明日は昨日よりきれいよ

「……なぁ」

俺はいつも鏡の中からその子を見ていた。その子と言っても歳は俺よりも若干上なのだが、その子は童顔なので年上には見えない。とにかく、俺はその子のことを鏡の中から見つめていた。
別にストーカーをしている訳ではなくて、任務も終わって暇な時とかその子は今何をしているのだろうと気になった時だけ、その子を探しに行くのだ。
アジトから外出する事が出来ないその子は二階建てのアジトの何処かに必ず居る。リビングルームでイタリアの国営放送を見たりサッカーを観ていたり、ダイニングにある大きなテーブルで勉強道具を広げてはイタリア語を勉強していたり、二階の各部屋を掃除していたり、その子は様々なことをしている。

「ヒカリ」

「あ……い、イルーゾォ?」

「Sì .(うん)」

今日俺がその子を見つけた場所は、二階にあるリーダーの部屋だった。その部屋はアジトで唯一、日当たりが良い場所にある。リーダーのリゾットはもっと暗い部屋で充分だと言っていたが、俺達チームメンバー総出でその部屋に押し込んだ。ただでさえ暗い仕事をしている俺達にだって陽の光を浴びる権利はあるだろう。

「何してたんだ?」

その子は窓辺に椅子を持ってきて腰掛けていた。日に当たりポカポカと温まっているそこは、きっと気持ちが良いだろう。眠たいのか時々瞼が落ちそうになるその子は、俺の質問に対して言葉に詰まりながらも返してくれた。

「あ……えと……私、聴いてた、音を……?」

自信なさげに眉を下げて疑問符を付けたその子は、曖昧にあははと笑ってみせた。どうにかその子の言いたいことを汲み取ってあげたかったが、俺も首を傾げるしか無かった。

「聴いてた?」

「……こっち」

リゾットの部屋にある立て掛けられた鏡の中にいる俺に向かって、その子は手招きをした。どうやら口では説明しにくいらしい。俺はのそりと鏡から這い出てその子のいる窓辺に向かう。外はまだ太陽が登っていて、世界は明るく照らされていた。

「あれ」

その子が窓からちょんと指を向けた先には、ストリートで楽器を演奏している者達がいた。アコースティックギターとアコーディオンという珍しい組み合わせの2人組だった。少し距離があるが、この部屋からしか見えない景色だ。

「あぁ。ストリートね」

なるほど、確かに「音」を聴いている。窓を閉じていても、彼らの緩やかな音が聴こえてくる。彼らの目の前に観客は誰も居ないが、それでも彼らは演奏を止めなかった。楽しそうに、時折下手くそな歌声で世界は美しいものとウマいもので溢れていると歌っていた。
決して名曲などには成りえないだろうが、不思議と耳を傾けたくなる音だった。

「意味分かってんの?」

「うーん…………少しだけ」

親指と人差し指で摘むような仕草を見せたその子、ヒカリは、また窓の外の音楽家に意識を向けてしまった。椅子の上で膝を抱えて頬杖を付いて窓の外を眺めているその姿は、イタリアの女では見ることが出来ない。彼女達は慎ましさなんて言葉を知らないだろう。それはこの子が日本人であり、日本人だからこその優雅さを持っているのだと思った。
ふと我に返り、なんて事を考えているんだと、羞恥から頭を抱えた。

「……」

目を覆っていた掌を少しずらして、指の隙間からヒカリを見つめた。伏せられた瞳に掛かる睫毛の影が頬に落ちる。真っ黒な筈の髪の毛が日に煌めき透明度を増している。俺も髪が黒いけど、彼女の持つそれとは比べられない程に、その子は美しい色を持っていた。
何かを紡ごうと開かれた唇は音を出すことが出来ずに、そっと小さく空気だけが漏れ出ていた。

「……」

「やァやァヒカリ!マた聴イテルの?」

「――ッうおぉぉ!?」

背後から突然かけられた声に、思わず肩が跳ね上がり壁に張り付くように身体を仰け反らせた。驚きすぎて心臓が口から飛び出すんじゃあないかと本気で思った。椅子に座っていたヒカリも驚愕の表情を浮かべていた。俺に対してなのか、それとも別の者に対してなのかはこの際どうでもいい。

