リゾット・ネェロという男・1

「この男の情報を掴めるか?」

一枚の写真をそいつに見せる。丸いフォルムはブタを連想させる。下卑た笑みを浮かべている、その男が今回の暗殺のターゲットだった。
何をやっているんだと自分に呆れる。けれど何かせねば、させてやらねば、目の前の存在は俺にずっと引っ付いてくるのだろう。その鬱陶しさを考えれば、早々に仕事を与えてやった方が良い。それに、ジェラートが瞳を輝かせ、ソルベが不安そうに眉を下げて俺を見てきたから、というのも理由の一つだろうか。

「ソノ人が何処に居ルか分カレバ、ワタシ情報分カルよ」

真っ白な体、渦を巻く瞳、目元を覆い隠すような色の薄いバンド、機械仕掛けの耳、三本しか指の無い手。俺の目の前でにんまりと笑みを浮かべるそれは、まるで人間のような姿かたちをしている。胡散臭い。そもそも俺はこのスタンドを名乗る存在を信じていない。プロシュートが言うから、彼の言葉を信じているだけだ。俺は瞳を細めてそれを見る。

「で?そいつは何処にいんだ?」

テーブルに置かれた写真の男を指差して、ホルマジオはそう言った。あいつがいつも座る定位置には今、この得体の知れないスタンドの本体が眠っている。息が荒く、胸が大きく上下していた。女のスタンド使いは、見たことが無かった。
床に直接腰を下ろしテーブルに顎を乗せて俺を見上げるそいつは、目を丸くしながら顔を揺らす。

「ねェりーだー、ワタシね〜ソノ人に会ワナキャ情報収集デキナイの〜」

「なに……?」

「デモほラ、ワタシすたんどダから誰ニモ見エナイし〜ダイジョブ〜」

何が楽しいのか、まるで子供のように笑みを浮かべるそれは、不気味だった。自分の能力を教えようとしないそいつは、けれど「できる」と言う。信用していないそいつの言葉を俺は信じなければいけないのか。リーダーと、誰も教えていないのに俺を呼ぶそいつに悟られないように息を吐いた。

「……行くぞ」

「は〜イ」

ホルマジオの質問には結局答えず、俺はソファから立ち上がった。気の抜ける返事に再度肩を落とす。俺が目を向ける前に、ジェラートが手を振り、ソルベが無表情を貫き、ホルマジオが心配そうな表情をして、プロシュートが奥歯を噛み締め何かに耐えているような顔をしているのを見た。そして、スタンドのそいつが本体である女の頬に手を当てて微笑む姿があった。
俺は本当に、何をやっているんだ。


▲▼▲


「ンフふ〜フ〜ん〜タラりら〜リリ〜ごーン」

「……」

俺の隣を鼻歌を交えながら楽しげに歩くこいつの頭はイカれている。周りから奇異な目で見られる事は無いが、鬱陶しい事この上ない。浮き足立っているのかスキップまでしているこいつを見て、俺は自分に対してため息を吐く。こんな奴を本当に信用していいのだろうか。

「ルるる〜ら〜、あ」

不意に歌を切ったそいつは、何かを瞳で捉えていた。一般人の目には映らないこいつは誰を、何を見つけたと言うのだろうか。俺は歩みを止めない。そいつも行動を止めることはしなかった。けれど、何かに意識が奪われている事は確かだった。

「……おい、何を見ているんだ」

歩きながら、周囲に聞こえないように小さく囁いた。先程まで確かに自分の足で歩いていた筈なのに、今は俺の隣をふよふよと漂っていた。ほんの少し目を丸くした。

「……ナンデモ無イよ」

何でも無いと言う割に、けれど視線だけは外そうとしなかった。一体何を見ているのだと奴の視線の先を辿れば、一つの扉があった。アパートが連なる中にポツンと一つだけ、息を潜めるようにひっそりとそれは有った。それをじっと見つめていれば、窓ガラスに一瞬人影が揺らいだ気がした。

「……アノね、りーだー」

俺の服の裾を摘んで、奴は俺を呼んだ。名も、役割さえも教えていないのに、こいつは何故俺をリーダーと呼べたのか。疑問は尽きない。

「彼処、知ッテル?」

そう言って、たった三本しかない指で示した先には、その扉があった。

「知らないし、興味も無い」

「……ソう」

「行くぞ」

何処にでもあるただのアパートの扉だ。何を気にする事があるというのか。先を促せばついてくるが、そいつの視線だけは扉を向いている。あれはただの扉であり、その向こうは特に変わった事は無い普通のアパートの一室である筈だ。何を気に掛ける事があるのだろう。

「ねェりーだー。ワタシ勝手に喋ルから、聞イテ欲シイの」

「……」

俺の足取りに合わせて付いてくるそいつは、そんな事を言った。チラリと目線だけをそいつに向ければ、螺旋模様の瞳が見えた。聞くだけならば、構わないだろう。そう思って俺は無言を貫いた。

「ヒカリはネ、ほんとに何も知ラナイの。普通の女の子ナの」

「……」

「いたりあ語も分カラナイ、力も無イし……だカラ、怖ガラせなイデ欲シイの」

「……」

「皆、顔が怖インだカラ、ヒカリが可哀想だヨ」

「……」

「ヒカリもウ起キタかな?怖イ思イしてなきャいイけど……」

好き勝手に喋るそいつの言葉をなんとなく聞いていた。このスタンドの本体である女を思い出して、確かに脆弱そうだと感じた。アジトのソファで眠りについているその女は、こいつの言葉を信じれば何も知らないと言う。プロシュートが連れてきたとは言え、暗殺を生業としている俺達にとって得体の知れないものには慎重になる。

「ほるまじおは顔が怖イからネ。モシカシたらヒカリが泣イチャウかも……」

俺の隣でブツブツと止まらないお喋りを続けるそいつを横目で見た。パワーが無さそうな外見をしている。頭も弱いのか、喋り方がどうにも幼稚だった。

「……デモ、ぷろしゅーとが居ルからだいじょぶカナ〜」

金糸の煌めく男を思い出して、俺は密かにため息を吐き出した。何故このスタンドは、プロシュートに信頼を寄せているのだろうか。
俺の中で募る疑問をそのままに、今はただ任務の事だけを考えていたかった。



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