わたしの全てを掛けて、おまえを求めているよ

事情聴取を終えた私は真純ちゃんやコナン君たちを迎えに来た小五郎さんの車を見送ってから、長野県警のそばのコインパーキングで待っていてくれた安室さんの車に乗り込んだ。

「安室さん、お待たせ…」

助手席に座って安室さんを見れば、シートに背を預け、腕を組みながら目を閉じている安室さんが目に入って吃驚する。普段、人前で絶対と言っていいほど気を抜かない安室さんの寝顔なんて見るのは初めてで、ポケットからスマホを取り出し、画面をスワイプしてカメラ機能を起こす。安室さんの顔にケータイを近づけ、ボタンをタップすればカシャリ、という音ともにカメラロールに収まる彼の寝顔。それを見てふふ、と、自分でも分かるほど優しい笑みがこぼれる。未だ起きる気配のない彼。梓ちゃんの罠にはまって私を迎えにきたという彼の意外と可愛い面を知って仕舞えば、起こすなんてことはできなくて。ゆっくり、ゆっくり、安室さんの左頬に自分の顔を近づける。

「零さん…来てくれてありがとう」

チュッ、と小さなリップ音が車内に響く。自分のらしくない行動に今更恥ずかしさがこみ上げてきて、私は逃げるように窓側を向いて目を瞑った。


* * * *


急に車が停まるような感覚で目を覚ます。ああ、寝ちゃったんだ。なんて自分に自分で突っ込んで辺りを見渡せば、車の中には私ひとりだけでどきりと胸が鳴る。そんなことも束の間、ガチャリと私の座る助手席側の扉が開いて、零さんが顔を出した。

「起きたのか。ほら、おいで」
「えっ、あ、ちょっと…」

零さんに腕を引っ張られて外へ出ると、どうやらそこは高台の上にある丘だったらしい。普段、見上げる形でしか見られない東都タワーやベルツリーが遠くで小さく立っていて、その上では点々と星が輝いていた。

「すごい……綺麗…」
「近くを通りかかったから寄ってみたんだ。僕が学生時代に見つけたお気に入りの場所だよ」

零さんが、彼処が警視庁、何て言いながら指をさす。こんな時まで仕事の話持ち込まないで、って睨めば、ははっと笑って頭を撫でられた。零さんはガードレールに腰掛ける私の隣に座ると、そっと肩に自分の着ていたジャケットをかけてくれて、そのまま私の肩を自分の方へと抱き寄せた。どきり。自分でも胸が高鳴ったのがわかる。

「いつもなら、なにしてんのよって突き放すのに」
「…うるさい。今日はいいのよ」
「ははっ。本当に君は素直じゃないな」

むすっと顔に感情を表せば彼はさっきよりも優しく笑って私を見ていて、その表情に何故だか照れてしまった私は隠すように零さんの肩に顔を埋める。ポンポン、と、子供をあやすようなリズムで零さんが私の頭を再び撫で始めたのがきっかけで、私の口が動き始める。

「…今回の事件も、やっぱり恋愛が絡んでたわね」
「あぁ。人の感情は厄介だからね」
「そう、ね…」

お母さんたちの事件だってそうだった。結局は恋愛感情の縺れが原因であの男は殺人を犯そうとして、お父さんの末期癌を理由にお母さんもこの世を旅立った。
"捨てられた"
確かに事実的に私はその部類に入るかもしれない。だけど、その結末がお父さんとお母さんの望むものだったなら私はそれを受け入れる。今はもう、ひとりじゃないってことがわかったから。きっと天国の2人は私を見守ってくれているだろうし、時が来たら2人は私を向こうで受け入れてくれる。そう信じて、私はこれからも今まで通り刑事を続けていこうと思うんだ。

「…零さん」
「ん?」

彼の肩に頭を預けながら、そっと口を開く。目の前に広がる広大な夜景。私が発する言葉は彼にしか聞こえないんだ、そう思えば私の口からはたくさんの言葉が溢れてきた。

「恋愛って、本当に厄介ね」
「…あぁ、そうだね」
「好きだって思ったらそれが止められなくて、自分でもなにをしてしまうかわからない。理性なんて吹き飛ぶし、頭の中はその人のことしか考えられなくなる」
「…名前」
「ねぇ、零さん」