『びっ、くりしたぁ……』

「ゴミンね?驚イタ?びっくりシタ?」

『うん』

バクバクと高速で脈動する心臓は治まらない。ヒカリの背後に立っている白い人物がカラカラと笑っていた。目を丸くして漸く現実に理解が追い付いてきた。

「おっ、い、……おまッ……!」

震える指先をそいつに向けた。暗殺チームに所属している男のくせにビビってんなよと漢気溢れるプロシュートあたりには言われてしまいそうな程に、俺は今腰が引けている。人殺しは出来ても驚く事はある。だって人間なんだから。

「ン?ア、いるぞぉダ。居タノ?」

「おまえッ、突然出てくんじゃあねーよ!!びっくりしたよ!」

「気付カナカッタ〜はハハ〜」

「こンの……!!」

全身真っ白なひょろひょろのそれは、ヒカリのスタンド『ホールド・スリーパー』だった。渦巻きのような模様の瞳を細めていつも楽しそうに笑っている。スタンドで喋るやつなんて初めて見たが、こんなにも喧しいものなら喋らなくていいなと思ったものだ。常時発動型でヒカリでは制御が出来ない為、今回のように何も無い空間にパッと姿を現すので俺の心臓にすこぶる悪い。

『今日は何処に行ってきたの?』

「ン?今日はネ〜愛シのアの子に会イに行ッタの〜!」

ヒカリのスタンドである奴は、ヒカリにも俺達にも分かる言語で喋る。原理は知らない。気にはなるが、奴はニンマリ笑うだけで教えてくれたことは無い。だからヒカリは奴と話す時は日本語を使用する為、俺にはヒカリがなんと言っているのかは分からない。

「ケッ……ストーカーの間違いだろ」

「違ウも〜ン!いるぞぉと一緒にシナイで〜!」

「俺だって違ぇよ!」

ヒカリの言っていることは分からないが、奴の言っていることは分かるから、つい突っかかってしまう。奴の言う「あの子」がどの人物を指すのか知らないが、スタンド使いでもない限り奴の姿は一般人には見えないから、会ったという表現を使うのはおかしいだろうと思ってしまう。

『あの子には会えた?』

「会エタよ〜!ンふふ〜今日も美シカッタ〜!」

「うわァ……」

ヒカリは楽しそうに奴の話に耳を傾けている。頬に両手合わせて6本しかない指を当てて照れたようにはにかむ奴に俺は思わず引いた。幾らヒカリのスタンドであろうと、自我のあるタイプの奴は別離で考えるべきだろう。決してヒカリに引いている訳では無いのだから。

「アぁ〜アの丸イふぉるむダよ〜!ナンテ美シイ曲線!スラリと伸ビタ腕!脚!シナヤカな身体!きゃー!素敵〜!」

「うるっせぇなー……」

身振り手振りを混じえて「あの子」がいかに美しいかを語っている奴の声を聞きたくないと耳に手を当ててみても、現状は大して変わらない。
それから暫く、そいつは俺とヒカリの居る空間に居座り続け、俺が零そうとしていた言葉はついぞ表に出ることは無かった。

▲▼▲

「……何?しくじった?」

「うっそ、マジで?」

アジトのリビングにて、電話を片手に持ったリーダーのリゾットが眉を顰めた。外に出ているメンバーはプロシュートとホルマジオの2人だ。だからアジトに居残っている俺とメローネは顔を見合わせて目を丸くした。あの2人が任務をしくじるだなんて、太陽が西から東へ沈むくらいに有り得ない。

