黒子 | ナノ

「「賞品?」」

書籍数が充実した、校舎の離れの建物図書館。
お昼休み、いつものように図書室で静かに談笑する3人だが、今日は少しだけかってが違っていた。

「ん・・・どう思う。」

いよいよ4日前まで近づいた学園祭。
私は読書仲間の緑真君と黒子君に(いろいろ伏せて)事のあらましを話した。
きっと2人は私が誰にこんなことをしろと言われたのかは察しているだろう。

「そもそも、相手は赤司だろう。
アイツが道理を通して交渉するなんて珍しいのだよ。」

「そうですね。
大抵は裏で手を回して、【首を縦に振らざるを得ない】状況をセッティングしてから交渉します。」

やはりばれているかと若干苦笑いを零す。
赤司君のことになれば、キセキの世代との結束力は硬い。

「それで、【賞品として私を賭ける】ことにした。だけど、表向きじゃない。
これなら部の皆に文句を言われず部を抜け出せる。
・・・トラブルが起こった際には、どうにかしなければならないけど。」

「蘇芳さんも大変なことになりましたね。」

「察するのだよ。その案がきっと最善だ。」

「ありがとう。がんばる。」

図書室を出た私は、部の連絡として各科のまとめ役たちにこの話を提案した。





* * *




学園祭当日。
早朝から陀列が出来、その人数だけでも既に1000を超えていた。
校門のところには特別許可証を手にした地方テレビ局の車が駐輪していて、学園祭は毎年一日の収容人数が多いが故に特番を組むほどの規模だ。
開祭と同時に外部の客を迎えるのは、目移りしてしまうほどの宣伝看板、可愛い格好のコスプレーヤー、おいしい食べ物の匂い・・・。
かかっている金も公立じゃ馬鹿にならない額で、それに比例して学園祭のクオリティも上がる。それもまた、外部の客が多い理由なのかもしれない。

ところで、開場からそこまで人が集まる理由はもう一つある。
それは全国制覇を2年連続果たした帝光中バスケットボール部の試合。
8時の開場から僅か30分で公開試合を開始するため、その席とりをするためでもあるのだ。
2連覇したことによって帝光中への入学希望者は右肩上がりに増え続け、今では部員数100を超えるまでになったのである。
その「キセキの世代」は毎年この日に現役アスリートと公開試合をするのだ。
しかしカメラは一切入れず、デジカメなどの撮影は禁止。試合結果も、見た人限定の他言無用。バスケファンなら当然何時間並んでも行きたくなる。

そして、その間に帝光中の生徒はシフトを手薄にして大半の生徒が文化祭を楽しむわけだ。
私たち【遊戯研】は、試合後の9時20分から出し物をする。
催し物はこれまでのボードゲーム系の部活がやっていたのと同じようなもので、簡単に言えば部員と対戦できる、という物だ。
件(くだん)の取引を避けつつ、私が企画した催し物。
5人に勝てば賞金3万、または黄瀬良太を学園祭中一日貸し出せる、というもの。負けたらその時点で終わりだが、挑戦は何度でも出来る。
一人目はオセロ部員、二人目は花札部員、三人目は囲碁部エース、四人目は将棋部長・・・、
そして、最後にチェス部長の私だ。しかし、私だけは特例でチェス以外の勝負でも受け付ける。
途中で挑戦をやめ、賞金だけを貰っていくのも可能だ。賞金は500円、1000円、5000円、10000円、30000円と上がっていく。
この勝負の賞金の規模が私立ということを考慮しても多いのは、暗にこの学校の遊戯研の実力が高い、という事でもある。
特に将棋部の部長、囲碁部のエースは群を抜いた天才でもあり、一般人で勝てるのは二人目までだろう。
逆に四人目まで勝てる人は、途中でやめることはしないだろう。人間はそういう生き物だ。

以上のことから、賞金が高い。挑戦する人は玄人や男になってしまいがちだが、そこでの導入が黄瀬良太だ。

遊戯研のオセロ部員、花札部員、囲碁部エース、将棋部長、私も、9時20分からは持ち場を離れられないので、他同様バスケ部の試合中に学園祭を楽しむ。
しかし、私にそれは出来ないようだ。

なぜ、ここにいるのだろうか。

時刻は8時27分、第一体育館にこもる熱気と、煩いほどの歓声。
私は、【関係者】としてバスケットの試合を見渡せるベストポジションにいた。


ワアアアアアアアアアァアアア!!!

大歓声の中入場したのは、今年参加してくれるアスリート。
NBAとしてアメリカでバスケットをしている面々で、スポーツ雑誌でよく見る顔ばかりだ。
体育館はすごく広くて、収容人数は公式の大きさのバスケットコート分を抜いても2階あわせて1500人は収容できる。
それゆえに、地域の式典事に使われることが多いのでホール型に設計されているのだ。

キャアアアアアアアアアアアアアアアァアアァァアァァ!!!
オオオオォォオオオオオォォォォォォォオオオオオオ!!!

今度は割れるような歓声に、体育館全体が震えた。
ビリビリと鼓膜を刺激する声達が、【キセキの世代】の登場を知らせる。
彼らの試合が見れるのは全中等の大きな試合の決勝だけなので、普段同じ学校に通っていてもこういった機会はまったくと言っていいほど稀なのだ。

そして、観客が大興奮のままに始まる試合。

正直バスケは素人の私からすれば、何をしているのか皆目見当も付かなかった。
第一Qから相当の飛ばしようで、椅子に座っている人は私のみで、立見席の中には泣いている人も。

パスが回ったら誰も止められない青峰、相手の技を瞬時にコピーする黄瀬(NBA選手のは無理らしいが)、3Pを外さない緑間、ゴール下を不動に佇む紫原、パスの軌道を変化させる見えない選手・・・
――そして、未来を予測できる目を持った赤司。
青峰と黄瀬にどんどんシュートを入れられた挙句、そちらに集中したら緑間に後ろから点を入れられる。敵だったらまさに戦慄ものだ。

キセキの世代とは、最強、と呼ぶのにふさわしいメンバーだ。
結局スタンディングオベーションのまま試合は続き、熱気に包まれた中最後を迎えた。
残り30秒。得点は96-103で帝光。NBA選手も帝光も、息は絶え絶えで、目に見えて疲労している。
残り10秒。NBA選手が3Pを入れたところで、また何処からともなく歓声が聞こえる。

――赤司君が一瞬こちらを見た。

唯の思い違いかもしれない。
しかし、黒子から赤司に渡ったボールは残り1秒で宙に投げ出され、ボールがスローに映る。
観客は誰も声を発しなかった。赤司君が軽くジャンプした際に出たキュ、という音がやけに大きく響いた。
誰もがバスケットボールを追う中、そのボールはリングに触れず綺麗にゴールへと吸い込まれていった。同時に響く、試合終了の笛。

誰もがその音に絶叫した。
私は一人、いつの間にかに立っていたその場所から座り込んで、腕を抱きしめていた。
これは、なんと言うのだったか。
体中の熱が沸騰したように沸きあがって、私の中を駆け巡っていた。入った瞬間、背筋を翔ける鳥肌。

「・・・・・・ブザービーター・・・。」