贈り物 | ナノ
   伍万打記念【刹那様】
【第二回カラオケ選手権-四天の巻-】


夏真っ盛りの今日、四天宝寺中学校もいよいよ夏休みにはいった。
運動部はここぞと言わんばかりに練習につぎ込む。
そんな今日は久々のオフである。



「…だって言うのになんやねんこのメール」



レイの携帯に入った一通のメール。
送り主は我らが男子テニス部部長、白石蔵ノ介である。



-----------------------------

From:エクスタ死

件名:絶頂!

-------------------

今日の1時、駅前のジャンカラに集合。

ちなみに来れへんかったやつ!
明日の練習のときコスプレしてやってもらうで☆


-END-





「……最後の☆うざい。しかも件名だけ見たらただの変態やろ」



ちなみにジャンカラというのは関東で言う歌広場のことである。



当日の、しかも10時に送られてきたこのメール。
普通であればいつものサボリ魔である財前&レイペアは確実に行かないという選択肢をとるのだが、それを見越した白石の牽制により見事金太郎以外全員出席という快挙を成し遂げた。
ちなみに金太郎が来れなかった理由は携帯を所持していないからである。(これには白石も仕方がないと譲歩した)



『あのゴンタクレだけ除外って、ずるいっすわ』



『しゃあないやろ、携帯持ってへんのやから』



『家に行ったらええやないですか。どうせ支度なんて必要あらへんやろアイツ』



『俺が行ってへんと思うん?行っても当然のごとくおらんかったわ、あの野生児』



というわけで金太郎を除くR陣でのカラオケ大会が行われることになったのである。



『俺らの部屋は…204号室や。レイ、さっき店員さんにもろたネタBOXはちゃんともっとるな?』



「持ってますとも、はい。これどないするん…中にロクなもん入ってへんで」



『……お、ミクのカツラとか入ってるやん。リンレン揃ってるとかやりおるなここ』



「…え、光?」



『そのネタBOXが重要やねん!』



部屋は大人数で入れるよう、ほかの個室より広々としていた。
各自、流れるように席へ座っていく。



『ほなここで、なんで今日俺がこのカラオケを提案したか説明しよか』



『ただ歌いたかったからやないん?』



『ちゃうわぼけ。何が悲しくて久々のオフに野郎だけで遊ばなあかんねん』



「おい、白石テメェ面かせや。表でろボケェ」



『おーおー、レイが荒れとる』



『実はな今朝、サッカー部の部長からメールが来てな…』



レイを華麗に無視した白石が言うにはこうだ。
今朝(メールがきたのは前日の11時ごろである)知り合いのサッカー部の部長からメールが届き、部員で白石たちが今いるカラオケ屋にきたらしい。
そこで最近部活にかまけて笑いの技術が落ちて行っていることに気づき白石にメールを入れた。



ここではネタBOXというものを要求すれば貸してくれるらしく、笑いの技術を上げるにはもってこいの練習場というわけで。
サッカー部よりさらに練習が厳しいテニス部だからこそこの問題は深刻なのではないか考えたようだ。



『関西に生まれた者としてこれはあるまじき失態や。そこで、遊びながら感性を磨いていこうっちゅーわけやねん。おk?』



『それは深刻な問題やで!部活なんかよりもっと重要やん!』



『さすが謙也わかっとるな』



『わてらは大丈夫よねー、ユウ君!』



『部活がお笑いやからな小春!』



『わしもそろそろ修行せなあかんな(お笑いの)』



白石と意気投合した4名、そしてついていけない3名。



『……関西のノリにはついていけんばい』



「いやこいつらがアホなんだよ千歳。みて私と光を」



『先輩らあほっすわー』



もちろん3人に拒否権はなく、4人のテンションに置いていかれながらも順番が決まった。
トップバッターは千歳。
ちなみに曲の選び方は誰かに曲を指名してもらいその歌を歌うという無茶ぶり方式。
これには数名が冷や汗をかいていた。