「あぁ……分かった」

ヒソヒソとメローネと小さく言葉を交わしていた俺達を他所に、リーダーはほっと息を吐いた。肩が少しだけ上下した所を見ると安堵した、という表現が正しいだろうか。

「どっちだと思う?」

「そりゃあ、ホルマジオだろ」

「プロシュートだって分かんねぇぞ。ホルマジオは小さくなるんだしよォ」

ソルベとジェラートは直帰、ギアッチョは別の任務で此処には居ない、ペッシは休み。アジトに居るのはリゾットとメローネと俺、そして部屋でぐっすり眠っているであろうヒカリだけ。
どの程度しくじったのか分からないが、電話を掛けてきてそう報告をするのなら、何方かが怪我でもしたのだろう。メローネはホルマジオ、俺はプロシュートが怪我をしたと賭けをする。

「明日の昼飯」

「乗った」

「下らない事をするな」

賭けが成立した所へリゾットが窘めに声をかけた。窘めるだけで咎める事はしない。そういう所がリーダーは甘いなと俺は時々感じるのだ。任務では冷徹なまでに完璧に熟すくせに、アジトではその暗殺者の面影はなりを潜める。

「あと30分では帰るそうだ。お前達、手当ての準備をしておけ」

「採血したら怒るかな?」

「そりゃあおめぇー……直だろ」

一度、プロシュートの傷口から血液を採取しようとしたメローネは、直にプロシュートの老化能力を食らっている。懲りずに再犯に及ぼうとするその思考回路には驚きだ。ホルマジオは「気持ちわりぃ」と一蹴するだけだろうが、プロシュートはマジにやばい奴で冗談が通じない頭の固いヤローなのだ。

「ちぇ〜……まぁ、いっか」

「メローネ、救急箱取ってこいよ」

「はいよ〜」

俺達は立ち上がり準備に取り掛かった。俺は取り敢えずバスタオルを取りに行き、メローネはアジトのどっかに仕舞われている救急箱を取りに行った。

「あ、ヒカリじゃないか!起きてきたのか?」

「……ッ」

廊下に出た所でメローネのそんな声が聞こえてきて、俺は思わず身体が硬直した。あの子は眠っている筈だろう。何故今あの子の名前が聞こえてくるのだ。

「……めろーね?」

「うん。俺はメローネだ。ヒカリ、寝惚けているな?ほら、俺の手に掴まって」

「……ん」

2階へ続く階段の中腹で、あの子、ヒカリは落ちてくる瞼をどうにか持ち上げながら手摺に左手を添えていた。メローネはヒカリの傍まで階段を上り、物語の王子様よろしくあの子に手を差し出した。

「さぁ、ゆっくりだぞ。ゆっくり、下りてこい」

ヒカリの手を引きながら、メローネは言葉通りにヒカリを階段下まで連れてきた。家の中にいるのに裸足のままのヒカリの足元を見て、俺は密かに眉を寄せた。またこの子は、裸足のままで下りてきやがった。

「ヒカリ、スリッパを履いて来なかったのか?」

日本人であるヒカリは家の中では靴を履かない。だからと言って裸足で歩き回るのも可哀想だと言うことで、彼女には室内で履くスリッパが与えられている。けれど眠気には勝てなかったのだろう。
眠け眼のヒカリに近寄って尋ねれば、首を傾げながらふにゃりと笑った。可愛いがそうじゃねぇ。

「ヒカリお前、水でも飲みに来たのか?」

「みず……Sì」

「じゃあ俺が連れていく。メローネ、てめぇは早く取りに行け」

「……ちぇッ、良いとこ取りしやがって」

メローネからヒカリの手を取り、俺はさっさと行けとメローネを追いやる。不服そうな表情をしながらもメローネは足取り軽く階段を駆け上がって行った。漸く眼を擦らなくなったヒカリは俺を見上げて首を傾げていた。

「……イルーゾォ?」

「うん……水、飲みたいんだったな」

バスタオルを取ってリビングに戻りたいが、ヒカリも連れていくことは無い。どうしようかとも思ったが、俺は取り敢えずヒカリの手を引っ張ってタオルを取りに行く。彼らが帰ってくるのに30分はかかると言っていたから、この子を連れて行った所で鉢合わせるとは思わなかった。

