四周年記念【冬火様】
【初恋物語】2015.05.20.
私は何時だって笑顔だった。(笑顔だからって何?)
そう『ある』ように育てられたから。
私は何時だって笑顔だった。(幸せになれるって誰が?)
そう『なる』ように育てられたから。
私は何時だって笑顔だった。(私にとっての幸せは?)
そう『いる』ように育てられたから。
美味しい美味しいパン屋さんの、一人娘。
看板娘である私は小さい頃から店の前に立って愛嬌ある笑みを振りまきながらの客寄せを行っていた。
裕福な人達には、今後も御贔屓にしてくれるようとびっきりの笑顔を作りなさいと親から硬く言われていた私は、あの人に近寄ったのだ。
「Bonjour!当店お勧めのライ麦パンを貴方の今日のお昼ご飯にしてみませんか?」
「あらら、随分と可愛い子――……そうだね、俺も一ついただこうかな」
私にも負けず劣らずの素敵な笑顔を浮かべる彼を見て、もしかして彼も……などという未来の私が頭を掻けることになる劣悪な妄想を瞬時に繰り広げた私は、密かに親近感を持って接していた。
「彼女さんか仕事の同僚の方とご一緒に、二個一緒に買われたらどうでしょう!」
「残念だけど俺には彼女はいないんだ、ねえ小さなお姫様、俺の彼女になってくれませんか?」
「んー、店の商品を買ってくれたら考えないことも無い、かなぁ」
「この商売上手!よおし、俺買い込んじゃうんだからね。今日は一日パン祭り!」
「Merci bien、えっと……はい3個ですね、3ドゥニエいただきます」
合間合間に雑談が混じりながらも本筋からそれることは無く、幼子のように扱いながらも一人の女性として見てくれた。
子供心ながら、こんな人が兄として……または親としていれくれたらと思ったものだ。
それから暫くしてまたやってきた彼は、美味しかったからこれからもたまに来るよとウインク付きで言ってくれた。どうやら私の目利きは間違っていなかったらしく、その時はお偉い方が着る上流服を纏っていた。15にも満たないように見える少年はかなりの階級に位置するらしい。
店を閉めた後、親からよくやったと頭を撫でられた。しかし、私はあまり嬉しく感じなかったのである。
父さんから褒められるよりも彼が店に来てくれた方が自然と口角があがったし、母さんから自慢の子と抱き締められるよりも彼の姿を街中で見かけただけの時の方が幸せになれた。
(……兄ができたみたいだから?)
うちの両親は一般的とは少しズレた教育方針であるからして、家族の暖かさに焦がれているせい。
――と勘違い、思いこめたのは一年だけだった。
兄相手だったら商品を渡す際偶然手が触れた場合でも胸がドキドキなんてしないだろう。
兄相手だったら何時来店するかわからない彼の為に身形を整えて出来るだけ可愛くありたい美しく見られたいとは考えないだろう。
「サラちゃん、髪型変えた?前のも似合ってたけど、今日は一段と愛らしいね」
「そうですか?……ふふ、ありがとうございます。お世辞でも嬉しいですよ、フランシスさん」
「お世辞じゃないよ、疑ってる?間違いなく本心ですぅ」
「えー、信じられませんね。だってこの前見かけた時、貴方ルイーズをナンパ――」
「わああああ!違う違う、確かにルイーズちゃんは可愛いけど、思わず声かけちゃったけど!でも一番はサラちゃん!」
「……皆にそう言ってるんじゃ?」
「う、うう……そんなこと……」
「ないって言える?」
「……」
「でしょう?」
ずきんずきん。
なんてことない顔を装っていたけど、心がはちきれそうだった。
ルイーズとフランシスさんが二人揃っている姿はとても綺麗で一枚の絵のようだったから。
お似合いだったのだ。
我ながらとんだアホなことを思い違えていたようだ。馬鹿らしい。
しかし、自覚できたこと事態は褒められるものである。上手く恋仲になれるとは思っていない、何故ならば少々歳の差があるからだ。
彼と並んだら恋人どころか兄妹にしかみえない現状をまずはなんとかしなければならない。
