「任務の一環でわたしに近づいたってわけ、か…」
言葉にすれば、その事実は凶器と化してわたしに襲いかかってきた。数年前に出会った金髪に褐色の肌を持つ好青年は、任務に失敗して腕を弾で掠めた私を介抱してくれた。そう、それは貴方と私の始まりで。今でも鮮明に蘇るあの優しさは、演技、だったのだろう。
ーーボスに言う?
裏切られたのよ、当たり前じゃない。
ーー彼を殺す?
もちろん私がヤる。だって、だって…
「……ばっかみたい…」
今まで彼から貰った言葉は全て嘘に重ねられたものだったのだろうか。苦しげに呟いた言葉は、雲ひとつない空へと消えてゆく。まるで、わたしの心の中を嘲笑うかのように晴れ渡るその空が、酷く憎いように思えて仕方ない。そっと、ポケットに手を入れた。カチャリという音と共に手に触れる、ーー拳銃。こんなものを持ち歩く仕事だ、何人も殺してきた。どんな方法で、どれだけの人数を。そんなのとうの昔に忘れてしまったけど、そんな私を貴方は受け入れて、苦しい時には必ずそばにいることを選んでくれた。
組織の命令は絶対。
殺されないために、人を殺した。血に塗れた世界の中で、バーボンだけが私を浄化させてくれる存在だったのに。
ーーまた、裏切られたんだ。
ぽつり、ぽつりと、心臓に穴が開いていくような感覚。苦しくて、ただ笑うことしかできない。空にあった雲が、全て体内に取り込まれたように身体に靄がかかった。
「ここにいたんですか、名前」
いつもと変わらない、彼の声がして目を伏せた。近づいてくる足音。一歩一歩、彼の靴が床に擦れる音がするたびに私のポケットの中の拳に込められる力が強まる。
そして、バーボンの大きな手が、私の肩に触れた。
「名前…?こんな所で一体何を…」
きょとん、そんな顔で私を覗くバーボンの顔が視界いっぱいに広がった。優しい、優しいその眼差しはやはり偽りのものなのだろうか。考えれば考えるほど、私の瞳から光は消えてゆく。
ーーでも、それでも…。
「…なんでもないわ。今、連絡しようとしてたところ」
私はいつも通り、彼に笑顔を向けてポケットから手を出す。その空いた手を、バーボンの大きく、暖かい手のひらがきゅっと握った。
「行きましょう、名前」
握るはずだった、貴方に向けるはずだった拳銃をポケットに仕舞ったように、彼の正体は、私の胸の奥の扉へとしまい込んだ。弱さは貴方を手放すことを許してくれない。そうやって、人は嘘を重ねて生きてゆくのだ。
*
短編「真っ白になりたい、それは口実」
title by scald
2016.05.11
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