リゾット・ネェロという男・2
「……彼処だ」
「ハぁ〜大キな家だ〜」
全貌が見える位置から顔を出し、そいつに確認させる。今回のターゲットの家ではなく、友人の家だと情報部からの資料に書かれていた。今日この豪邸にターゲットは訪れているらしい。
「ジゃ、イッテキまーす」
「待て」
そいつは俺に詳細を何も聞かずに豪邸に入っていこうとした。勝手に動くな。
「俺も行く」
「ワぁ!りーだーも来テクれルの?ヤッタ〜!一緒行コ〜」
「……」
一人で行こうとしていたから単独行動を好むのかと思えば、俺も同行することに声を上げた。そいつに腕を引かれながらステルスで周りの景色と体を同化させる。鼻歌を歌い出すそいつに静かにしろと言いたいが、どうせスタンド使いにしかこいつの姿は見えないのだから意味無いかと思い直し、好きにさせた。
「フンふーん、たらりら〜」
そいつの口ずさむ歌は聞き覚えがなく、歌詞を一切出さない所を見るとそいつは歌詞を知らないのだろうと思う。静かな豪邸の廊下にそいつの間抜けた歌は、俺の耳にはよく響く。
「あ、りーだー。アノ人?」
「ん?」
長い廊下をただ真っ直ぐに進んでいれば、そいつが俺に声をかけた。そいつの視線を辿れば正面を向いていて、此方に向かって歩いてくる独特な丸みを帯びた人がいた。今回のターゲットだ。
「あぁ、そうだ」
「よ〜シ、チょっト待っテて〜」
「?」
俺の手をするりと離してそいつはトコトコと歩いていった。何をするつもりかと注視していれば、ターゲットの頭にそいつは掌を触れさせていた。奴の掌には確か妙な球体が埋め込まれていた筈だ。あれを使うのだろうが、どのように使うのかは検討も付かない。というか何をやっているんだ、などと、色々と考えを巡らせていれば、そいつが満面の笑みを浮かべながらこちらに向かってきた。
「ンふふ〜」
「……情報は手に入れられたのか?」
「ばっチシ!」
自信満々にそう言う奴に疑いの目を向ける。掌を翳していただけで情報は手に入れられるのか。俺の視線に気づいたのか、そいつは小首を傾げてニンマリ笑った。
「後で見セテアゲル〜」
「……見せて……?」
「んフフ〜帰ロ〜」
詳細は誤魔化され、奴は再び俺の手を取って玄関に向かう。何故俺は会って数時間も経たない奴に、それもスタンドに手を引かれているのだろう。まるで子供のようなそいつの行動に最早怒りさえ湧いてこない。それにしても、もう仕事が一つ終わってしまったと気付くのは、豪邸を後にして暫くのことだった。
▲▼▲
「……ほぅ」
「どォ?どォ?」
「……悪くない」
「へっへー!」
帰路に着くその道中で、奴はスタンド能力を話した。『隔離する』能力と奴は言った。掌に埋め込まれた球体で人間の頭に触れることで、情報(というか、人間の場合は「記憶」らしいが)を抜き取ることができ、それを奴は『隔離』と表現した。一度奴が視覚情報で得たものは決して忘れることがないらしく、情報を抜き取らなくても人の頭に触れて記憶を覗き見ることも可能らしい。さっきの対象者にはそれを行ったと言っていた。
そして覗き見た記憶は、他人に見せることもできるらしい。
「……使えるな、お前」
奴は俺の額に球体を当てて、その情報を見せてくれた。知りたかったことは知ることができた。素直に賞賛を述べれば体をモジモジとくねらせていた。なんだ、それは、照れているのか。
「え、へへ……褒メラレタ」
螺旋模様の瞳が細まる。女を守るようにしていたあの態度は何処へやら、今俺の目の前にいるのはただの大きな子供だ。はぁと息を吐いて、俺は奴の認識を改める。
「……アジトに置いてやってもいい」
「ほ、ホントっ?」
「あぁ。お前は有能だ」
ここへ奴を連れてきた目的を思い出した。女をアジトに置いて欲しい。自分が働くから。スタンドのくせに何処まで人間じみていればいいのだろうか。今にも飛び跳ねそうな奴を言葉で留める。
「ただし、条件がある」
「ン?何デモ言ッテよ〜!」
「お前の本体である女について、詳細を教えろ」
スタンドには少し馬鹿な印象を受けた。言動、行動の全てにおいて幼稚で稚拙だった。それが本体である女の影響を受けているのなら扱いやすいのかもしれない。だが、そうではないのなら。スタンドとは真逆の性格だったなら。俺はチームを危険には晒せない。
「ヒカリのコト?イイよイイよ〜アノ子のコトなら教えエルよ〜好キなモノ?嫌イなモノ?起キル時間?寝ル時間?朝食ベルもの?何デモ聞イテ〜!」
俺の目の前で体をくねらせ変なステップで踊り出すのは止めて欲しい。もっと渋ると思っていたのに、これには拍子抜けだった。本体を守ろうという意思はあるのに本体の情報はあけすけに教えるとは、いったいどういう神経をしているのか。スタンドであるこいつのことは全く理解できなかった。
「ね、りーダー早ク帰ロウ!ヒカリが起キテルかもシレない!ワタシ言イタイことたくさんデキタ!皆と仲良クお喋リしたイ!」
「おいっ……」
奴は俺の腕を引っ張って足早に帰路につく。奴を見ていると、遠い昔の記憶が滲んでしまう。
あぁ、あの子もこんな風に俺の手を引いて笑っていたっけ。
顔も思い出せないあの子は、もういない。