君のピアスが光る夜

※捏造アリ

「変じゃない!?」
「おー」
「ちゃっ、ちゃんと見て!ちゃんと答えて!!」
「ばっかおまえ!近付くな!」
「やだ〜!長内くんだけが頼りなのに〜!!」

新宿のとあるカフェにて、男女が言い争う。いや、女の方が男の方へと詰め寄っている。今にも泣き出しそうな声を聞いた男は泣くな泣くなと頼み込む。
女は男に肩を押されて再び席に着いた。不満げな表情から一変、不安そうに瞳を揺らす女に、長内と呼ばれた男は額に手を当ててはァと深く長い息を吐き出した。

「……ごめん!でも!」
「わぁーってるよ。いいから泣くな。俺がぶっ飛ばされる」
「……そんな事、しないもん」
「されんの。お前が泣いたら」
「……じゃあ、じゃあ、私、お願いする……!」
「おまえ……」
「長内くんを殴らないでって、頑張ってお願いする」

呆れたような表情を浮かべたが、女の頼みなら一考するだろうかと長内は考える。
というより、何故俺がこの女の今日の服装チェックをしなければいけないのか、と詰め寄られ泣かれそうになった原因の方を考えた。

「あのなぁ」
「ん!」
「どこの世界に、彼氏より先にダチにデート服見せに来る女がいんだよ」
「……え!?だ、ダメだった!!?」
「しかも男……俺だったらそいつ殺してるぞ」
「……っ!」

足を組んで、すっかり冷めてしまったコーヒーを口に運ぶ。女は長内の言葉にさっと青褪めて、再び涙を浮かべた。
あぁ、そんな表情もダチに見せるもんじゃねぇよ。彼氏に見せるべきだ。そう思っていても、言葉にすれば本当にぼとぼとと涙を落とすことになるから絶対に言わねぇが。
長内はふぅと息をついて、女の方にしっかりと目を向けた。

「どっ、どうしよう……長内くん……でも、わたし……!」
「あー鬱陶しい」

あまり通わなかった中学の同級生で、一年の頃から何となく話すだけの関係に、いつの頃からか「友達」という名が付いた。不良の長内と笑って話す女は長内の目の前にいる彼女だけだった。
他の不良は顔が怖いだの威圧的だの散々言っていたくせに、お前はいつの間に不良の彼氏を作ったんだよ。
女を見ながら再び深いため息を零せば、女は慌てて挙動不審になった。

「そっ、そんなにダメかな!?は、半間くんも怒る!?わた……私っ、嫌われる!!?」

知らねぇよという本心を飲み込み、何度ため息を吐き出したのか分からない。テーブルの上のティッシュを二枚ほど差し出して、長内は早く時間になってくれと願うばかりだった。

「う、ぐすッ……ありがと……」
「今からデートのくせに、俺が泣かしたみたいになるじゃねぇか。ちゃんと言っとけよ?」
「……わたしが、勝手に泣いてるだけなので……」
「おう」

彼女はメイクが崩れないように慎重に涙を拭う。長内はもう限界に近かった。早くこの場を去りたい。長内の中では比較的朝早くから呼び出されていた為、もう一度眠りにつきたかった。

「……ところで、今日の私は……」
「……」
「お、長内くん!それだけ聞いたらもう解散でいいから!答えて下さーい!」

ティッシュからそっと上目遣いに長内を窺う彼女の視線から逃れるように、長内は目元を片手で覆い天を仰いだ。最早怒鳴り散らす気力さえ無かった。

「あーいいと思うぞ。おーめちゃくちゃ可愛いんじゃねぇの。知んねぇけど」
「くっ……なんて適当なことを……!」
「俺に聞くのがそもそも間違いなんだよ。彼氏に聞けってんだ」
「だ、だってぇ〜!」

まだやるのか。懲りない彼女に最早かける言葉も無いと長内が諦めた時だった。

「よぉナマエ〜。男と一緒にいるなんて浮気かァ?」

気の抜ける平坦な声にナマエと呼ばれた女の肩が跳ねる。長内は漸く解放されると不思議な安心感さえ得た。
この男にこんな感情を抱く日が来るとは信じられないが、さっさと連れて行け。

