ワールドワイド・ラブストーリー

"運命"とはどこにでも転がっているようなものであって、決して珍しいものではない。例えば、今朝一緒の電車に乗った人。数多くある中の電車で、同じ時間、同じ車両を選んだ人たちとの出会いは限りなく運命に近いだろう。
同様に、僕と彼女が出逢ったことは、悲しい運命としての始まりに過ぎなかった。

「今日はあの子の家に帰るの?」
「あぁ…もう1週間もここに居たからね」
「…そう」
「名前」

そっと名前を呼べば、くるりと僕を振り返った彼女を見て、愛しさがこみ上げる。目にうっすらと涙を浮かべながらも平然を装う君。僕を困らせれば僕が君から離れるとでも思っているのだろうか。

「また明日来るから」
「…本当にずるい人」

ちゅっ、と小さな音を立てて彼女の額に唇をつければ寂しそうに笑う名前。
僕には彼女ではない、許嫁がいる。公安のコネクションのために出会った財閥の令嬢で、世間をなにも知らない箱入り娘だった。望みもしないその婚約にヘトヘトになっていた僕は、ある日バーに1人で訪れていた名前に出会った。

「此処、いいですか?」

ふんわりと笑って隣に座った彼女は、やはりその時から悲哀を漂わせていて、ああ、この人ならわかってくれるかもしれない。そう思って近付いたのがきっかけだった。僕の読みはやっぱり正しくて、彼女の全ては僕の理想そのものだった。僕に婚約者がいること、僕が2人の人間を演じていること…全てを受け入れ、側にいてくれることを選んだ君。側にいればお互い傷つくことなんて目に見えているのに、触れていないと不安になってしまう、そう。まるで麻薬のような存在だ。疲れ切った僕をふわふわと癒してくれて、一定の距離は必ず保ってくれる名前を、もう、離す事はできなかった。

「…やっぱり、帰らない」
「えっ…」
「もう少しだけ」

衝動で再び彼女を自分の身体の下に組み敷いて、悲しみも涙も辛さも胸の奥に閉じ込めた。雨に打たれても、風に打たれても綺麗に儚く笑う彼女。何をしても許してくれる、そんな彼女の弱いところを利用している僕は彼女よりもレベルの低い人間だ。愛しすぎて誰にも言えないこの想いを、どう消化すればいいのかわからない。僕と婚約者の関係が光なら、間違えなく名前と僕は影だ。この関係に愛は必要ない、本当ならそうだ。だけど僕は愛してしまった、苦しげな顔をする彼女も僕の事を愛してしまった、そう。僕達は、既に愛の渦に巻き込まれてしまって、抜け出せない。

「安室さんと、降谷さんが、別の人だったらよかったのに…」

情事中に呟かれたその言葉。聞こえないふりをして彼女の中を掻き回す。身体も、頭の中もぐるぐると。ごめん、と言えば君は僕の前から消えてしまいそうで、彼女の身体をきつく、きつく抱き寄せる。僕自身、君を手放すつもりはない。だから、こうして僕達の間では無言が当たり前だ。衝動と愛でただ君を抱いて、触れて、それだけの関係。寂しさを埋めるために君を求めているわけではない。
離せない。離したくない。
君といることを諦めたくないこの感情は限りなく恋と呼べるもので、彼女が苦しむ事なんて本当はしたくないのに止められない。お互い同じ気持ちで、紛れもなく結ばれた僕達は、罪人なんかじゃないーー立派な恋人だ。
真っ赤に、真っ赤に肌を染めて愛し合って、その度に彼女の苦しさも辛さも全てを共有する。僕たちが光になれる日は来るのだろうか。

「名前…名前……っ」
「あっ、むろさ…」

僕は今日もまた、君に伝えたい"愛してる"を、彼女の名前に塗り替えた。



短編ワールドワイド・ラブストーリー
title by scald
2016.05.01

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