大嫌いだと言って抱きしめた

「やっぱり安室さんの料理が1番美味しいわね」
「喜んでもらえてよかったよ」

名前が家に帰ってきてから1週間が過ぎ、季節は春に突入しようとしていた。名前は、撃たれたのが嘘のように元気にご飯を食べている。傷の方は順調に治ってきているようで、2日前からは仕事にも復帰していた。しかし、名前の命を狙う人間がいるのではないかと案じている安室が、外出を極力控えるよう助言していたため、外に出るのは仕事の時だけに限られていた。窮屈な生活である。

「それで名前」
「ん?なあに」
「この間、ジンとは何の話をしたんだい?」

今晩のメニューは、キムチ鍋。暖かい湯気を出すそれを隔てて、安室は彼女に問う。すると、意外にも、湯気の向こうから、すぐに返答が聞こえた。

「私を撃った田之倉っておばさんのことよ」
「…組織と関わりがあるってことかい?」
「えぇ。私の両親が、前にあの人に研究のことをしつこく聞かれていた事があったのよ。それを思い出したからジンに聞いてみたってわけ」
「なるほど…。じゃあ彼女は…」
「そう。組織の人間。まあ、立場的には零さん達とは逆よ。貴方も知ってるんでしょ?」

そのために何度も警視庁に行ってたみたいだし。そう続けた彼女は、白菜をふーふーと冷ましながら僕を見る。どうやらここのところ、僕が警視庁に出入りしていたことは彼女にばれていたようだ。まあ、隠していたわけではないのだが。

「あぁ。ちょっと気になる事があってね」

"気になること"
それはあの女が言っていた、ある人にここの監視を頼まれていたという言葉。
彼女の顔はなんとなく見覚えがあった。組織のデータベースで検索すれば案の定すぐに情報は出てきて、それを元に警視庁で調査をしていたのだ。あの時、落ちてきたメモには、彼女の所属する組織の事が記載されていた。恐らく、内容は彼女がジンに聞いたことと同じだと思うが。

「ねぇ、安室さん。警視庁にデータがあるってことは、警察も彼女に目をつけていたってこと?」
「あぁ。僕は彼女の事を報告していたわけじゃないからね。それに、そしきでも目立つような行動をしていたわけではなさそうだったよ」
「ふうん…」

考え込む顔をしながら箸を進める名前。あちっ、と言って舌を出しながら眉を下げる姿に、背筋がゾクゾクとする感覚に襲われる。
ーー僕は何を考えているんだ…。
田之倉という女は、1年前まで組織に潜入していたスパイだった。
といっても、組織を壊滅させるため、ではなく、自分たちの組織のメリットのために潜入していたようで。ここまでくれば、もう、黒幕はわかったようなもの。

「…名前」
「ん?」
「すべてが終わったら、何処かに旅行でも行こうか」
「旅行…?なんで私とあなたが行かなくちゃいけないのよ」
「君、僕のこと好きなんじゃないのかい?」
「っ、」

安室の言葉に、たじろぐ名前。しかし、それは一瞬のことで。すっと息を吸った名前は、ニヤニヤ顔の安室をジト目で見ながら口を開いた。

「嘘臭いキザ男はタイプじゃないわ。もっと、情熱的な刑事さんの方が好きよ」

その言葉を聞いて、面を食らったような顔をした安室。しかし、名前の紅く染まった耳を視界にとらえ、すぐに口許に弧を描いた。



26.大嫌いだと言って抱きしめた
title by ジャベリン
2016.03.19

BACK

×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -