リボンを結んで戦闘態勢

ソファの上に投げられたスピーカーから聞こえる男の声と、女の甘く、高い声。その声は明らかに昨晩の私とあの人のもので、スピーカーを放り投げた張本人は私を軽蔑するかのような表情を浮かべて、私の目の前に立っていた。

「びっくりですよ。まさか、貴女があのライとそういう関係だったなんて」
「…あなたにそんなこと言われる筋合いはないわ」

品定めをするかのように私を上から下まで眺めるバーボンのその青い瞳を、直視できなかった。ライーーつまり、赤井秀一は私の本当の上司。FBIから一緒にこの組織へ潜入して、なんとか情報を握ろうと必死になって任務をこなしてきた。任務遂行に必死になるあまり、ここ2年ほど赤井さんにも会っていなかったのに、つい1週間ほど前、初めて彼との共同任務を任されたのがきっかけとなって、夜を共にした。赤井さんも私も責任と疲労に押しつぶされそうになっていたのがトリガーとなり、そちらへ走ってしまったのだ。まるで傷の舐め合いのようにお互いを求め合い、全てを忘れたいがために抱いてもらったのかもしれない。しかし、あのたった一回の情事を彼に録音されていたなんて。というか録音するなんて、なんて趣味の悪い人間なのだろうか、この男は。

「僕はね…あのライという男にノックの疑いをかけているんですよ」
「…」
「もし僕の推理が当たっていれば、君も奴の仲間…という事になると思うのですが」

ねぇ、アマレット?確信めいた口調でそう言われ、私の背中に一筋の汗が流れる。彼の言い方からして、恐らくまだ疑いをかけているだけ。前に赤井さんが言っていた、この男と赤井さんは犬猿の仲だと。ただ赤井さんに歯向いたいだけか。そう思えば目の前の男なんてへでもない。なんだかこの場はうまくしのげるような気がして私も口を開いた。

「私がノックだって言いたいの?」
「えぇ。差し詰め、FBIといったところでしょうか」
「あははっ…組織の任務で手一杯なのに、私にそんな器用なことできるわけ無いじゃない」

私の言葉に、むっと言葉を詰まらせたバーボンを見て、私は口元に弧を描いた。スピーカーからひとりでに流れ続ける自分の甘い声に耳を塞ぎたくなるが、仕方無い。組織で生き延びるためには我慢をしなければいけないことだってたくさんあるのだ。そんな私をしばらく見つめていたバーボン。何か考えがあるのだろうか。そう考えていれば、彼は恐ろしい笑みを浮かべながら、口を開いた。

「…もし、僕が証拠を握っている、といったら?」

ドキリ。胸が大きく脈を打つ。そんな筈はない。分かっていても思い当たる節がある私としては気が気でないし、命の危険が迫っていることを示している。
ーー落ち着け…まだ、切り抜ける策はある。

「証拠?」
「貴方の本当の名前は名前と言うんですね。君にぴったりの綺麗な名だ」
「あら。それはありがとう」

思ってないことをあっさり口にして、ようやくスピーカーの電源を切った。沈黙の広がる中、先に口を開いたのは私の方だった。

「でも妙ね…その名前を知っているのは日本の警察くらいだと思うのだけど?」

彼が小さく息を飲んだのがわかった。腹の探り合いは好きではないが仕方ない。今は自分の身が一番大切だ。

「ははっ、どうやら君の方が1枚上手だったらしい……できれば、貴女に僕と手を組んで欲しいのですが」
「手を組む?」
「君はおそらくFBIのノック。そして僕は公安のノック。潰し合いはお互い不利益だ」
「ふーん…」

手をわたしへと差し出す彼。なにを企んでいるのかはわからないけど、この人が公安だというのは間違えない、赤井さんもそう疑っていたから。
ーーでも…でも……。

「悪いけど、貴方と慣れ合うつもりはないわ。組織にバラしたければなんとでも言えばいい」

そう捨て台詞を残し、踵を返した。
彼がどんな顔でわたしを見ていたかはわからないけど、一刻も早くこの場を立ち去りたかったわたしは、角を曲がって、バーボンの姿が見えなくなってから、勢いよく走り出した。

「つ、つかれたぁ…」
「面白い女だ。」

お互いそんなことを呟いていたなんて知らずに、歯車はゆっくりと動き始めた。



短編「リボンを結んで戦闘態勢」
title by ジャベリン
2016.05.16

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