私がそっと顔を上げる。拳2つ分くらいしかない私と彼の距離。少し動けば彼の鼻が私のそれにぶつかってしまいそう。ドキドキと胸を高鳴らせながら、私は彼の右手を左手で掴む。キュッと繋がれたその手。視線をそこから零さんの顔に向ければ少し困惑したようなその瞳が目に入って、その目を見つめながら私の口が小さく動いた。

「好きになっちゃった責任…取ってくれる?」

零さんの青い瞳が大きく開かれたのを見たと同時に、私の身体が包み込まれる。視界に広がった彼の金色の髪の毛が物語るのは、私を包んでいるのが彼の身体がだということ。さっき赤女から助けてもらった時よりもきつく抱きしめられた私は身動きが取れなくてどうしようもない。苦しいわよ、そう言えば彼はもっともっと私を抱く力を強くして、私にその表情を見せてはくれなかった。

「…ずるいな、君は」
「ず、ずるいって…」
「どうして俺より先に言ってくれるんだ」

零さんが私の身体を漸く解放する。どきどきと、まるで中学生のように心臓を酷使させながら彼を見れば零さんはポケットの中から小さな白いボックスを取り出して、私の前に差し出す。きょとんと首をかしげる私。零さんが私の左手を取りながら口を動かした。

「…俺は犯罪組織に潜入している公安だ。だから、君を絶対に守りきれるとは言い切れないし、約束もできない」
「…」
「だけど、できる限り、君のことを守り抜くから…だから……」

零さんが箱を開ける。中から顔を出したキラリと光るリング。街灯と星空に照らされたそれが私の左手の薬指にはめられる。私の指の上で幸せそうに光るリングを、そっと零さんの指が撫でた。

「これからずっと、俺の側にいてくれないか」


絶対に幸せにするから。そう言った零さんの熱い眼差しが私を捕らえて離さない。ぽつり、ぽつり。私の瞳から勝手に大粒の雫が溢れる。くしゃりと歪んだ視界の中、零さんのくれたリングがキラリと光っているのが見えて、気が付けば私はこくり、こくりと頭を縦に何度も降っていた。零さんはそんな私を見て、満面の笑みを向けながら再び私を腕の中に収めた。
ーー苦しい。幸せすぎて、好きすぎて、苦しい。ねぇ、零さん。

「好きだ、名前。絶対に離さない」
「私も…私も好き、零さん…」

好き。溢れるその気持ちを言葉にすれば止まらなくなって、何度も何度もその言葉を呟きながら私も零さんの首に腕を回す。どきどきと零さんから聞こえる心臓の鼓動が私と同じくらい早くて、それがまた、私の心を幸せで満たした。涙でぐしゃぐしゃになった私の顔を零さんがそっと覗く。顔を隠そうとした手をガシッと掴まれ、零さんと目が合った。気のせいかもしれないけど、零さんの瞳にもうっすらと涙の膜がかかっているような気がして、さらに私の涙が止まらなくなる。ゆっくりと近付いてきたその整った顔を、目を閉じてそっと受け入れた。

愛してるという感情は誰にも止めることはできなくて、人間は時に幸せに満ち、時に絶望に呑み込まれる。少しのことで一喜一憂し、馬鹿みたいに笑ったり、馬鹿みたいに泣いたり。そんな対照的な感情を持ち合わせることのできる恋愛はきっと、この世で一番厄介な感情だ。そんな感情を教えてくれた零さんと、私はこれからどんな恋愛を築いていくのだろうか。私たちの複雑な線で絡んでいた恋愛事情はこれからもっと膨らんで、もっと深くなってゆく。

「ちょっ…零さん、キスし過ぎ!」
「僕の寝込みを襲う君よりたちは悪くないはずだけど?」
「なっ…!お、起きてたの…?!」

顔を真っ紅に染めた名前。は、恥ずかしい…そういいながら暗がりでもわかるほど紅くなった頬に、降谷は彼女に車でされたのと同じように、ちゅっ、と、唇を寄せた。


-fin-
36.わたしの全てを掛けて、おまえを求めているよ
title by moss
2016.05.03

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