会いたいって泣いていればよかったんだ

とあるビルに隣接したカフェ。テラス席に案内されたのは安室と田之倉。名前が彼女に撃たれたあの日、安室は隙を見計らって田之倉のバッグに発信機をつけていた。その位置を確認してビルを訪れた安室。意外にも外に出ようと言い出したのは田之倉の方だった。

「名前ちゃんは助かった?」
「えぇ。貴方が心臓を狙ってくれたおかげで」
「…そう」

ソーサーからカップを持ちあげてそれを口に運ぶ田之倉。安室は彼女の小さな変化も見逃すまいと、じっとその姿を見つめながら口を開く。

「名前は貴方が自分を殺せないと言っていました」
「……」
「…心当たりがありますね?」

カチャン。彼女がソーサーにカップを戻す。目の前に座る女は、僕の後ろ、遠いどこかを見ながら、はぁと息を吐き、それから口を開いた。

「…名前ちゃんは、私の大切な人の娘なのよ」


* * * *


「流石、苗字夫妻の娘さんだ。よく私の正体に気付いたね」
「…両親とは組織繋がりで知り合ったのかしら?」
「あぁ。私を組織に引き入れてくれたのが君のご両親だったんだ」

10年間、尻尾すら掴むことのできなかった強盗事件の犯人。それがどうしてこんなにすぐに彼にたどり着けるほどに情報が出てきたのか、ずっと疑問だった。私があそこに寄り付かなかったからと言ったって、ところどころにヒントが散らばっていて。ーーそれは恐らく…。

「何故、母を殺したの?」
「ーーっ、それはどういう意味かな?」
「とぼけないで。貴方、母さんのこと…」
「それ以上言ったら本当に君を殺すよ。言葉は選んで発するべきだ」

2メートルほどあった距離はいつの間にか腕を伸ばせば届きそうな程に詰められていた。男は私のこめかみに向かって拳銃を突き出す。銃を向けられるのは慣れっこだ。

「…殺せるものなら殺しなさい。貴方もたのおばさんと同じよ。私を殺せないわ」
「なっ…!違う!私はあの女とは違う!」
「好きだったんでしょう?母の事が。たのおばさんは母の友人だったから貴方を止めたはずよ。なのに…なのに、どうして母さんまで!」

男の手が震え始める。銃口は未だに名前から狙いを外してはいなかった。

「麻薬密売組織の幹部だった貴方は、私の両親と知り合って組織に潜入した。もちろん自分の会社の利益のためにそうしたんでしょうけど。そして研究員だった私の母に恋をしたのね。だから父の存在が邪魔になった。そこで強盗に見せかけて父を殺す事にしたんでしょう?まあ、いくら憎んでいたとは言え、好きな人の旦那を非情に殺せなかった貴方は、父に睡眠薬を投与してから殺害したってところかしら?私のことも殺せないくらいにはまともな人間のようだし」

ペラペラと私の口から止まらない推理が男の顔をどんどん曇らせる。だけど、それを止めることはできなかった。いま話すことをやめれば私は泣いてしまう。こんな男の前で絶対に涙なんて見せるものか。そう決めていた私はぐっと拳を握りしめて、息を吸った。

「人を好きになる事は大切なことだと思うわ。だけど、それで人を殺すなんて…。貴方は好きな人の幸せより、自分を選んだただの自己中。大人になりきれなかった大人よ。ねえ、貴方それをわかってるの?」
「うるさい!!」

ドタン、という音と共に身体に走る痛み。私の身体は彼に押し倒され、床に転がっていた。私の上に馬乗りになった男。両腕を頭の上に片手でぐっと床に押し付けられ、彼は私の額に銃を突きつけた。

「…君は、ご両親に会いたいかい?」
「……」
「ふははは。そう、その目。お父さんにそっくりだ」

男の目に悲しげな表情が映る。目の前の私と目線を交わしているはずなのに、彼はどこか遠いところを見ているようだった。私も負けじと男を睨みつけながら口を開く。

「組織からも警察からも逃げる人生?そんなんじゃ母さんが貴方に振り向く訳がないわ」
「気が強いところは母親似…か…。君を殺すのは本望ではないが、秘密を知られた以上は生かせないんだ」

カチャリ。たのおばさんが持っていたものと同じトカレフのセーフティーが外される。

「10年間、よく頑張ったね。あの世で御家族と幸せに暮らすがいい」

ーー…ここまでか。
まあ、真相に辿り着けただけ良かったのかもしれない。きっと後のことは彼がなんとかしてくれるはず。そう思って私は死を迎え受けようと目を閉じる。瞼の裏に両親が微笑む姿が浮かんだ。

ーーーパァン!!!!ーーー

「うっ…!」

突如響いた銃声。だけど、私の身体に痛みはない。ガチャリとトカレフが床に落ちる音で我に返る。気付けば私に跨る男がバランスを崩しながら唸り声をあげていた。ビックリしたのは私も同じで、その銃声を目線で辿れば、地下倉庫のドアに銃を構えた彼が立っていて。

「…名前。僕とのさよならはまだまだ早いよ」

にこりと微笑んだ彼の姿を見て、ようやく私の瞳から涙が溢れた。



30.会いたいって泣いていればよかったんだ
title by 金星
2016.04.12

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