何一つ間違わなかった、それが罪だった

銃声と共に、零さんの本当の仲間たちが私と男を包囲した。そして男は公安に確保され、手錠をつけられる。零さんは真っ先に私に駆け寄ってきて無事を確認してくれた。やっぱりそういうのって女子は嬉しいんだよね。
覆面パトカーに乗せられた男は、全てを諦めきったような、脱力した顔をしていた。私は彼の乗るその車に近付く。窓が開き、男の声が聞こえた。

「君のお母さんはみんなのマドンナ的存在でね…」

男は俯きながら口を開く。

「最初は憧れだったよ。可愛い娘にも恵まれた家族。幸せそうな君たちを誰もが羨ましがっていた。私もその1人だったんだ」
「…っ、」
「だけど、いつの間にかその感情は妬みに変わっていた。有能な研究員だということも私の嫉妬の対象になったよ」

彼が顔を上げて私を見る。さっきまでの憎しみに満ちた表情はどこにも無く、ただのおじさん。そう。いつかにこのホテルで相手をした時と同じ顔をしていた。

「初めてここで君に会ったときは、お母さんによく似ていると思ったよ。睡眠薬を打たれたふりをして調べてみれば、やはり彼女の娘さんだった」
「組織の目を逃れるくらいの切れ者だものね…」

ふっ、と男が口許に笑みを浮かべる。私の身体は既に落ち着きを取り戻していたけど、零さんはずっと私の肩を抱いてくれていた。

「何故お母さんを殺したか、と聞いていたね…。彼女が私に殺してくれと頼んだんだよ」
「えっ…?」

ーーいま、なんて?
男の言葉に身体中の血の気が引いていく。零さんが私の肩を抱く力が、強くなったような気がした。

「君のお父さんを殺害しようとあの家に行った時、彼は睡眠薬を自分で投与して既に死んでいたんだ」
「そっ、そんなっ…!」
「私も驚いたよ。どうやら彼は末期の癌だったようでね。そして、彼の亡骸を前にして彼女がへたり込んでいた。彼女は床に転がっていた睡眠薬を自分に打ってから、私に頼んだんだ」

目を閉じていた男が私を視界に捉えた。苦しげな表情を浮かべる彼を見て、彼がどんなに母を愛していたのかが伝わった。

「彼と一緒にいたいけど、娘を心中した親の子供だと思われて欲しくないから、殺人事件に偽装してくれ、と。そう言って泣いていたよ」

もう、最後の方のことは覚えていない。ただそれを聞いて、何も答える気にならなくなったけどパトカーを見送って、零さんに車まで連れて行ってもらった記憶だけは残っている。気が付けば見覚えのある自分の家に戻っていた。

「身体、冷えただろう?」
「……ありがと…」

ソファに体育座りをしていた私の前に零さんがホットミルクを差し出す。受け取った私はそれをそっと口に運んだ。ふんわり、はちみつのちょうどいい甘さが口の中に広がる。

「…気にするな、って言っても気にするだろうけど、君はなにも悪くないよ」

私の隣に座った零さんが前を向きながら口を開く。両手でマグカップを持って中を覗くと、眉をハの字に下げた情けない顔がミルクに映った。

「…誇りに思ってるわ。母が父を愛していたことも、私の事を考えてくれたことも。でも…」
「うん…」
「でも、だったら、私も連れて行ってほしかっ…んっ!」

連れて行って欲しかった。そう紡ごうとした時、唇に触れた柔らかいもの。涙で霞む視界の中、真剣な顔をした彼の顔だけが、はっきりと私の視界に映る。

「名前。俺の前で絶対にそんなことを言わないでくれ。俺は本当に君を失いたくないんだ」
「っ、零さん…」

私の唇に触れた柔らかいものは、彼の唇だったようだ。熱を帯びたそこが、震え始める。零さんは私の髪の毛を撫ぜながら声を紡いだ。

「もう、誰も恨まなくていいんだ。今までよく頑張ったね」

お母さんのように優しい眼差しでそんなことを言われてしまえば、我慢なんてものはできなかった。涙は止まることを知らないとでも言うようにボロボロと私の瞳からこぼれ落ちて、零さんのピンク色のTシャツを濡らしてゆく。うっ、うっ、と、可愛げも大人気もない声をあげ、零さんの体温を感じながら、私は感情を剥き出しにした。



31.何一つ間違わなかった、それが罪だった
title by ジャベリン
2016.04.16

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