「は、半間くん!?」
「おー」
「はァ……遅ぇぞテメェ。何チンタラしてやがった」
「あ?うるせぇよ歯ァ抜くぞ」

軽口の応酬もそこそこに長内はすっかり冷めきったコーヒーをグイッと飲み干して席を立つ。
これで今日はお役御免だ。さっさと帰って寝てしまおう。
ナマエの背後に立つ半間という男は零れる笑みを隠さない。

「おらナマエ。さっさと行ってこい」
「お、長内くん!ありがとう!また学校でね!」
「バイバイ長内クン。次はねェかんな」
「……頼むから俺を巻き込むな」

半間の横に並び立つナマエはしっかりと長内を見上げて手を振った。ナマエの頭に腕を乗せて長内に向かって中指を立てる半間はベェと長い舌を出した。
さらりと手を振って長内は漸くその場を後にすることが出来た。もうなんだか、胸がいっぱいで気持ちが悪い。コーヒーを一杯しか飲んでいないのに胃がキリキリと痛むようだ。

◇◇

「ご、ごめんね、半間くん」
「何が?」
「その……彼氏より先にデート服、友達に見せたらダメだって、長内くんが言ってたから」
「あ〜?」

長内と別れた二人は新宿の街を歩く。ナマエがしゅんと落ち込む隣で気怠げな声を出す半間は、上からナマエの旋毛を眺めた。
今日ナマエが履いている淡い色のスカートは制服のそれよりも少しだけ短く、普段は一つに結ばれている髪も下ろされて緩くカールを描いている。目元もオレンジで彩られキラキラと輝き、艶かな唇はキスを誘わているようだった。
服だけでなく、今日という日の為に自分を輝かせているナマエという存在そのものを、長内が自分より先に見たのかと思うとその眼球を抉り出したい衝動に駆られた。

「あー……次は俺が一番な」

やはり大人しく帰すべきではなかったか。眼球は抉れずとも脚や腕の一本や二本折っておくべきだった。
黒い感情を上手く隠しながら半間はナマエへ建前を述べた。本音はとてもじゃないが言えない。

「う、うんッ……あ、」
「どした?」

パァッと晴れやかな笑顔が一瞬で曇り、何かを言い淀むナマエに半間が首を傾げた。言葉の続きを待っていれば、か細い声でナマエが鳴いた。

「……あの、……いつも、長内くんに、服装チェック、してもらってたから、だから……あのね……!」
「……」

たまにアホになるよなァ。
半間は眉を寄せて葛藤するナマエを見つめ、何があったらこんな真面目なアホが完成するのかと疑問に思う。

「はァ〜……ダリィ……」

息を吐きながら半間が目元を手で覆い天を仰ぐ。涙を溜めた瞳が半間を見上げる。小動物さながらのナマエの様子に半間は胸が締め付けられるようだった。

「ご、ごめんなさい……」
「…………」

きゅ、と眉が寄り小さな手が鞄の紐を握りしめている。確かにナマエと出会ったのは長内の方が先だった。ナマエにも大切な友人だと言われたことがある。
だからといってこれは、俺が我慢しなければならない事か。

「……なぁ、ナマエ」
「っ……はい」

半間修二は普段は使わない頭で考える。ナマエの意思を尊重すべきか、否か。
しかし答えはすぐに出た。

「なァんで俺が長内に気ィ遣わんといけねぇんだよ」
「は、んま、くん……?」
「ナマエちゃんよォ、」

横を歩くナマエの手をするりと取り指の一本一本を丁寧に絡めていく。その手をナマエの目の高さまで持ち上げて、背を曲げてナマエの顔を覗き込む。
眉をへにょりと下げて不貞腐れたような表情を作って、半間は小さく声を出す。