『せやなー、千歳といったらやっぱこれやろ!』



千歳の曲を選ぶのは忍足。
選んだのはかの有名なトトロのテーマソングである。



『トトロ!』



『なんやこいつめっちゃ目キラッキラさせとるで』



そんなことお構いなしに千歳はマイクを手にした。
高校生にもなってとなりのトトロを歌うとは、はたからみればギャグであるはず。
……そう、そのはずだったのだ。



前奏が終わり、メロディーに入る瞬間。
スッと千歳の目が細められる。
あれ、なんかおかしくね?っと気づいた時には歌い始めていた。



『雨降りーバス停ー、ずぶ濡れお化けがいたらー』



ど う し て こ う な っ た



そう全員が思わざるを得なくなった。
千歳から発せられる声はいつものほわほわとした声ではなくまさに美声。
目つきもいつもと違って本気である、そう試合中たまに垣間見える千歳の鋭い目のように。
なぜここでそれを発揮するのかと聞かれれば本人以外に答えられる者はいない。
ただただ唖然とするほかなかった。



『…………ん?どげんしたと?』



「…やばい、千歳に惚れそう」



『遠慮する』



にこりと笑顔で言い放った千歳にレイの鋭い蹴りが炸裂した。



『千歳…話聞いとった?これ笑いのセンスを高める場なんやけど。美声高めてどうすねん』



『…待ち白石。これは新しい笑いかもしれへんで?ギャグと見せかけてめっさかっこよく歌う、からのこの普段モード。なんでやねんっ、と思わず突っ込んでしまいたくなるこのオチ……こいついつもの自分をギャグにしよった』



「…え、私意味わからんのやけど。ギャグなんそれ?」



『……なるほど。自分の個性を生かしたネタっちゅーわけやな。わてにも思いつかんかった』



『すごいで千歳!さすが才気バカ!』



『よくわからんばってん、合格たいね』



これでいいのか関西人。
同じ関西人であるレイでもその思考回路はよくわからなかった。



『ほな次はユウジが謙也のを選ぶ番や』



『鉄板ソング、絶対これや!』



しかし一氏が選んだものはデュエットソング。
となるともう一人、誰かが歌わなくてはいけない。



『ほなわても鉄板ソングやわ。光ちゃん頑張って!』



『はっ?冗談は顔だけにしてほしいんすけど。なんで俺がこんなセンスない曲を歌わな…』



『選曲者の言うことは絶対やで財前。歌わんかったらペナルティや』



『………はぁ、しゃあないすわ。謙也さん足引っ張らんといてくださいよ』



『お前が言うな。その仏頂面で歌うんやないで』



『ほな俺一氏先輩のパート歌うんで、謙也さんオカ……小春先輩のほうお願いしますわ』



『無視か!』



オカマと言いかけたのは完全にスルーされ、曲が始まる。
忍足はもちろん、財前もそれなりにこのギャグ曲を再現していた。



『んー、うまいんやけどなんかインパクト足りひんよな』



「いやあの光がこれを歌っているって時点で私にはだいぶギャグなんやけど」



『せやなー、もっとこうわてらみたいなラブラブさが足りひんよね』



その会話を耳にした財前がチラリと白石たちを見る。
目が合うとニヤリと口角をあげた。
そして歌いながら謙也のもとへ近づいていく。



『あの人に伝えたいー、なんでやねんアイ!……?』



不意に近づいてきた財前に忍足がハテナを浮かべると財前は笑顔のままその距離をさらに近づけた。
驚いて固まってしまった純情忍足に財前が手を伸ばす。
ダンッと後ろの壁に手をついた。



