ーーどうしていつもこうなってしまうのだろう。
悔しさから滲む涙で視界がいっぱいになったその時、目の前にいる安室さんが私よりも悔しそうな顔でこちらを見ていることに気づいた私は、無理矢理顔に笑みを貼り付け、口を開いた。
「事件から手を引く気はないわ。私はこの事件の当事者よ。死んだって追い続ける。…だけど、彼は見逃して。お願い」
「っ!名前…!」
背後にいるたのおばさんに、今にも飛び掛かろうとしている安室さんの袖を引っ張って首を振る。噛みすぎた彼の唇からは血が滲んでいて、必死に堪えているのがわかった。
ーー大丈夫。たとえ私が死んだって、あなたは絶対に死なせない。
私の表情が見えないはずの後ろの女は、全てを見透かしたような、馬鹿にしているような、高笑いをした。
「貴方もただの人間ね。…まあいいわ。可哀想な貴方の人生に免じて彼は見逃してあげる」
目を閉じて深呼吸をする。ポロリ、と溢れた一粒の涙が、私の10年間の無能さを嘲笑うものから来たのか、この世に未練があるからなのか、私にもわからなかった。ただ、目の前にいる人に伝えたいことは沢山ある。彼のおかげでここにくる勇気を得ることができ、人を愛する事を思い出した。私にもまだこんなに人間らしいところがあったんだ、と、彼のお陰で気付くことができて、短い間だったけど本当にたくさんの幸せをもらった。いくら感謝してもしきれない。
「…さぁ。そろそろお別れの時間ね。家族のところへ逝かせてあげる」
目を開けて、涙で歪む視界に映った零さんに笑顔を向ける。そして私は、ゆっくりと、小さく口を開いた。
「(大丈夫よ、そんな顔しないで)」
名前の口の動きを見て、安室が目を見開いた瞬間、シュンッ、という音とともに、床に鮮やかな紅が広がった。
「名前!!!!」
前に傾く名前の躰を安室が支える。しかし、止めどなく流れる鮮血は、彼女の後頭部からではなく、お腹、それも心臓のそばから溢れていた。
ーー何故だ。何故あのまま頭部に致命傷を与えなかった。
崩れ落ちる名前の躰を支え、出血個所を手でぐっと抑える。はぁ、はぁ、と、苦しげな呼吸を繰り返す名前の名前を何度も呼ぶが、ぐったりとしながら掠れた息を吐くだけ。トカレフから弾丸を放った女が冷たく口を開く。
「…両親のように苦しんで死ねばいいわ」
安室はその言葉を聞いて額に青筋を浮かべた。しかし、名前の躰を支えている状況で、その場を去るその女を取り押さえることもできず、彼女の命を救う事を第一に考えて、震える手で救急車を呼び、応急処置をしながら到着を待った。
ーー絶対に死なせないと誓ったのに…。
痛むのは血の滲む唇か。感覚がなくなるほどに握りしめた拳か。彼女を想う心か。
目の前で彼女が居なくなると思えば、何もできなかった自分の非力さに苦しくなる。
「名前…名前……」
蒼白する名前の顔に、安室の苦しげな声と共に、一粒の雫が落ちた。
*
22.静かに光の尾を引いて、消えてしまえばおしまい
title by moss
2016.02.26
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