「……なぁ、ヒカリ」

バスタオルを5枚程腕に抱えてリビングを目指す。そこを抜けなければキッチンにはたどり着けない。静まり返るアジトの廊下には二人分の足音が響いている。俺の呼びかけた声に彼女は小さく反応してくれた。

「……」

言いたい事はいつも言えなかった。言葉が喉に詰まって、開けた口からは空気しか漏れず、結局は唇を閉ざしてしまう。リーダーの部屋でヒカリと二人きりになった時もそうだった。あの時は邪魔が入った事もあり余計に言い出す事が出来なかったが、それからも言う事が出来なかった。
リビングに続く扉の前に立つ。この向こうにリーダーが居る。メローネはまだ救急箱を探しているかもしれない。ヒカリに伝えるなら今しかないのではないか。

「……お前、逃げたくならないのか?」

ヒカリと繋がれた手が熱い。

「え……?」

彼女が今どんな顔をしているのか知りたいけれど、情けない面をしている俺を彼女に見せたくない。葛藤は続く。俺は扉を正面にしたまま、ヒカリが聞き取れる位のスピードで言葉を紡ぐ。

「今まで平和な世界で生きてきたんだろ?それがこんな、血腥い世界を経験しちまって……辛いだろう?」

此処に来た初めの頃はずっと、彼女は与えられた部屋で泣いていた。今でこそ俺達と話すようになり距離が縮まっているが、それでもヒカリが生きてきた世界は此処では無い何処かだ。

「こんな……人殺しの集団と一緒に住んで……」

怖くないのか。これだけが俺の気掛かりだったけれど、俺が自分の唇を噛み締めたからその言葉は音にならなかった。何を聞こうとしているのだろう。これで彼女が辛い、怖い、元の世界に帰りたいなんて言ったら、俺は、この手を離してやれるのか。

「……俺、……」

もしかしたら怖いのは俺の方かもしれない。ヒカリに訊ねたこと全て、俺が思っている事なのかもしない。怖いのだ。俺は。何の力も無い女の子に、今まで血さえ見たことがないような脆弱な女の子に、ただ嫌われるのが怖いのだと、もう俺に笑いかけてくれなくなったら嫌だと、自覚をしたら酷く情けない気分になった。なんて女々しい。かっこ悪い。

「イルーゾォ、私……好き、だよ、みんな」

「――ッ」

「怖く、ない。……好き」

文法通りとはいかないが、それでもきちんと単語を並べて自分の言いたい事を音に乗せたヒカリに勢いよく振り向けば、少し照れくさそうにはにかんでいた。その表情を見て、俺の心はふっと軽くなった気がした。俺の言葉なんて殆ど分かっていない筈なのに、それでも言葉をくれた自分よりも遥かに小さな彼女は、偉大な心を持っていた。

「……そっ、か」

ポツリと零れた納得の言葉に、彼女はコクリと首を振った。ヒカリは物事を楽観視するような性格ではないので、これは全て俺の杞憂だったという事になる。そう考えると途端に恥ずかしくなった。鏡の中に逃げ込みたい。

「……ったか、おい、どうし……?」

「あー、実は……でよォ……」

「……くそッ……ったがなァ!」

扉を隔てた向こうから騒がしい声が聞こえてきた。どうやら30分と経たずに2人が帰ってきたらしい。リゾットが何か声を掛けている。
キッチンに行くにはリビングを通らなければならない。ヒカリを、リビングに通さなければならない。たらりと冷や汗が背中を伝った。不思議そうな顔で俺を見つめる彼女の無垢な瞳に不安げな顔をした俺が映る。

「……なぁ、ヒカリ」

「ん?」

「逃げたくなったら、いつでも俺に言え」

「……」

「せめて鏡の中に、お前を逃がすくらいなら出来るから」

それが、今俺に言える精一杯だった。ヒカリが逃げたいと言うのなら、一緒に逃げる事は出来ないけれど、その小さな手を引いて鏡の世界に入る事を許可してやれる。それぐらいなら、いや寧ろそれぐらいしか俺に出来る事は無い。
あまり深く理解していないヒカリは首を傾げながらも「Grazie」と丁寧に言った。そんな彼女に笑いかけてから、俺は覚悟を決めて扉を開いた。

