追い越してゆくうそのこと

その日、少年が訪れた洋館はもぬけの殻だった。玄関のスリッパは埃をかぶっているし、換気も全くされていない。現在この屋敷の留守を守っている人間がここ数週間とんでもなく立て込んでいたことを知っていたため、全く気にせず書斎へ進んだ。シリアルナンバーがすり替えられた携帯で目当ての2人にメールを送れば競い合うように返事が届く。何か因縁めいたものを感じるなと、乾いた笑いが漏れた。



「認めてくれるかね、彼女は」
「その返事は自分が一番よくわかってるんじゃないの?赤井さん」

先に訪れた大人を前に、すっかり眉を下げた。この状況でクツクツ喉の奥で笑うこの男は、自分の置かれている状況を理解しているのだろうか。

「あとは全部彼女次第だけど、もしOKが出ても気を付けてね。名前さん、赤井さん並みに頭が切れるし」
「あれはもっと手加減して育てるべきだったよ」

この後、ここをセーフハウスとして生活している女性が戻ってくるまでに分かったことが2つ。一つはこの男も人並みに冗談を言うことができるということ。

「心苦しいな、あいつに嘘をつくというのは」
「これも守るためなんでしょう」

そしてもう一つは、ジョディやキャメルには挑発的な態度も、彼女の前では消沈してしまう意外な一面があるということ。もちろんこれは俺と赤井さんの秘密にしてあげよう。

窓越しに彼女の白いアルファロメオが車庫に入っていくのが見えた。





* * * *






「コナンくん、いるのー?」

玄関の鍵を開けると、そこには小さな赤いスニーカーと男性用の革靴が置いてあった。家主の小説家も一緒なのだろうか。そう思って足早にリビングへ繋がるドアに手をかけると同時に中からこちらに向かって扉が開いた。

「こなんく……」
「コナン君なら、お手洗いですよ」
「え、」

明るい髪色に、メガネをかけた色白の男性だった。咄嗟に捉えた身長、手の大きさが上司と同じくらいで、どっくり心臓が脈を打つ。ドアノブに掛けられている右手なんて、まさに見覚えのあるそれ。しかし、佇まいや口調は赤井秀一を180度回転させている。そんなわけがない。未だに可能性を探している自分に恥ずかしくなって俯いた。

「あ…名前さん」

ただならぬ空気を感じ取ったであろう少年は申し訳なさそうにこちらを伺っていた。来葉峠の一件があってから会うのは初めてで、どんな顔をすれば良いか皆目見当もつかない。ポーカーフェイスを伝授してもらうべきだった。

「ごめんね、忙しい中呼び出しちゃって」
「ううん。今は仕事も落ち着いてるの、気遣わせちゃってごめんね。それで、此方は…」

人一倍警戒心の強い少年が怪しい人間をこの家に入れる訳がない。最近知り合ったばかりにしては親しそうな雰囲気に首を傾げた。この少年の人脈の広さには毎回驚かされる。

「ご挨拶が遅れてしまい申し訳ありません。沖矢昴と申します。この坊やには容疑を晴らしてもらった恩がありまして」
「住んでたアパートが偶然火事にあって、僕がその事件を解決したんだ。昴さん、こちらが苗字名前さんだよ」
「宜しくお願いします沖矢さん。それはとても災難でしたね」

聞きなれない名前だ。大学院生らしく冷酷さも哀愁ももちろん全くない。似ても似つかない目の前の男にはとても失礼だが、何故か上司の面影を探すことをやめられなかった。近い年齢の男性なら誰でも良かったのか、考えれば考えるほど頭痛がして、必死に笑顔を貼り付けた。

「それで…今日はどうしたの?コナン君」
「あぁ…あのね、名前さん。さっき言ったでしょう?沖矢さん、お家が火事にあったって。それでその…名前さんが良かったらなんだけど、」

予想していなかったわけではない。この少年が持ってくる案件は基本的に難しいことばかりだが、ごもごもと言い淀むのは珍しい。それに正直、自分の監視下に置いておきたい気持ちもわかる、確かにこの若者からはただならぬ雰囲気を感じた。

「新一くんや優作さんがいいなら私は構わないよ。沖矢さんも納得されているんでしょう?」
「え、えぇ…差し出がましい事は百も承知ですが、貴方さえよければ是非お願いしたい」

こんなにトントンことが進むとは思っていなかったらしい少年は素っ頓狂な顔をしていたが、沖矢さんはとても嬉しそうだった。誰だって衣食住が確保されたらさぞ安心するだろう。それに、聞くところによれば彼もホームズが大好きだと言う。それはこの少年もほっとかない。

「宜しくお願いします苗字さん。ルームシェアは初めてですから、至らない点もあるかと思いますが…貴方に迷惑が掛からないよう努めます」

朗らかな笑顔の奥に何を隠している。疑ってかかるのが仕事だ、そちらがカードを出さない限りこっちもその気で行かせてもらう。

「こちらこそ、これから宜しくお願いします沖矢さん。楽しい生活になるといいですね」



02.追い越してゆくうそのこと
title by 金星
2019.06.09

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