キャンディーアンドナイフ

「ちょ、ちょっと、何よこれ!」
「やだ!気持ち悪い!」

澄香さんに続いて、蘭ちゃん、園子ちゃん、私と浴室へ入る。お風呂の蓋を開けた澄香さんが顔を青くしながら大声を上げた。その中身を見た園子ちゃんと蘭ちゃんも悲鳴に似た声を出す。ドタドタと、廊下を走ってくる音が微かに聞こえた。

「どうしたんだ?!」
「なにかあったの?!」

バンッ!と、お風呂のドアが開いたと思ったら、真純ちゃんとコナン君が血相を変えて乗り込んできた。薄谷さんが好きだという緑色のお風呂の中には、真っ赤なトマトがたくさん浮いていて、それが水面を覆っている。さっき澄香さんと一緒にお湯加減を見に来た時にはこんなもの無かったのに…。ゾクリ、なぜか胸騒ぎがして私も浴槽へと駆け寄る。真純ちゃんとコナン君も何かに気が付いたようで、浴槽へと手を突っ込んだ。水中をごそごそと手探りで探し始める真澄ちゃん。ハッとしながら引き抜かれた彼女の手には、髪の毛ーー薄谷さんの頭が掴まれていて、それを見てやはり、と、私は目を瞑る。そこにいた私と真純ちゃん以外の女性全員が一斉に悲鳴を上げた。


* * * *


「殺害されたのは薄谷正家さん、28歳。休みを利用してこの貸別荘に友人数人と泊りに来ていたようです。薄谷さんは、昼過ぎにこの別荘に到着して、昼食を食べたのち、友人達と手分けして別荘内の掃除をしている間に殺害され、その後、湯船の中に沈められていたのを風呂に入ろうとした友人に発見されたそうです」
「そう…」

長野県警が到着して、事件の状況を整理している刑事達の声が聞こえる。隣の控え室で待たされていた私はその声を聞きながら事件を思い返していく。隣では蘭ちゃんのヌードを見て鼻血を出したコナン君が手当てされていた。その時、その部屋のドアが開いて綺麗な声が耳に届く。

「由衣刑事!」
「あっ、あなたたち…!」

長野県警の上原由衣刑事。どうやら蘭ちゃん達の知り合いらしく、私はようやく自分が刑事であることを明かす。思っていた通り捜査協力を頼まれ、彼女から手袋を受け取った私は真純ちゃんと共に席を立った。

「殺害方法はおそらく、被害者の頭を鈍器のようなもので殴って気絶させてから湯船に沈めて溺死させたのね」
「えぇ。こんなに酷い現場は久しぶりよ、怨恨の線で調べるべきだわ」

上原刑事とは馬が合う。捜査も淡々と進んでいくし、事件の整理も同じテンポでやっていけるから心地がいい。コナン君もそれを感じ取ったようで、ひそひそ声で私にそれを伝えてきた。由衣刑事と名前さんって似てるね、なんて。あんな美人と似てるなんていい子だ、コナン君。

「それで、被害者は掃除をやっていたそうだけど…」
「はっ、はい!このお風呂場とトイレの掃除を。毎年みんなでここに来た時は役割が決まっていましたので…。それで澄香は部屋や廊下の掃除をしてくれて、任田君には主に買い出しをお願いしていました」

そして私はみんなの昼食を作っていたと珠美さんが話す。皆が被害者を最後に見たのは昼食後、掃除をしに行くと言ってリビングを出て行った時だそうで、それから薄谷さんを見たという人はいなかった。澄香さんの風呂場を覗いた時にも居なかったという言葉に、上原刑事が食いつく。澄香さんは彼女の問いにこう答えた。

「風呂場から湯気が出ていたから薄谷くんがお湯を張ってくれたのかなって思って、あの子達と一緒に風呂場を覗きました」
「その時、湯船の中も見た?」
「はい…湯加減を見るために蓋を開けて」

んー、と腕を組んで考えながらその言葉を整理する。そして澄香さんの言葉に続いて、園子ちゃんと蘭ちゃんが口を開いた。

「でもその時、湯船にトマトなんて、浮いてなかったよ?」
「そのあと園子や名前さん、澄香さんで部屋の掃除を終えて、4人で一番風呂に入ろうと思ったら、お風呂の中にトマトがいっぱい投げ込まれているのを澄香さんが見つけて…」
「それで、その騒ぎを聞いて僕とコナン君が駆けつけて、湯船に沈んでいた薄谷さんの遺体を引っ張り上げて見つけたってわけさ」

水面はトマトで覆われていたし、お風呂もバスソルトで緑色に。浮いてこないように遺体にダンベルを乗せて沈めてたみたいだから、引っ張り上げるまで遺体は見えなかった。となれば、薄谷さんが湯船に沈められたのは澄香さん達が湯加減を見に行った時からお風呂に入るまでの時間という事になる。
みんなの話を踏まえたコナン君が、お風呂に入った人たちの順番を問う。最初に澄香さん、そのあと3人で遅れて入ってきた事を伝えている途中、私はある事に気がついた。
ーーだとしたら、もしかしてあの人が…。

