あなた専属の騎士なのです

「零さんのアホ!!もう知らない!」

バタンッ!、と勢いよくしめられた扉を見つめて溜息を吐く。どうしてこうなったのか。事の発端は2時間前にさかのぼる。



あなた専属の騎士なのです



偶然重なった休日を利用して2ヶ月ぶりのデートを楽しんでいた俺たちは、街で偶然、毛利探偵、蘭さん、コナンくんの3人に出逢った。繋いでいた手は素早く離したため、3人に自分たちの関係はバレていないだろうと思い、名前を探偵の依頼で知り合ったクライアントだと説明した。もちろんそれは、彼女の身の安全を第一に考えてのこと。仕事柄、名前の安全は保証できないため、最低限出来ることはしておきたかったからだ。なんとかその場は凌いで、目的地の俺の家に到着して数十分。一向に目線を合わせない名前の行動を不審に思い、「どうした?なにかあったのかい?」と声をかけてしまったのが間違いだったようで、目にたっぷりの雫を潤ませた彼女が俺を睨んだところで冒頭に至る。
ーー彼女があんなに怒った姿を見たのは初めてだ。
もちろん、ああなってしまった理由が自分にあることだってわかってる。わかってた上で、あんなデリカシーのない言葉を彼女に言ったのだ。
今まで名前は、俺に一度も感情をぶつけてこなかった。仕事を優先してデートに遅れたって、ドタキャンをしたって、急に名前を変えてバイトを始めたと伝えたって。
そんな彼女の態度が少し寂しかったのかもしれない。ゲンキンだが、彼女が怒り泣きをして出て行ってしまったこの状況を、どこか喜んでいる自分がいるのも確かだった。初めて、彼女が素を曝け出してくれたような気がしたから。
ふっ、と口許を緩めた降谷は、愛車のキーとジャケットを片手に、部屋を飛び出した。


* * * *


「いえ、彼女は猫探しを依頼された僕のクライアントでして…。ちょうどその現場を見に行こうとしてるところなんですよ」

人の良さそうな笑顔でやんわりと知り合いを交わした零さんを見て、"仕方ない"の裏側に、気付きたくない感情が生まれた。
零さんの仕事上、会える時間が少ないのは分かっていたし、理解もしていた。彼が仕事を第一にして生活しなくてはいけないことも。だから、彼がわたしをクライアントだと説明するのだって、わかっていたはずなのに。それなのに、どこかでそれを嫌だと思っている自分がいることに気づき、自己嫌悪に陥った私は、しばらく彼と目を合わせることができなかった。しかし、そんな時に聞こえた彼の一言で、今まで耐えてきたものすべてが爆発した。

「零さんのアホ!!もう知らない!」

思いっきり閉めた零さんの家の扉。彼のきょとんとした顔を思い出して、涙とイライラが止まらない。何にもわかってないような顔して、本当は全部わかってるのが癪だし、それでいてあんな言い方をする零さんの意地悪が辛かった。頭が良くてキレる探偵だなんて、ずるくて堪らないし、そんな彼には敵わない。
零さんが私をそばに置いてくれているのは、危険な目に合わせてでも私といたいと思ってくれていたからだと思っていた。だけど、彼は私を彼女だとは紹介してくれなかった。彼の気持ちだって、気遣いだって、わかってるけど。それでも、私は、そんな危険だって覚悟の上で彼と一緒にいることを選んだのだから。と、そんなモヤモヤが頭を駆け巡る。
ズンズン、と、怒りに身を任せていると、人気のない公園の前で、突然現れた怖そうなお兄さん達とぶつかってしまい、躰がよろめいた。

「きゃっ…」
「…ってぇな……ちょっとねーちゃん、どこ見て歩いてんだよ」
「…」
「おい、なんとか言えよ!」
「…ご、ごめ……」

彼らの恐ろしい剣幕に身体がガクガクと震えてきた。ごめんなさい、と、言おうにも口が思うように動かず、ぼそぼそとしか声が出せない。そんな私を見た1人の男が、私の腕を掴んだ。

「…よく見たら可愛いじゃん。俺らと遊んでくれたら許してあげるよ」

肩に腕を回され、顔を至近距離に近づけられる。その男が喋るたびに耳にかかる吐息がまた私の恐怖心を煽った。
ーー助けて、零さん…!
ガクガクと震える身体でグッと目を瞑れば、男達の動き、声がピタリと止まる。
何事かと思い、恐る恐る目を開けば、私の肩に腕を回している男の腕を掴んでいる、零さんが視界に飛び込んだ。

「てめぇ、なんだよその手は」
「れっ……」

男を睨む零さんの目は、初めて見るほどに恐ろしく真剣で、怖い男の人の腕を掴む零さんの手には、ギシギシと骨の音が聞こえるほどに力が込められている。
それを見て、私は彼の愛を初めてこんなにたくさん感じられたような気がした。助けて、と、願った時、こうやって私の目の前に来てくれるんだから。
ーーずるい。やっぱりずるいよ、零さん。
どんな感情になっていても、結局頭の中を占めるのは彼のことで、苦しい程に彼のことが愛しくてたまらない。男達に負けないほど怖い顔をした零さんは、マイルドな顔からは想像もできないほどに低い声を発した。

「…誰の許可を取って僕の彼女に触ってるんだ」

そんな零さんの声に、その場にいた全員の肩がぴくり、と動く。その後、どんどん顔を青くさせていく男達は、声をそろえて頭を下げた。

「…す、すすすみませんでした!!」

悪いことをしたのは私なのに、零さんは片手と目と声だけで彼らに謝らせ、追っ払ってしまった。呆気にとられてボケっとしていた私の前に立ち、目を合わせる零さん。次の瞬間、ぎゅっ、と彼の腕の中に閉じ込められる。零さんは、はぁ、と息を吐いてから口を開いた。

「本当に無事でよかった…」
「…れ、さんっ」
「ごめんね、名前。意地悪しすぎた」
「…ううん、もう、いいよ…わたしこそ、ごめんね」

そう言って目線を彼の胸から上に上げると、ふんわり微笑む零さんと目があって、胸が高鳴る。結局意地悪でも優しくても零さんは零さんで、そんな彼と付き合ってられているという事実だけで充分だと思ってしまうのだ。それに、さっき、あの人達に僕の彼女って言ってくれたことが嬉しすぎて、ニヤニヤが止まらない。
ぎゅっ、と、抱きついて零さんに腕を回せば、好きだよ、なんて甘い囁きが降ってきて、私は顔を紅く染めながら彼に回す腕に力を込めた。



あなた専属の騎士なのです



(「名前、顔紅いよ」)
(「ゆ、夕日のせいだもん…」)


2016.03.02


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