必死に自分を磨き、同年代女子との慣れない女子会の末にバストアップの秘訣など秘密の話し合いをしたり、流行に追いつこうとお客さんの服を逐一チェックしたり。
どうやら伸び悩んでいるらしい彼との身長差は少しずつ埋まって行き、彼は口を尖らせて不満そうにしていたが私はとても嬉しかった。ちょっとずつではあるが、目に見える形で段々と対等になっていっているように見えていたのだ。
オシャレの情勢に勉強、話術、その他諸々。
相手の家柄は相当なものだ。寝る間を惜しんで努力しても、これでも足りないくらいである。
仕事以外、関心を向ける物事がなかった私に手は相当頑張った。
そう、頑張ったのだ。
……虚しい努力をしているのだと、現実が夢をぶち壊したのは――矢張り両親だった。
ある日の夜、中々眠れずにいた私は偶然二人の話声が耳に入り、元からあまりなかった眠気が完全に消失する。
「祖国様がお店に来て下さるようになってから、もうこんなに時間が過ぎたのね」
「ああ。定期的に直接買いにきてくれる店は俺たちのもの以外に存在しない」
「……そうね」
「なんだ、そんな憂いの混ざった顔をして」
「あなたは、知らないのね」
「……何がだ?」
母さん、貴女は何を知ってるの?
「化身のお伽噺。『国を表したヒトと仲良くなると、仲良くなった人間も化け物になってしまう』という話よ」
『も』?
も、ってなに?まるで人も同じ化け物みたいな言い方じゃない。
「それは……事実か?ただの噂だろう」
「噂ならどんなにいいか。私の母の古い友人の一人が化け物になって、全く老いなくなったのよ」
「お、おいおい……その友人は、今……」
「さあ……何処で何をしてるかは知らないけど……母さんも年を取らない友人を不気味に思って、縁を切ったらしいから」
「……そうか」
「来てくれるのは嬉しいわ。沢山買っていってくれるし……でも、サラと……親しいじゃない?
あの子は偶の休日の時、一緒に過ごす約束をしてる時もあるのよ」
休日……まって、まってよ。
私、最近は忙しくて、レナともクロエとも遊んでない。
最後の休日だって――
嘘。
嘘嘘嘘嘘嘘嘘。
「本当のことだと思いたくはないが……念には念を、か?」
「ええ。サラには悪いけど、
――ボヌフォワさんとは暫く会わないようにするわ」
がらがらと足を支える何かが崩れていく音が、確かにした。
「あっ、サラちゃん!久しぶりだね、いきなり君の店が長期休暇を取るなんて俺ビックリし――」
顔は見ない。
声は聞かない。
知らない、知らない知らない知らない。
相手はこの地そのもの。
この数年、その細い身体の背が伸びないのは当然だ。
天下のフランス王国であり、そして……そして、
「……」
「え?なになに?ごめんよ、小鳥のように麗しくてか細い君の声を聞き逃しちゃった、もう一回言って?」
「ば、け……」
「……?」
「ばけも、の」
――ああ、化け物の目にも涙が流れるのか。
あのように直ぐ手の平を返すこちら側の方がよっぽど醜い化け物であったと、私は床に伏せながら思う。
あれから年を取り、しわくちゃな手足にぶかぶかの服と、霞み歪んだ空間しか映さない瞳しか私は持っていない。両親はとうの昔に死に、人生の僧侶をとらなかったからだ。
馬鹿だなぁ、私は。
未練がたらたらすぎて、彼が私の手を握って微笑んでいるという幻想を作り上げている。
でも……最期くらい、アホな妄執に甘えても、いい……かな。
「フランシスさん、Je suis désolé……貴方のことを、愛しています。Adieu」
初恋物語
「Ce n'est rien、本当に悲しかったし、立ち直るまでこんなに時間がかかっちゃったけどね。
こんな場所にいるだなんて、思ってもみなかったよ。でも来れてよかった。あのね、俺君のことが本当に好きだったんだよ。初めてで戸惑ってたんだ。
だからね、謝るのは俺の方。ナンパしてサラちゃんの無垢な心を傷付けちゃってごめんなさい。
……お願い、そんなこと、いわないで。À bientôt……Je t'aime――」
【初恋物語】2015.05.20.
