ほんとはいつも好きだよを繰り返してるあたまのなかで

無言の車内。珍しく名前の運転で向かっているのは西多摩市。行き先を知らない安室は、名前が難しい顔をしているのを見て何も聞けずにいた。否、聞く気は無かった。ただ彼女が自分に何かを伝えてくるまで、自分は気づかぬ振りを貫くと決めていたから。暫くしてトンネルに入ると、名前は前を向きながら口を開いた。

「安室さん」
「ん?」
「今から行くのはね、私の実家」
「…うん」
「もう私のこと、いろいろ知ってるんでしょう?」
「あぁ。ベルモットから聞いたよ」
「そう…」

読めない表情を浮かべる彼女。トンネルを出て間もなく、名前は車を路地に停めた。

「…警視庁に配属される前は、所轄にいたの。その時は、事件を調べようにも、何にもできない状況だったわ」
「…うん」
「でも、1年後にわたしは、警視庁へ移動した。そして、ある程度時間が経ってから、私は例の事件の資料を探し始めたの」
「……」
「…半年くらい前かな。それに気づいた誰かが、私を階段から突き落としたのよ」
「…あぁ」
「でもね、私が突き落とされる1ヶ月くらい前から、家のポストにこれが届いていたの」

そう言って名前は僕に5枚の封筒を差し出した。白いそれの表には、全てに赤い字で"警告"という文字が記されている。

「これって…」
「ん。なか、開けてみて」

もう封が空いているそれの1つを覗くと、10数枚の写真が出て来る。それはすべて名前のプライベートや、仕事中のもので、1枚もカメラを向いているものはなかった。そんなものが5つ。中には僕といっしょに出かけていた時のものもあるから、最近届いたものも含まれているのだろう。警告という文字以外には何も書いていないが、何を伝えているかはよくわかる。僕はそれを見て言葉を失った。彼女が尾行されていたり、見張られていたことは知っていたけど僕の知らないところでもこうして追い詰められていたのか。と。

「私がこの事件を調べることで、傷つくのが私だけならいいのよ。…だけど、彼らは何をするか分からない。そのうち私の周りの人間にも手を出してきそうで」
「名前…」
「だから、最近は全く何もできない状況にいたの。庁内でも目立たないように、プライベートでも不審な行動を起こさないように。でも、私に味方してくれる人はたくさんいた。組織の人たちだって秘密裏に動いてくれてるし、知り合いも協力してくれてる。そうやって私のために動いてくれてる人がいるのに、私が逃げてばっかりじゃ何も始まらないでしょう?だから、私は今日、この街に来ることを決意したの」

熱い眼差し。今までの彼女の苦労がその瞳にすべて凝縮されているようなそれ。僕はそんな彼女の表情を見て、無性に抱きしめたい衝動に駆られる。

「…怖かっただろう?」
「え…?」
「いくら協力してくれる人がいたからって、君は10年間1人で戦ってきたんだ。怖くないわけがないよ。…それに、寂しかっただろ?」

僕がそういえば彼女の身体がピクりと強張る。俯いていて表情は見えないけど、名前の気持ちは痛いほどわかった。僕だって大好きな人が居なくなることの辛さくらい分かっている。僕があいつを憎むように、彼女だって犯人を恨んでいるのだろう。そして俯いたまま、彼女は口を動かす。

「…確かに怖かったわ。なにが起きるかわからない、予測不可能な生活を送っていたから」
「…うん」
「でも…貴方のお陰でここまで来れたのよ。貴方がずっと側にいてくれたから、1人で悩む時間だって減って…。だから…だから、零さんと一緒にここへ来たいと思ったの」

そう言って眉を下げる彼女を見て、僕はもう我慢できなかった。グッと彼女を引き寄せ、抱きしめる。いつの間にか、こんなに心を許してもらえていたなんて、知らなかった。嬉しさ、愛おしさ、同情、共感。全てが複雑に混ざって彼女を抱きしめる力が強くなる。彼女は僕に腕を回すなんてことはしなかったけど、じっと僕のされるがままに抱き締められていた。暫くして、彼女が僕の胸をトン、と押して距離が少し離れる。

「…零さん。この事件に関わったら、貴方も命を狙われる危険があるかもしれない。…それでも、一緒に来てくれる?」

初めて見る不安げな顔。そんなの答えは決まっていた。僕は…俺は、公安の降谷零だ。公安が彼女に嫌な思いをさせたのならここで俺が償いたいし、彼女を側で支えるのは俺だけが良かった。俺はそっと彼女の頭を撫で、目線を合わせる。

「…俺は、ずっと名前の側にいるよ。約束する」

そう言えば、名前は嬉しそうに笑って、今度は苦しいくらいに俺に抱きついた。俺もそれに応えるよう、彼女の細い身体をグッと抱き寄せる。
ーー名前。俺はお前を絶対に死なせない。だから、一緒に戦おう。そして、事件が片付いたら…ーー。

狭い車内で抱き合う2人を、正午の暖かい太陽だけが見守っていた。



20.ほんとはいつも好きだよを繰り返してるあたまのなかで
title by moss
2016.02.15

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