「お前の一番は俺じゃねえのか?」

たとえお前の大切な友人である長内よりも、隣を歩く俺を優先すべきだろう。
さぁ、お前の心を俺に砕け。
半間修二は内心でそっとほくそ笑む。

◇◇

日が沈み辺りは薄暗くなっている。夕日に染まっていた景色は街灯の灯りに照らされるようになった。夜とは言い難い狭間の時間だ。

「今日は楽しかった!ありがとう!」
「ホントにあんなんで良かったのか?」
「半間くんの後ろに乗れて幸せでした!」

停めたバイクにもたれ掛かりナマエを見下ろす半間は、今日一日を振り返る。
ナマエを迎え、バイクに乗って東京と横浜を行ったり来たりしていた。以前からナマエにはバイクの後ろに乗りたいと言われていた。
ナマエの念願が叶ったのだが、半間としては些か不満だった。

「半間くん?どうかした?」
「……次は原宿とかで食べ歩きしよーぜ」

ナマエが殆ど自分の背中にいたせいで、半間はナマエの顔を見ていない。時々休憩でバイクを停めてその辺を歩いたり、高速のサービスエリアでおやつを食べたりした。それくらいしか、ナマエの正面や隣に居なかった。

「歩きでいいの?」
「いい」

バイクに乗りたいと言われた時は嬉しかったが、実際にやってみると少し不満が残る。次のデートは歩きでいいな。むしろ歩くわ。
半間は不思議そうに顔を傾げるナマエにそっと笑う。

「次のデート服は俺が最初、な?忘れんなよ」
「あ、う、……うん」
「長内に最初に見したら怒るかんな」
「……半間くんが怒ったら怖そう……」
「拳骨」

罪と手の甲に彫られた右手を握って、半間は愉しそうにナマエに笑いかける。怯えたナマエもまた可愛い。

「痛い……絶対痛い……陥没しちゃう……」
「そーならないように、約束は守ろうなァ?」
「がんばる……!」

ナマエが小さく拳を作る。さて、本当に約束が守られるか微妙なところだ。あとで長内にも釘を刺しておくか。冷静に分析する半間を見上げてナマエは夕日に染まる温かさを知る。

「どした?」
「半間くんが真っ赤だなぁと思って」

また変なことを言っている。半間は慣れたようにそうかよと笑って同じように赤く色付くナマエの頭にそっと手を置いた。

「じゃあ次は夜の街に染まるシュージくんもセットでどうよ?」
「、よッ……!?」
「ばはっ!ナマエ〜顔スゲー真っ赤!」

一体何を想像してくれたのだろうか。半間がニヤける顔を隠しもせずにナマエを見つめていれば、ナマエは両手で顔を覆い隠してしまった。
しかし耳だけは隠せていないようで、赤く染まったそれが半間の加虐心を唆る。

「楽しみだなァ?次のデート」
「あ、う……!」


頭に置いた手をそっとナマエの頬に滑らせて、ニヤける唇を抑えながらそのままナマエの唇に寄せた。
真っ赤な顔で目を見開くナマエは一瞬の半間をただ見つめていた。

「じゃーな」

チャリ、半間の左耳にさがるピアスが揺れる。
唇に手を当てて、ナマエはバイクに跨る半間を呆然と見ながら、ハッとして弁解の言葉を述べようと口を開いた。

「は、半間くん!」

夕日を背にバイクのエンジンを蒸かす半間は、ナマエの声に手を振って答える。ナマエは最後まで半間にヘルメット被ってねと言えなかった事を今になって思い出す。
ナマエのヘルメットも途中で調達したもので、半間は不思議そうにしていた。

「よ、夜って……」

原宿で食べ歩きデートではないのか。夜ってなんだ。どういうデートだ。夜に染まるしゅーじ君とはいったい。
疑問は尽きないまま、顔に集まった熱もなかなか下がらない。家に帰り、母に指摘されるまでナマエは半間と別れた後の記憶が無かった。

ナマエは待った。
半間にデートのお礼をメールで送り、次はいつにしようかと訪ねたそれに返事が来ることは無かった。
約束した夜は終ぞ来なかった。
×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -