君はまだ夢を見ている

「イい?ホン〜の、チョットよ!?」

「分ぁーってるって。しつけぇ〜なァ」

「うッウゥ〜ヒカリの柔肌に傷がァ〜……」

「何も泣くことねぇーだろーがよォ〜」

スタンドが如何にアホそうでも本体がそうとは限らない。だからリゾットは話を聞く前に女に能力を掛けさせろと言ったのだ。渋るかと思ったが予測していたかのようにホルマジオに顔を向けて、傷付ける度合いを指で示していた。だからそれは割合ゼロだろうが。

「顔はダメよ!女の子ダモン!」

「じゃあ何処ならいんだよ」

「ン〜…………」

本当に女に傷を作って欲しくないらしい。奴は女の身体をぺたぺた触り始めて頭を抱えるも、良い答えが出せないでいる様だった。螺旋模様の瞳が沈む。

「指先にちょっとでいんだよ、俺だって」

「ン……」

「んな落ち込むなって〜。掠り傷程度で済ますからよ」

「ウン……」

ソファの背に腕を乗せて奴を見ていたホルマジオは同情を覚えてしまったらしい。サディストではあるがそれでいて面倒みのある性格でもある。漸く納得したのか、奴は女の左手を取ってホルマジオに向けた。

「泣きそうな顔すんなっての。やりづれぇ……」

「コレばッカリは嫌ナの……」

「へーへー。ほんのちょっとなぁ〜」

傍に出現したロボットのような見た目をしたリトル・フィートが、その指に付いた長い刃を女の掌に近付けていく。奴が再三言う「ほんのちょっと」の傷を付けるという事は、ホルマジオは精密な動作を必要に迫られている事になる。言葉を発しないのがその証拠だ。

「……ねェ、りーふぃー」

あと少しで刃が皮膚に触れるという所で、奴がホルマジオに声をかけた。いや、寧ろスタンドであるリトル・フィートに声をかけた、と言った方が正しい。しかも変な愛称で呼んだ。眉を寄せたのは本体であるホルマジオだけではない。

「……本当にチョッとよ?」

「……しつけぇ〜な」

スタンドに話しかけた所で返事が返ってくる訳でも無い。それなのに奴はリトル・フィートに言葉を掛けて視線を投げて訴えた。流石にホルマジオに同情を感じた所でリゾットが「さっさとやれ」と視線を送った。頭を掻いていつもの口癖を零して、ホルマジオは漸く覚悟を決めた。

「しょうがねぇなァ〜」

「ひ〜ン……!」

ホルマジオがリトル・フィートに命じる。スタンドの飛び出た刃がそっと女の掌に喰い込んでいく。それはまるで小さな針でチクリと刺すように、普段の仕事ではやらない動きをしている。ホルマジオの額から一粒の雫が流れ落ちた。

「アう〜……」

「ほら見ろよ。おめェの注文通り、ほんのちょっとだろォ?」

「……うン……」

女の掌にはぷくりと赤い粒が乗っていた。奴はその手を取って労わるような目で見つめている。左手を上下左右あらゆる角度から眺め、それからそっと指先に唇を落とした。たかが本体の身体に小さな傷を付けたくらいで大袈裟な野郎だと思っていれば、リゾットが「話を続けるぞ」と冷静に切り出した。

「お前の名は?」

「……りーだーは血モ涙モ無イのカシラッて、タマに思ウよ」

質問の答えを返さずに奴はリゾットに嫌味を込めた言葉を吐いた。俺が何か言い返そうとした時、奴がこちらを向いたものだから、思わず呆気に取られてしまった。

「……いいから、名前はあるのか」

「有ルよ」

笑ったのだ。螺旋を細めて、やはり慈愛を込めてリゾットを見つめていた。動揺を感じさせないリゾットは今度は強めの口調で同じ事を問うた。

「ワタシの名前は『ホールド・スリーパー』。ヨロシクね」

真っ白な奴は唇を上げて笑った。宜しくだなんて、どんな神経してるから出てくる言葉なのか疑問だ。

「なぁ、どんな能力なの?」

沈黙を守っていた筈のジェラートが奴に向かって問いかけた。彼を抱えているソルベがぎょっと目を剥いて、ホルマジオとリゾットは興味が唆られたのか奴に目を向けている。

「隔離スル能力よ」

「……隔離?」

「ウん」

奴、ホールド・スリーパーはジェラートに顔を向けてへらへらと笑っている。警戒心剥き出しのソルベの事は全く気にしていないようだ。能力の詳細を話そうとしないホールド・スリーパーにジェラートがさらに踏み込もうとした時、奴が瞳を細めた。

「アノね、りーだー。取引シタイの」

「……は?」

上半身を乗り出していたリゾットは、ホールド・スリーパーを睨むように見つめている。俺とホルマジオは顔を合わせて固唾を飲んだ。一体何を言ってるんだ、こいつは。

「ワタシ此処で働クから、ヒカリを此処に置イテ欲シイの」

どうやら聞き間違いではないらしいが、果たしてそれは取引になるのだろうか。

「……使えるのか、お前は」

リゾットは考えている。俺達の情報を持っているこのスタンドを此処で逃してしまったら危険だ。けれどこんな得体の知れない奴をアジトに置くのも危ないかもしれない。俺はソファに横たわる女に視線を投げた。苦しそうに時折眉を寄せては息を吐いている。

「情報収集が出来ルよ。デもワタシ、ぱわー無イし、すぴーど無イの。情報収集ダケ」

「……」

ソファに身体を埋めて、リゾットは頬杖をついて熟考している。このスタンドをどうするべきか、悩んでいる。

「ヒカリの安全が一番ナの。此処に居ルのが一番ナの。オ願イりーだー、此処に置イテよ〜」

「いまいちシリアスになれねぇな〜、お前……」

「りーだ〜」

真面目な顔で取引を持ち掛けてきた奴がお願いと口にする。真剣な話をしている筈なのに奴が喋るだけで途端にその空気は霧散していく。ホルマジオも呆れたように笑みを零した。

「まぁ、まずは仕事が出来るか試してみるのもアリなんじゃない?リーダー」

ジェラートはもうホールド・スリーパーを警戒していないらしい。ソルベの腕の中から出てきて奴の隣にしゃがんでいる。指先でつんつんとホールド・スリーパーの身体に触れているジェラートを見て、ソルベは心配そうな表情をしていた。

「つんつんシナイで〜」

「おもしれー。普通の皮膚みたい」

「お、おい……!」

「ソルベも触ってみなよ」

「ア、触ル?イいよイいよ」

ホールド・スリーパーとジェラートが同じ顔でソルベを見つめた。ソルベは渋い顔をしていたがジェラートに手招かれて仕方ないと言うようにため息を吐いた。リゾットはその様子をじっと眺めている。

「……」

「お前指が3本しかないの?」

「ソうよ〜」

「なんだ、この掌の球体」

「ワタシの武器よ!」

「これが?」

てめぇら、馴染んでんじゃあねぇよ。
輪に混ざりたそうな顔をしているホルマジオを含め、俺達は全員漏れなく奴の空気に呑まれてしまっている。
リゾットだけが奴を見極めるように感覚を研ぎ澄ませているが、こいつもあの輪に入りたいと密かに思っている事を長年の付き合いである俺は知っている。

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