「おかえり」

「……あ」

扉を開ければ目を丸くしたホルマジオが立っていた。リーダーはやっと来たかと言いたげな顔で俺を見ていたが、ヒカリを見つけて目を細めた。静寂が広がるリビングにプロシュートの苦しげな息遣いはよく響いた。メローネはまだ居ない。

「ヒカリ、なんで……」

「水飲みに起きてきたらしい」

「……あぁ、そうか」

いつから俺達はたった一人の女に気を遣うようになったんだろうか。多分誰も覚えていない。日本人らしく脱がなくてもいい靴を脱いで丁寧に頭を下げて、知らぬ間に俺達の中にこの子は入ってきた。そんな事された事も無いから誰もが過保護になるし、出来れば血腥いものは見せたくない。

「はァ、あ……ゲホッ、ゴホッ……!」

プロシュートの荒い息遣いが聞こえる。ソファの端からはみ出る長い脚はきっとプロシュートのものだ。ヒカリの手を引いてキッチンに向かおうと思ったが、俺の手を握るヒカリの手が強ばったのを感じた。きっと誰が負傷したのか察したのだろう。

「プ、プロシュート……?」

寝起きという事もあってさっきまで朗らかな雰囲気を纏っていたヒカリは、もう居ない。誰がソファに横たわっているのかを認識してから彼女の表情は今にも泣きそうだった。微かに震える唇を見て、俺は彼女の手を引いてソファに誘導してやる。

「……」

ホルマジオが正気かと目で語りかけてくる。俺はそれに瞬き一つで返す。ゆっくりと裸足を引き摺るように歩く姿から、彼女がどれだけ怯えているかが分かる。リゾットは何も言わない。

「……ハァ、ハァ……クソッ……!」

プロシュートは横腹を抑えて歯を食いしばっていた。銃弾が掠めたらしい。プロシュートお気に入りのスーツがじわじわと濃い色に染まっていく。俺は持ってきたタオルをそこに押し当てた。

「ぐあッ……てめ、イルーゾォ……!」

「消毒液が来るまではそれで抑えてろ」

「……くそ……!」

暗がりの中で眼を凝らせば、所々スーツに汚れが付着していた。どうやら銃弾だけでは無いようだ。俺は立ってプロシュートを見下ろしたが、ヒカリは膝を付いてプロシュートの苦しげな顔を覗き込んでいた。

「プロ、シュート……」

「あ……?……ヒカリ……?」

額に汗を滲ませながらプロシュートは苦痛に耐えていた。けれどどうしてヒカリの方が苦しそうな表情をしているのだろう。ペタリと床に座り込んでしまったヒカリはきゅ、と唇を固く結んでしまった。

「は……泣き、そうな……顔……ゲホッ……」

弱々しくも強気を見せようとするプロシュートが、タオルを抑えていない方の手をよろよろと伸ばした。その手がヒカリの頬に触れて、俺は漸く脚を動かす決意をした。

「……イルーゾォ、何処行くんだ?」

「水……取りに行ってくる」

ホルマジオに声をかけられ視線を向けずにそう答えた。ヒカリの当初の目的は水を飲む事だ。けれど彼女はもう彼処から動けないだろう。目に映る全て、ヒカリはプロシュートしか見えていない。

「……」

プロシュートも心の奥底ではヒカリを想っているのだろうが、口には出さない。きっとヒカリがこの世界から逃げようとしたら、一番怒るのも一番悲しむのも、そして一番安堵するのも多分プロシュートだ。彼ならすぐに勘付くのだろうが、俺はプロシュートよりもヒカリの味方だ。あの子が逃げたいと心から思ったなら、その時は。

「……泣くな、ヒカリ」

「……ッ!」

音も無く雨のように涙を落とすヒカリにそっと微笑むプロシュートは、彼女の頬に触れたまま。


――どうやら君は囚われたまま、この世界を生きなければならない様だ。



企画サイト「Ash.」へ提出。


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