果的に私の得点が赤司君よりー5で負けである。

そんなことをいいながら、私は周りからの視線を気にしないようにした。
今まで赤司君からこちらに訪問していたからこんな大衆から視線で射されることはなかったのだが、【帝光中バスケ部主将】赤司君は良くも悪くも超有名人だと再認識した。
クリーミィ☆クレープというクレープ屋の前で後ろから高い声が私を呼び止めた。

「あ、やっぱり美琴ちゃんだあ!」

「桃井ちゃん・・・。」

「びっくりした、まさか赤司君と一緒にいるなんて・・・。
二人とも、ぜんぜん接点なさそうなのに知り合いなの?」

「ああ、恋な「つまらない冗談はやめて」」

「・・・うん、分かった。がんばれ赤司君。
あ、よかったらクレープ、食べていって!じゃあ私はこれでっ」

半ば無理やり握らされたクレープ無料権。
後ろから刺さる無言で、無情のにらみには無視を決め込むことにした。

「すみません、一番高そうなのください。」

それから数分して、奥に引っ込んでいったクレープ屋さんの左手には、おぞましいほどの数のトッピングが乗っていた。
一人で食べられるか心配だった私は、隣の赤司君に同じ事を言われて今、半ば意地で食べている。
そろそろ、生クリームに胸焼けがして食が進まなくなってきたところだ。

「・・・ぅ・・・、」

「・・・そういえば、小腹が空いたな。
近くに飲食店は見当たらないし、良かったら2,3口もらえないか。」

「・・・・・・・・・・・・はい。」

こうやって、ちゃんと私の義理も立てて物を相談する姿勢が私が赤司君を邪険に出来ない要因のひとつなのだ。
赤司君は私が食べたすぐ隣を思い切ってかぶりつくが、甘いものはあまり好みではないのか少し眉が寄った。
心配そうに見る私の視線を知ってか知らずか、彼はもう一口クレープを口にし、通常より少しだけ時間をかけて口の中の糖分を食べきった。

「ありがとう。美味しかった。」

まったく美味しそうな顔をしていないところを見るに、赤司君も相当きつかったんだろう。
私はこらえきれずに吹き出してしまった。

「無理しなくて、いい。
ふふ・・・ほら、生クリーム付いて・・・る」

「・・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・・。」

「ご、ごごご、ごめんなさい!!!」

「いや、謝らなくていい。けっこう大胆だな。」

「わ、忘れて!!」

赤司君の口に付いた生クリームを、な、ななな、なめ・・・舐めるなんて・・・!!!
あーもう私はなにをしているんだ馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿!!!
小さく笑っている赤司君を尻目に、私は目に映った看板の指す方向へと足を進めていった。

「ほほほほら!えんにち!縁日いきたい!
たしか黄瀬君と紫原君のクラスのはz・・・」

黄瀬君たちのクラスの前には行列が出来ていた。中でも女性客が目立つ。

「・・・あー!赤司っちに蘇芳っちじゃないっスか!
なんだよも〜来てくれるなら行ってくれれば良かったのに!」

「何ですか、その格好。」

「え?だから、艶仁知っスよ!
似合ってるっスか?これ。」

黄瀬君はフランス革命でもしそうな時代の服を纏っていて、髪の毛も良い感じにオールバック。色気がすごくて正直近づきたくない。
よく見たら看板には、「艶仁知 〜艶やかなる新しき愛と知性をあなたに〜」と書いてあった。
話を聞いたところ、トラブルで既に用意された西洋服と内容が違ってしまい、和洋折衷にしたのだとか。何故縁日とかけた。
その後いつの間にか落ち着いた私は紫原君(こっちは2mの巨体でドレス。すごかった。)にも挨拶をし、再び赤司君と歩き出した。

結局お昼までに黒子君のクラスの「エレガント de CURRY」、緑間君がスケットで入っていた「占星術研究会の占いコーナー」を見て回った。
(つまり、昼食はカレーだ。がっつり。赤司君がカレーを食べている光景が異様過ぎた。)

「お昼から、どうするの?」

木陰のベンチで、ちょっと休憩だ。さすがに人酔い。
・・・なんだかんだで、赤司君の隣を楽しんでいる私がいる。
いつの間にか、周りの視線は気にならなくなってきた。

「そうだな・・・せっかくだから何かしたい。
これなんかどうだ。」

赤司君が持った文化祭のパンフを横からのぞき見る。
午後の演目、クイズ研主催のスタンプラリーだ。午後の部の目玉である。

「・・・・・・本気?」

「冗談に見えるか?」

「・・・・・・・・・。」