「赤女の仕業だよ!あの殺人鬼が薄谷を殺したに決まってる!」
「ちょっと、任田くん落ち着いて…」

感情的になった任田さんを珠美さんが抑える。傍観していた上原刑事が任田さんの言葉にそれはないわ、と口を挟んだ。どうやら上原刑事の話によると、赤女の死は確認されているらしい。赤女の母親が隠し持っていた赤女のへその緒と森の中で見つかった遺体のDNAが一致したそうだ。それを聞いた珠美さん達が今度は赤女の亡霊を恐れ始める。ひとまず各自部屋で待機することになってその場はお開きとなったが、わたしと真純ちゃんとコナン君は現場からくすねてきたトマトと水を使って実験を始めた。

「…やっぱり…」
「となると、犯人はあの…」
「えぇ、間違いないでしょうね」

3人は顔を見合わせて得意げに微笑む。どうやら答えはみんな同じようだ。

「それよりこの天気…本当に何か起こりそうね… 」

外では、ゴロゴロと雷の音が近づいてきていた。わたしの言葉に続いてピカッと稲妻が走ったと思ったその時、凄まじい地響きのような音とともに部屋の照明がショートした。

「っ、停電?」
「雷が落ちたのか?」

コナン君の手を握って彼の位置を確認して、真純ちゃんに声をかけようとしたその時、暗闇を切り裂くような女性の叫び声が聞こえた。
ーーこの声は、澄香さん…!

「澄香さんの部屋は?!」
「こっちよ!」

上原刑事の誘導で澄香さんの部屋を目指す。すぐにその位置はわかり、澄香さんの部屋中に入ると、部屋の中央で澄香さんが背中を抑えてかがみこんでいた。彼女の背中には横一文字に包丁か何かで切られたような傷ができていた。

「誰にやられたの…?」
「あっ、あかおんな…っ!」

後から駆け付けた4人を含めるその場にいた全員がゴクリ、と息を飲む。そんなはずはない、とはわかっていても彼女の証言する人物は赤女に等しい外見だったらしい。
頭の中をぐるぐると謎が駆け巡る。薄谷さんのこと、澄香さんのこと、そしてこの森に潜む赤女。全てはきっと1つの線で繋がっているはずだ。私はこの事を整理するという理由も含め、存在的に忘れていた安室さんに送る文を打った。


* * * *


ピロン、とアプリ特有の着メロが鳴って携帯を確認した。目の前では部下の風見が俺のタイヤを取り替えてくれている。特に組織に関係しているわけではないのにこんな事までしてくれる彼には感謝の気持ちしかなかった。
名前から届いた文章には「殺人事件」という見たくもない単語が並んでいて、はぁと息を吐く。あの少年も一緒に別荘へ行くと聞いた時にはこうなる事を予想していなかったわけではないが、まさか本当に事件が起きるとは…。スクロールをして長い文章の最後の方に辿り着いた。そこには見慣れないワードが書かれていて首を傾げる。

「あか、おんな…?」

声に出しても聞き覚えのないその言葉を部下の風見が赤女ですか?と、どこに投げられたかもわからないその疑問を拾ってくれた。

「それ、昔長野県で起きた殺人事件ですよ。確か逃亡中だった被疑者は遺体となって見つかったはずですけど…」
「遺体?誰かに殺されたのか?」
「いえ、どうやら誤って落ちたであろう沼の中から見つかったらしくてDNA鑑定でそれが犯人のものだと判ったようです」

優秀な部下を持ったものだ。降谷は率直にそう思った。タイヤの取り付けが終わった彼にお礼を言って運転席へ乗り込む。名前から届いた文章をまとめると、恐らく彼女の言っていた通りなら男性を殺害したのはあの人だ。頭の中で展開させた推理を一本にまとめる。不可解な事はいくつかあったがそれはあの小さな探偵君と女子高生探偵がなんとかしてくれるだろう。

「じゃあ、風見。ありがとう」
「いえ、お気を付けて。」
「あぁ」
「あっ、降谷さん」

運転席の窓を開けて彼にお礼を言えば行く手を制される。何事かと思って彼の言葉に耳を傾けた。

「私の知り合いが長野県警に居まして、さっき連絡があったんですよ」
「あぁ、確か諸伏…と言っていたな。それで?」
「事件当時の報告書にはどうやらミスがあったらしく、赤女に包丁で切りつけられて逃げられたと書かれていたんです。でも本当は、包丁を投げつけられて逃げられたそうで…」

彼の口からとんでもない事実が発せられた。風見と別れ、アクセルを踏み込んだ俺は、赤井との高速道路でのデッドヒート並みのスピードを出して長野へと向かい始めた。



34.キャンディーアンドナイフ
title by scald
2016.04.26

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