私は何時だって笑顔だった。(笑顔だからって何?)
そう『ある』ように育てられたから。
私は何時だって笑顔だった。(幸せになれるって誰が?)
そう『なる』ように育てられたから。
私は何時だって笑顔だった。(私にとっての幸せは?)
そう『いる』ように育てられたから。
美味しい美味しいパン屋さんの、一人娘。
看板娘である私は小さい頃から店の前に立って愛嬌ある笑みを振りまきながらの客寄せを行っていた。
裕福な人達には、今後も御贔屓にしてくれるようとびっきりの笑顔を作りなさいと親から硬く言われていた私は、あの人に近寄ったのだ。
「Bonjour!当店お勧めのライ麦パンを貴方の今日のお昼ご飯にしてみませんか?」
「あらら、随分と可愛い子――……そうだね、俺も一ついただこうかな」
私にも負けず劣らずの素敵な笑顔を浮かべる彼を見て、もしかして彼も……などという未来の私が頭を掻けることになる劣悪な妄想を瞬時に繰り広げた私は、密かに親近感を持って接していた。
「彼女さんか仕事の同僚の方とご一緒に、二個一緒に買われたらどうでしょう!」
「残念だけど俺には彼女はいないんだ、ねえ小さなお姫様、俺の彼女になってくれませんか?」
「んー、店の商品を買ってくれたら考えないことも無い、かなぁ」
「この商売上手!よおし、俺買い込んじゃうんだからね。今日は一日パン祭り!」
「Merci bien、えっと……はい3個ですね、3ドゥニエいただきます」
合間合間に雑談が混じりながらも本筋からそれることは無く、幼子のように扱いながらも一人の女性として見てくれた。
子供心ながら、こんな人が兄として……または親としていれくれたらと思ったものだ。
それから暫くしてまたやってきた彼は、美味しかったからこれからもたまに来るよとウインク付きで言ってくれた。どうやら私の目利きは間違っていなかったらしく、その時はお偉い方が着る上流服を纏っていた。15にも満たないように見える少年はかなりの階級に位置するらしい。
店を閉めた後、親からよくやったと頭を撫でられた。しかし、私はあまり嬉しく感じなかったのである。
父さんから褒められるよりも彼が店に来てくれた方が自然と口角があがったし、母さんから自慢の子と抱き締められるよりも彼の姿を街中で見かけただけの時の方が幸せになれた。
(……兄ができたみたいだから?)
うちの両親は一般的とは少しズレた教育方針であるからして、家族の暖かさに焦がれているせい。
――と勘違い、思いこめたのは一年だけだった。
兄相手だったら商品を渡す際偶然手が触れた場合でも胸がドキドキなんてしないだろう。
兄相手だったら何時来店するかわからない彼の為に身形を整えて出来るだけ可愛くありたい美しく見られたいとは考えないだろう。
「サラちゃん、髪型変えた?前のも似合ってたけど、今日は一段と愛らしいね」
「そうですか?……ふふ、ありがとうございます。お世辞でも嬉しいですよ、フランシスさん」
「お世辞じゃないよ、疑ってる?間違いなく本心ですぅ」
「えー、信じられませんね。だってこの前見かけた時、貴方ルイーズをナンパ――」
「わああああ!違う違う、確かにルイーズちゃんは可愛いけど、思わず声かけちゃったけど!でも一番はサラちゃん!」
「……皆にそう言ってるんじゃ?」
「う、うう……そんなこと……」
「ないって言える?」
「……」
「でしょう?」
ずきんずきん。
なんてことない顔を装っていたけど、心がはちきれそうだった。
ルイーズとフランシスさんが二人揃っている姿はとても綺麗で一枚の絵のようだったから。
お似合いだったのだ。
我ながらとんだアホなことを思い違えていたようだ。馬鹿らしい。
しかし、自覚できたこと事態は褒められるものである。上手く恋仲になれるとは思っていない、何故ならば少々歳の差があるからだ。
彼と並んだら恋人どころか兄妹にしかみえない現状をまずはなんとかしなければならない。