『ひぇー、えらいこっちゃ。浮気さらしとんのか?』



『え、なっ…』



『ほな覚悟しいや?』



顔をギリギリまで近づけて至近距離で歌う。
あえて言おう、これはギャグだと。



歌い終えたときには忍足は半屍状態、一方財前は何食わぬ顔で元の席へと戻って行った。



『よかったでー光ちゃん!わてらのラブラブさを完璧に表現しとったわ』



『せやな、合格や!』



「…あれ、これ笑いを極めるためのものやなかった?なんでラブ極めてんの?」



『まあええやろおもろかったし。次、俺や!レイはよ選び』



「ほな流れ的にこれやんな」



レイが画面に送信した曲は【スピードスター】
ご本人さま登場バージョンである。



『これ?なんもおもろくないんやけど』



「これファンの間で有名だよ。蔵謙フラグだって」



『え、そうなん!?やめて!』



「はいギャグでいってみよー!」



衝撃の事実を知った白石はそれでもこの曲を歌い上げた、もちろんギャグで。
この曲をギャグに仕上げる白石も相当な腕である。伝説に残るギャグだったとか…。



その後、小春の曲は石田がPONPONPONを選び大盛り上がり。
一氏は白石が自分の曲であるクチビルを選び恥をかかせようとして失敗。
そして石田の番が回ってきた。



『石田先輩といったらこれしか思い浮かばんのやけど。でもあるかな?』



「何?」



『般若心経』



その時点でギャグだった。
カラオケでお経を唱える高校生など聞いたことはない。
そもそも、そんなものがカラオケに入っているわけなど……



『…あ、あった』



「「えぇぇぇぇぇ」」



『え、しかもミクあるやん。はっ!本家PV……だと!?』



『え、なんなん。財前がいつも以上に饒舌なんやけど何あれキモイ』



『ちょ、石田先輩!これ、これ歌ってください』



『お…おん』



『折角PVあるんやし坊さんいるんやし再現してほし……あ、レイ先輩』



一人でぶつぶつと何かを言っていた財前がふと顔をあげてレイを見る。
嫌な予感しかしないんやけど、と隣の千歳を見ようとすればいつの間にかその姿は消えていた。
きっと歌い終えたのでどこかにトトロを探しに行ったのだろう。
千歳の通常運転である。



『先輩まだ歌ってなかったやんな?』



「そうやね。たった今私の選曲者がトトロ探しに消えたけど」



『ほな好都合や。石田先輩と一緒にこれ歌ってくださいよ』



「いやや。私お経なんて言えへんもん」



『簡単やから大丈夫っすわ。それに石田先輩いるし、PVのマネしてくれればええんす』



可愛い後輩が涙目でお願いしてくれば断るわけにもいかず、結局二人で歌うこととなった。
机をどかされテレビの前に白石たちが並ぶ。



「え、なんでみんな前でみてるん?」



『財前がこっちからみたほうがおもろいって』



『ほな俺が言った通りにお願いしますわ先輩がた』



「え、うん…銀さん頑張ろうね」



『せやな』



レイが頭にミクのカツラをかぶり二人で地面へと正座をする。



曲がスタートし画面に映像が流れだした。
銀はリズムに合わせてお経を唱え、レイは画面を見ながら映っているミクと同じ動きを真似をする。
忠実にPVを再現するということで二人とも無表情を極めていた。



『……ちょ、レイの腕の動きおかしない?あれ人の関節の限度を超えてへん?!』



『さすがレイ先輩っすわ』



『そういう問題やないやろ!』



「不増不滅是故空中」



チーン



『無眼耳鼻舌身意』



ポクポクポク  チーン



リズムに合わせ石田が裏拍を叩く真似をする。
無表情で行われるそれに白石たちは笑いをこらえていた。



「意無所得故――」



『財前どこ行くん』



『PVどおりって言うたやないですか。ゲスト出演ですわ』



そろそろと石田に近づいていく財前。
手にはなぜか緑色の髪の毛が握られている。



『心無塁礙無塁礙故』



そっと置かれるそのカツラ。
石田の頭にはPVの和尚のようにミクのカツラが装着された。



『ちょっ…まじかっっ!』



『てか二人ともなんであんな無表情で歌えるん!無理、無理!』



『あかん…先輩ら予想以上のできなんやけど』



『ユウ君、次のネタはあれや!』



『お、おん!腹いたいんやけど!』



カツラをつけられても二人は笑うことなくただただ無表情でそれを貫き通している。
かなりシュールな状況だった。



『あの銀さんが緑の髪の毛!しかもフィットしとるやないか!』



『これは稀にみる最上級の笑いやっ…あかん俺腹筋崩壊する』



『死ぬな白石いいいいい!』



『てかはよ終われやこの曲!』



その後もPVを忠実に再現していった二人は見事その日一番の笑いをとりMVPなるものを獲得した。(白石が急遽作った)



『てかレイ、あの手の動きどうしたん』



「あぁ…これ?」



『ぎゃあああ!ホラーやホラーやめえ!』



「普通やろ。謙也でもできんできっと!」



『やめえや!勝手に……あだだだだだだ』



『てか銀さん!いつまでそのヅラ被っとるん、もう店でてまったやん!』



『いや妙にしっくりくるもんやから…店員さんがもってけて』



『店員んんんんんんん!』



「てか今日のこれはなんだったの」



『俺はもうあれを生で見れて幸せっすわ。帰ってブログにさっきの写真乗せよ』



『撮ったんか財前俺にもよこし』



ギャーギャーと騒ぐ白石たちにレイは溜息をこぼす。
そしてぽつりと言いはなった



「なにこれカオス」



ちゃんちゃん