必死に自分を磨き、同年代女子との慣れない女子会の末にバストアップの秘訣など秘密の話し合いをしたり、流行に追いつこうとお客さんの服を逐一チェックしたり。
どうやら伸び悩んでいるらしい彼との身長差は少しずつ埋まって行き、彼は口を尖らせて不満そうにしていたが私はとても嬉しかった。ちょっとずつではあるが、目に見える形で段々と対等になっていっているように見えていたのだ。
オシャレの情勢に勉強、話術、その他諸々。
相手の家柄は相当なものだ。寝る間を惜しんで努力しても、これでも足りないくらいである。
仕事以外、関心を向ける物事がなかった私に手は相当頑張った。
そう、頑張ったのだ。
……虚しい努力をしているのだと、現実が夢をぶち壊したのは――矢張り両親だった。
ある日の夜、中々眠れずにいた私は偶然二人の話声が耳に入り、元からあまりなかった眠気が完全に消失する。
「祖国様がお店に来て下さるようになってから、もうこんなに時間が過ぎたのね」
「ああ。定期的に直接買いにきてくれる店は俺たちのもの以外に存在しない」
「……そうね」
「なんだ、そんな憂いの混ざった顔をして」
「あなたは、知らないのね」
「……何がだ?」
母さん、貴女は何を知ってるの?
「化身のお伽噺。『国を表したヒトと仲良くなると、仲良くなった人間も化け物になってしまう』という話よ」
『も』?
も、ってなに?まるで人も同じ化け物みたいな言い方じゃない。
「それは……事実か?ただの噂だろう」
「噂ならどんなにいいか。私の母の古い友人の一人が化け物になって、全く老いなくなったのよ」
「お、おいおい……その友人は、今……」
「さあ……何処で何をしてるかは知らないけど……母さんも年を取らない友人を不気味に思って、縁を切ったらしいから」
「……そうか」
「来てくれるのは嬉しいわ。沢山買っていってくれるし……でも、サラと……親しいじゃない?
あの子は偶の休日の時、一緒に過ごす約束をしてる時もあるのよ」
休日……まって、まってよ。
私、最近は忙しくて、レナともクロエとも遊んでない。
最後の休日だって――
嘘。
嘘嘘嘘嘘嘘嘘。
「本当のことだと思いたくはないが……念には念を、か?」
「ええ。サラには悪いけど、
――ボヌフォワさんとは暫く会わないようにするわ」
がらがらと足を支える何かが崩れていく音が、確かにした。
「あっ、サラちゃん!久しぶりだね、いきなり君の店が長期休暇を取るなんて俺ビックリし――」
顔は見ない。
声は聞かない。
知らない、知らない知らない知らない。
相手はこの地そのもの。
この数年、その細い身体の背が伸びないのは当然だ。
天下のフランス王国であり、そして……そして、
「……」
「え?なになに?ごめんよ、小鳥のように麗しくてか細い君の声を聞き逃しちゃった、もう一回言って?」
「ば、け……」
「……?」
「ばけも、の」
――ああ、化け物の目にも涙が流れるのか。
あのように直ぐ手の平を返すこちら側の方がよっぽど醜い化け物であったと、私は床に伏せながら思う。
あれから年を取り、しわくちゃな手足にぶかぶかの服と、霞み歪んだ空間しか映さない瞳しか私は持っていない。両親はとうの昔に死に、人生の僧侶をとらなかったからだ。
馬鹿だなぁ、私は。
未練がたらたらすぎて、彼が私の手を握って微笑んでいるという幻想を作り上げている。
でも……最期くらい、アホな妄執に甘えても、いい……かな。
「フランシスさん、Je suis désolé……貴方のことを、愛しています。Adieu」
初恋物語
「Ce n'est rien、本当に悲しかったし、立ち直るまでこんなに時間がかかっちゃったけどね。
こんな場所にいるだなんて、思ってもみなかったよ。でも来れてよかった。あのね、俺君のことが本当に好きだったんだよ。初めてで戸惑ってたんだ。
だからね、謝るのは俺の方。ナンパしてサラちゃんの無垢な心を傷付けちゃってごめんなさい。
……お願い、そんなこと、いわないで。À bientôt……Je t'aime――」